123 植物学者
「さてとぉ。とりあえずぅ、基盤だけは作ってあげないとねぇ」
フォーレは楽しそうに微笑むと、エントたちをちょいちょいと手招きする。
「えっとねぇ。みんなにはぁ、電車で持ってきたものを開拓予定地図に沿ってぇ……」
ロングスカートのポケットから地図を取り出し、エントたちに見えるよう広げながら説明していく。
「植えていってねぇ。エント一体につきぃ、村人二人ぐらい連れていってぇ」
えっ、こんな時間に恐慌状態の村人を連れていくのか。
村を眺める。日本ならカラスの鳴き声が聞こえそうな、オレンジの光に包まれている。対して村人は顔を青くして震えるばかり。
いやフォーレ、無理だろ。萎縮度が半端じゃねぇし、第一もう陽が暮れているぞ。
俺の懸念も知らないでか、フォーレは一体ずつエントに指示を出していく。
エントが怯える村人に近づくと、より萎縮してしまう。どう考えても連れ歩くのは無理だ。
「なぁフォーレ。もっとジックリ時間をかけねぇか。村人が魔物に慣れてからにしようぜ」
「おとーの言いたいこともぉ、わかるよぉ。けどぉ、こういうのは早くしないと拗れる一方なんだからねぇ」
もっともだ。険悪な状況は何もしなければ改善なんてされない。けど村人のショックも無視できねぇぞ。最速でも明日だろ。
エントが困った様子で村人の肩を叩くと、余計に震え上がって収拾がつかなくなっていく。
どのエントも同じ状況だ。
「フォーレの言うことも正しいと思う。けどこれじゃ逆に、溝が深まる一方じゃないか」
「このままじゃそうなるねぇ。ここはぁ、鞭を使わないとだねぇ」
「あっ、おい」
のんびりとした口調で、穏やかじゃないことを言ってのけるフォーレ。自信に満ちた笑みを湛えて、村人たちに歩み寄った。
「はぁい注目ぅ」
手をパンと一回叩くと、村人もエントもフォーレに視線を向ける。
「まずぅ、ヴェルダネスの人たちは思い出してほしぃなぁ。アクアの槍雨で侵略されたことをぉ」
緑色の瞳をどことなく澱ませる。夕暮れの雰囲気と相まって、幽霊のような不気味な感覚を呼び起こさせた。
ぶっちゃけると、俺がチビりそうなくらい怖い。
村人もエントさえも息をのんで見守っている。
「あなたたちの命はぁ、あたいたちの手のひらにあるんだよぉ。駄々を捏ねていたらぁ……殺しちゃうよぉ」
フォーレの瞳が怪しく光ると、地面からボコリと太っとい緑のツタが一本生えてきた。鋭くとがった先が、誰を刺そうか値踏みするように動いている。
悲鳴さえも飲み込む恐怖。瞳孔を狭め、涙を流しながら殺戮のツタを見上げる村人。間近にある死が自分に向けられないことを祈っているようにも見える。
あの気丈そうなススキでさえ、恐怖に瞳を潤ませている。
「あなたたちに食事を与えているのはぁ、働かせるためなんだよぉ。わかるかなぁ?」
心の底から凍てつくような殺気を出して微笑むフォーレ。見た目が四歳児だけに、ギャップによる恐怖心が大きい。
村人はただ、従順に頷くことしかできなかった。ついでにエントも頷いている。更に、俺さえも頷きかけていた。
「素直なのはいいことだよぉ、それじゃぁ、さっそく働こっかぁ。エントたちは案内してあげてねぇ」
震えながらコクコクと頷くと、みんな怯えながら動き出した。腰が引けているから遅いが、速さまで求めるのは酷だろう。
「あっ、それとぉ。エントたちは村人にフレンドリィにねぇ」
「おいフォーレ。散々と脅しておいて、最後にかける言葉がソレかよ」
本当に魔物と村人の良好な関係ができあがるのか不安で仕方がなかった。
オレンジの空が殆ど藍色に染まった頃、村人とエントは作業を終えて戻ってきた。
村人はもちろんのこと、エントさえもくたびれた様子だ。
「はぁい、ご苦労様ぁ。それじゃぁ最後はぁ、あたいが仕上げるねぇ」
フォーレは満足そうに微笑み、パンと手を叩く。その後でしゃがみ込んで地面に手をつけた。
「ヴェルダネスには緑がないからねぇ。最初はあたいがサービスしてあげるぅ」
フォーレが力を込めると、淡く緑色の光が放たれる。すると村の外、苗木や種を植えた場所に変化が起こる。
ついさっき植えにいった苗木が、緑の葉っぱをわんさとつけて成長していた。村から眺めてもありありとわかるほど、高く成長している。
「なんじゃ、どうしていきなり木が大きく……」
長老はあごが外れるくらい大きく口を広げて、木々を眺めている。
フォーレのスキル『植物学者』だな。一気に成長させたんだろ。恐らくは撒いた種も成長して、いろんな物が収穫可能なはずだ。
「こんなもんかなぁ。荒地からやらせるのは大変すぎると思うからぁ、基盤は作っておいたよぉ。もうあたいは手伝わないからぁ、後は自分たちで働いてねぇ」
言葉だけ聞くと無責任な言いようだが、状況が一気にひっくり返っているので文句は言えないだろう。
「おぉ、ありがとうございます。しかし、ワシらには植物をどうこうする知識がない。このままではいずれ手がつかなくなってしまうわい」
代表して長老が弱気をはいた。村人たちも同じ不安を抱えているのだろう。俯いている。
「そのためのエントだよぉ。ある程度は教えてあるから仲良くしてねぇ。とりあえずぅ、一晩一緒にすごしてみてよぉ」
「えっ……あっ、はい」
村人は逡巡したが、フォーレが虚無な緑の瞳をすると素直に頷いた。
怖気が蘇ってきたのだろう。
「うん。すっかり遅くなっちゃったぁ。おとー、みんなが待ってるぅ、お家へ帰ろぉ」
フォーレは振り返って俺を見上げると、子供特有の甘える表情を見せてくれた。
ははっ。あれだけの大事をやっておいて、まだまだ子供なんだな。
「ンだな。帰ろうぜ」
小さくやわらかな手を繋いで新居へと帰る俺たちだった。




