122 魔物の労働力
「土に栄養がいきわたったからぁ、農作業を開始しないとねぇ」
恐慌する村人たちを背景に、フォーレがのんびりと微笑んだ。
「あっ、あぁ。そうだな」
あの、村人たちをむやみに怖がらせないでいただきたいのですが。ぶっちゃけると、俺よりも魔王に見えるぜ、フォーレ。
戦力的にいっちゃえば、子供たち全員でかかればアスモのおっさんに勝てるレベルなんだよな。
恐るべき、四歳児の外見をした一歳児だ。
「じゃあいろいろ運び込んじゃうよぉ。いったんブラックホールにあるぅ、魔王城に戻るからねぇ」
ブラックホールには魔王アスモデウスの魔王城が建っている。
イッコクのヘソには資材なんて皆無だからな。取りに戻るのは当たり前か。
「ほらぁ、呆けてないでおとーも行くよぉ」
再び手を差し出してくれたフォーレの手を取り、どうにか立ち上がる。
グラスのときよりも衝撃が大きかったせいで、立ち上がれるか心配だったぜ。
「何度もありがとな、フォーレ。今日は何を運び込むんだ」
「いろいろだねぇ。おとーと二人っきりでぇ、電車を全部使ってたくさん詰め込むんだぁ」
緑色のボサボサ頭を撫でながら予定を聞くと、ほんわりと嬉しそうに微笑みながら答えてくれた。
「電車一両分か。二両目も造った方がよかったのかもな」
「要検討だねぇ。他のみんなはどうしよぉかぁ?」
コテンと首を傾げる。俺が視線を後ろにやると、子供たちが指示を待っていた。
「ンだな。休日にするのも手だけど……あっ、地下道を伸ばしてくれないか」
そういえば、各地への視察にも行きたいからな。せっかく地下鉄を造ったんだから、使わねぇ手はねぇぜ。
「父さん、魔王城の建築予定地から掘り進めるんですか?」
子供たちを代表して、グラスが茶色い瞳で見上げてきた。
「あぁ。とりあえず目的地は北西にある島国を目指してくれ。できる範囲でいいからな」
「わかりました。行くぞみんな。一日でも早く開通させるからな」
グラスが声を上げると、みんな頼りになる返事をした。一斉に地下道へと走ってゆく。
おぉい。気合を入れるのはいいけど無理だけはするなよぉ。
「ふふっ。じゃあ私は、グラスたちについて行くわ」
チェルが楽しげに微笑むと、優雅に踵を返した。
追いつく気があるのか疑問を覚える、ゆったりとした歩みでグラスたちを追う。が、途中で止まって肩越しに振り返った。
「あっ、そうそう。私の監視がないからってサボっていたら、承知しなくってよ。じゃあね」
魅力的な横顔を見せつけてから、今度こそ地下道へ向かっていった。
「ははっ、こりゃ気合を入れねぇとな。行こうぜフォーレ」
「うん。行こぉ」
フォーレと手を繋いで、仲良く地下道へと歩いていった。
怯える村人を背中に、一部の殺気的視線を感じながら。
ススキも怯まねぇもんだよなぁ。
ついつい感心しちまったぜ。
地下鉄に乗って、フォーレの指示するままに必要なものを詰め込んで戻る。
俺はギュウギュウに詰め込まれた車内を、車掌室から呆然と眺めていた。
「なぁ、フォーレ。ホントに持っていっても大丈夫なのか?」
「大丈夫だよぉ。おかーとも話をしたしぃ、みんな気合はバッチリだもぉん」
気合……ねぇ。
正直、村人が心配でたまらないんだけど。
行って帰って約半日。ヴェルダネスに戻ってきた頃には、すっかり夕暮れになっていた。伸びる影がやたらと長い。
「うわぁぁ! 魔物だぁ!」
「私たち、食べられてしまうの! そのために肉をつけさせたの!」
「ススキ……ススキだけは助けてくれぇ!」
村人たちは片隅で縮こまったり、抱き合ってしゃがんだりしながら命乞いをしていた。相変わらずススキだけは緑の瞳で睨みつけてくるけれども。
「やっぱ、こうなるよな」
俺は呆れながら呟く。フォーレが持ってきたものは野菜や果物の種と、果物や木材の苗木と、十体の魔物だった。
枯れ木の外見をした、エントだ。身長は人間と同じぐらいのサイズで、細身の身体をしている。
足代わりに根っこをウジャウジャ動かして歩き、手の代わりに枝が伸びている。胴体には目と口を模った、ギザギザした空洞があった。
「どうすんだよフォーレ。みんな怯えちゃってるぞ」
俺は力なく村人を指差しながら、元凶を見下ろした。
「仲良くなってぇ、もらうんだよぉ。協力してぇ、農作業をしてもらうのぉ」
ドヤ顔で返事を返しやがった。
「マジか。こんな状況なんに、仲良くなれんのか?」
魔物と仲良くなる。人間にとってかなりの試練だと思うぞ。
「心配ないよぉ。無理やりでもぉ、なってもらうからぁ」
フォーレは心なしか胸を張っているように見える
あらやだ。思ったより強情だったわ。確かに侵略はしたけれども、恐慌させるつもりはなかったんだからな。
自信満々のフォーレと、怯えまくっている村人を見比べる。
これ、本当に開拓は大丈夫なのかな。
不安はあふれんばかりに湧いてくるのだった。




