121 壊れる平和
地面が揺れたと思ったら、緑のやわらかそうなツタがたくさんウネウネしだした。
「なんであたしたちが、こんな目に合わなきゃいけないの」
あんまりの光景につい、弱音が漏れちゃった。
ひらや……なんやらって家の陰に隠れていたんだけど、揺れが強くて転んじゃうし。うぅ、とっさに出した手が痛いよ。
これも全部あの男、魔王コーイチのせいだ。
あたしは尻モチをついているコーイチを、身を屈めながら睨みつけた。
あいつがヴェルダネスにくるまえはこんな危険なことは起きなかった。
お母さんは死んじゃっているけどお父さんはやさしいし、おじさんやおばさんもやさしいからお腹がすいていても平気だった。
一ヶ月に一度、村のお兄さんたちが出稼ぎから戻ってきてくれる。そのときはごちそうになるから楽しみもあった。
何にもないけど、悪い生活じゃなかったんだよ。
だけどコーイチが現れたことで、全部が壊れだした。
最初はわけのわからない家族がきたんだって思っていた。
侵略って言ったときは怖く思った。村の人たちは笑っていたけど、あの悪い顔は本気だった。
アクアって言う青い髪の女の子が、槍の雨を降らせたときは生きた心地がしなかった。
奇跡が起こったのかみんな生きていたけど、あの怖さは本物だった。
強制労働させるとか言っていたけど、意味がわからないからお父さんに聞いてみた。
「あぁ、死ぬまで無理やり働かせるって意味だよ。休憩もさせてもらえないだろうな。せめて、ススキだけでも許してもらえるようお願いしてみるよ」
パパが死んだ目をしながら、あたしの頭を撫でてくれた。
やっぱりコーイチは酷いヤツなんだ。みんな殺されちゃう。どうにかしないと。
けどあたしには力もないし、止めることなんてできない。
なす術もなく運ばれていったら、洞窟なのに明るい場所に連れていかれた。
四角くてきれいな穴が掘られていて、箱みたいな家が四角いくぼみにハマっていた。
コーイチは電車とか言っていたけど、あたしが考えても仕方ない。
これからどうなるのか不安に思っていたけど、意外にもおいしいごはんをくれた。
怖いことをしておきながら……ごはんをくれた。
もうコーイチが何をしたいかわからない。けど絶対にみんなにとって悪いことをしようとしている。
ごはんをくれたせいで、村のみんなはコーイチのことをヒーローのように言うようになった。
みんな騙されちゃったんだ。やっぱりコーイチは悪いヤツだ。こうなったらあたしだけでもしっかりしないと。
悪いことをしないように見張ってやるんだ。
ごはんをもらいながらも騙されないように暮らしていたら、コーイチは何もない村に川を造るとか言いだした。
この辺に水とかないはずなのに。きっと頭がおかしいんだ。
ついでに家を建てるだなんて言いだした。狭い所にみんなを押し込めるつもりなんだ。やっぱり酷い。
そう思って見張っていると、なんだかコーイチの子供たちが慌ただしく働きだした。
どこから持ってきたのか木材を持ってきては組み立てたり、地面に大きなくぼみを掘り進めたり、よくわからないことばかりやっていた。
そして昨日。川に水が流れて、家がたくさん完成した。
村のみんなが大喜びしていることが、すごく悔しい。
しかも家が広い。パパと二人で暮らすには大きすぎるぐらい。
こんなものを用意して、コーイチはどこまであたしたちを油断させるつもりなんだろう。
そして今日、地面を揺らした。緑のツタもウネウネした。今から死ぬまで無理やり働かせる、強制労働が始まるんだ。
これできっと村のみんなも目を覚ましてくれる。
それはすごく嬉しいことだけど、酷いことにならないといいな。
もしも酷くなったら絶対に許さないんだから。
魔王コーイチ。




