120 土いじり
朝の陽ざしを浴びながら、チェルや子供たちと一緒にヴェルダネスを眺める。
荒れ地に一本だけ川が流れていて、平屋建ての日本家屋が立ち並んでいた。
「建設途中の光景を見ても思ったけど、やっぱり異様だわ」
目を細めながら、茫然と呟く。
「そうだよねー。もっとお花とかをたくさん植えると華やかになるってヴァリーちゃんは思うなー」
「そうしたらヴァリーとミーの楽園ができあがるね」
ヴァリーが異様な願望を被せ、シャインがより異様な光景を口走る。
「ヴェルダネスはあなたたちの領地ではなく、父上の補給基地ですよ」
「でも夢が広がるよね。ウチもいろいろいじってみようかな」
シェイがやれやれといった風に窘めるも、エアがほがらかに躱してしまう。
「お前ら、多少の魔改造はいいけど、住みやすさと労働しやすさを第一に考えてくれよ」
肩が沈んじまうぜ。チェルはクスクスとバカにしたように笑っているし。
作業に入る前から心を沈ませていると、一番近い家の角から村長が顔を出した。キョロキョロしてから俺を見つけると、駆け足で走り寄ってくる。
「おぉコーイチ様、おはようございます。立派な家を村人全員に建てていただき、感謝の言葉もないわい。じゃが問題があってのぅ」
開口一番で感謝を述べた長老だったが、言葉尻に向かって申し訳なさそうになる。
「なんかあったのか?」
一応、水道やらガスやらの使い方はレクチャーしたんだけどな。わかりにくかったか。
「先ほど村の中央で話し合っとたんじゃ。みな口を揃えて、豪華すぎて緊張したと言っとった。かくいうワシも恐縮じゃったわ」
なんだその程度かよ、と俺はガックリ首を落とした。些細なことすぎて気が抜けたぜ。
「そこはまぁ、慣れてくれとしか言えねぇよ。普通の一軒家なんだから気楽に使おうぜ。掃除洗濯だけはしっかりしてくれりゃ、後はなんも言わねぇから」
気軽く言うと長老は、あごが外れるぐらい口を開けて目を見開いた。
だから、そのリアクションはなんで。
「はぁ……驚きじゃ。いい所で住んでいたお方だけあるわい。これを普通と言うとは。さすがは、コーイチ様じゃ」
改めて頭を下げられてしまった。
普通だと思うんだけど……アスモの城ぐらいなら文句なく豪華だけれど、一軒家は普通だよなぁ。
普通の定理について首を傾げる思いだぜ。
「たぶんだけど、イッコクの生活水準はコーイチが思っているより低くってよ。一度平民の町並みを見にいくことをお勧めするわ」
チェルに促されてしまった。そんなに低いのか、一般市民の生活水準って。
「まぁいいや。今日は本格的にヴェルダネスの土をいじるからな。村人たちにも覚悟をしておけって伝えておいてくれ」
「おやおや、コーイチ様も困ったお方じゃ。充分に驚かされたというのに、まだ驚かせるとつもりとはのぉ」
長老は言葉の割に、ヒャッヒャと愉快に笑っていた。
ふふふ。笑っていられるのも今のうちだからな。
「パパ、笑顔がちょっと変だよ」
「ほっとけよアクア。ジジイはアレで悪役面をしてるつもりなんだからよぉ」
えっ、ちょっとアクアにデッド。俺ちゃんと悪巧みな笑顔できていたよね。できていたよね?
不安は残るものの全員で村の中央まで進んでいった。
十字路のように家に囲まれた場所で村人が集まって、ザワザワと雑談をしている。この中央に井戸を掘るのもいいかな。井戸端会議にはよさげな場所だし。
体格もだいぶ改善されてきている。肉が徐々についてきて、肌も少しだけ艶が戻ってきた気がするぜ。
「おーおー、みんな集まってんな。はい、おはようございまーす」
俺はわざとらしく手をパンパンと叩きながら注目させると、返事を促すように挨拶をした。戸惑いながらも小さな挨拶が返ってくる。
平屋建てに心が威嚇されて平常心を保てていないってところかな。けど不思議と、おびえている感じがしねぇ。
みんなが恐れる魔王を演じているつもりなんだけど……ん?
ふと背中からグサリと刺されるような視線を感じた。振り向くと家の角に隠れながらススキが熱い視線を送っている。黄土色のサイドテールがブラリとたれていた。
ははっ、ススキも相変わらずだな。なんなら魔王を討って勇者にでもなるか。
「ヴェルダネスに川が流れて住居も確保できたので、そろそろ本格的に開拓を始めようと思いまーす」
睨んでいるススキも含めて、全員の耳に届くように声を上げた。眠そうな人間が一人もいないことに驚きだぜ。
ある程度の人が集まれば不マジメなヤツなんて何人もいそうなのにな。
「ガラリと環境が変わると思いますが、あなたたちに拒否権はありませんのでそのつもりでー。じゃあグラス、フォーレ。よろしく頼むぜ」
「わかりました。父さん」
「おっけぇ。やっちゃうよぉ」
俺の合図でグラスとフォーレが進み出た。見た目が四歳児だというのに頼もしい背中だことで。
まぁ、軽くスキルを使うだけだから派手さはないと思うけどな。
「では始めます。ハッ!」
気合のかけ声でグラスが地面に勢いよく手をつける。たてがみのような金髪ショートをブワリと揺らして、茶色く切れ長の眼差しで地面を睨んだ。
するとドゴッ、ガゴッと遠くから何かが割れるような音が聞こえてきた。地面も大きく揺れるもんだから、思わずヒャッて悲鳴を上げて尻モチついちまったぜ。
「おとー大丈夫ぅ?」
「へっ、あっ……あぁ。大丈夫だ」
トロンとした緑の瞳で見下ろしながら、フォーレが手を差し出してくれた。俺はやさしさに甘えて手を取ると、よっと声を上げて立ち上がる。
「すみません父上。少々、派手にやってしまいました。一応、家と川への被害はゼロです」
ケツをパンパンと叩いていると、グラスが申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「いやいや上出来だ。おかげで村人にも威嚇ができた。それに、土はどうにかできたんだろ」
地震に震えて驚く村人を見ながら尋ねると、はいって小気味のいい返事が返ってきた。頭を撫でてやると口元が緩む。
こんなことで喜ぶとは、グラスもまだまだ子供だな。微笑ましい限りだ。
「じゃあフォーレ、頼むぜ」
「はぁい」
のんびりと返事をしながら、グラスをマネて片手を地面につけた。ただし動きはかなりゆったりと。
すると住宅外から、ウネウネと無数のツタが伸びだした。高さは十階建てのビルぐらいか? 大きすぎてわからねぇや。
「……へっ?」
現実感を壊す光景につい、間抜けな声を漏らしちまったぜ。
気がついたら再び、ペタンと尻モチをついている俺がいた。ふと眺めると村人たちが怯えている。
悪夢のようなツタのダンスは一分にも三分にも、一時間にも及ぶように長く続いた気がした。
「もぉいいかなぁ。よいしょぉ」
気の抜ける声を上げると、ツタは一斉に土のなかへ戻っていった。
「おとー。終わったよぉ」
「へっ……あぁ。随分と長かったな」
「そっかぁ。じゃあ次やるときがあったらぁ、四〇秒で終わらせるねぇ」
今の言い方だとひょっとして、一分もかかってなかったのかも。
とにかく、土の感じは整ったみたいだった。




