118 マイホーム
イッコクのへそにきて早三週間。
辺境の村ヴェルダネスは、あれよあれよという間に川が流れるようになり、村人は急ピッチで建てられた平屋建てへと移住することとなった。
村人たち全員が立派な住まいに驚いているところで日が暮れる。
遠慮なく住むように言い聞かせてから、俺たちは仮住まいへと電車で戻ってきた。
二つの月明かりに照らされて、二階建て一軒家がポツンとさびしげに建っている。
風が吹いて少々寒い。耐えられないほどじゃないけど、油断すると風邪を引きそうだ。
荒野に日本家屋が『コピー→貼り付け』をされたように建っているから異物感が半端じゃない。
だけど子供たちの努力の結晶だし、愛しき我が家でもあるからな。違和感なんて微々たるもんだ。
「よっしゃ、僕が一番乗りだぜ」
「待ってよデッドー。一番乗りはヴァリーちゃんの権利なんだからねー」
「まぁまぁヴァリー。帰宅の代わりに、ミーの背中に一番乗りなんてどうだ……へぶっ!」
「まったく……一軒家の傍に、馬小屋を建てる必要がありますね」
見た目が四歳ぐらいのヤンチャな子供たちが、我先にと玄関へ駆けてゆく。近づくとセンサーが反応して、玄関の電気が点いた。
どっから配線知識を拾ってきたのか、芸が細かくて怖いくらいだ。
ちなみに電気は魔力から作られている。
建築だって基礎工事から始めるんだから見ているこっちがビックリしたぜ。
「あはは、みんなせっかちさんだね」
「だねぇ」
「同感だが、意外だな」
「そうだね。エアも走る側だと思うんだけど」
「焦ってもお家は逃げないからね。それに、入れないし」
おとなしく歩いていた子供たちと眺める。玄関に着いたデッドとヴァリーは、早くと手を振りながら俺を急かしていた。
エアの言うとおりだ。鍵を持っているのは俺とチェルだけ。子供たちには持たせていない。
鍵を作ったのも子供たちだから、合い鍵を作ること自体は簡単だ。実際、最初は全員に持たせていた。
がっ、一日に三つは鍵を紛失しやがる。仕方ないから鍵は大人が管理することになった。
俺はズボンのポケットから鍵を取り出しながら、タイル張りの段差を上って玄関の前に立った。
今はまだ防犯対策もクソもないが、後々に必要になるかもしれんからな。いつまでも前人未到の地ってわけでもあるまいし。
ツーロックの鍵をガチャリと開けて玄関を引いた。
「おら、開いたぞ……うおっ!」
「一番乗りー」
「デッドずるーい!」
玄関が薄ら開いた瞬間、デッドが強引に押し開けて飛び込んだ。おかげで仰け反る羽目になる。
段差を踏み外さなくてよかった。肝が冷えたぜ。
魔力式のセンサーで自動的に明かりが点く室内。
デッドが靴を脱ぎ散らしてリビングへと向かっていく。ヴァリーも同じように続いていった。
「父上、大丈夫ですか」
「これくらいなら何ともねぇよ」
「本当に、あの二人は仕方がないな」
シェイが気遣い、グラスが腕を組んで憤然とした。兄弟だからこそ、細かいことが気になっちまうんだろうな。
「そんなことよりみんなも早く入れー、今日はホントに遅くなっちまったからなー」
本来なら夕方ぐらいには帰宅するのだが、平屋建ての建築が中途半端になるからと完成させてから帰ってきた。
おかげですっかり遅くなってしまった。
俺が玄関を開けて待っている間に、子供たちが吸い込まれるように入ってゆく。
「ご苦労様。それで、夕食はどうするつもり」
最後にチェルが労ってくれる。と同時に晩飯について聞いてきた。
「さすがにアクアもクタクタだかんな。トーストと野菜で勘弁してくれ」
「朝食のような夕食ね。いいわ、けど食事は大切だから疎かにしないでちょうだい」
「へいへい、心得ました」
チェルのお小言をもらいながら、玄関のカギを閉めた。
リビングに入ると子供たちがくつろいでいる。広々とした十畳の部屋はじゅうたんを敷いたフローリング式で、ソファーに棚におもちゃに机と家具が揃っている。
一つドアの向こうにはダイニングキッチン。イッコクの技術ではありえないコンロと冷蔵庫、水道までも完備してある。
魔力式でちゃんと起動しているのだから何とも言えない。気分は異世界どこいった? だな。
二階には寝室であり個人の部屋が用意されている。といっても俺とチェルの部屋が一つと、子供部屋が三つだ。全員分のベッドが完備されている。
一軒家に子供部屋が八つもあるなんて、部屋を異次元にでも繋げない限り不可能。
ついでに言うと。建築基準法、何それおいしいの? って構造をしている。まぁ、地球じゃないし、魔王だからどうでもいいんだけど。
頑丈に建てられているので、安全面に至っては問題なさそうだし。
トイレは一階と二階に一個ずつ。浴室完備で水回りもバッチリだ。
下水はよくわからないから、とりあえず地中深くに行きつくように掘ったとグラスが言っていた。
問題は起こったらそんときだな。
後は書斎もあって、壁一面が本棚になってんだけど、本その物がないからスッカラカンで寂しい。
そのうちいろんな所から買い集める予定だとか。
それと筆答するところといえば、地下室だな。
なんでか知らないけど地下室が作られていた。デッドとヴァリーと、意外にもシェイがノリで作ってしまったらしい。
用途はナゾだが、ロマンで満ちあふれる部屋となっている。
余計なオプションは多いが、まさしく現代家屋といっていいだろう。
ヴェルダネスの村人には劣化版とはいえ、現代家屋を与えたんだ。感動でお祭り騒ぎになったのも仕方がないのかもしれんな。
まっ、ススキは相変わらず睨みつけてきたけどな。
この仮住まい、俺の魔王城が建つまでの繋ぎだと思っていた。けど、実際に建ってからもお世話になりそうだなぁ。
俺は近い将来に建つであろう、立派すぎる魔王城に心が辟易するのだった。
「ジジイ、腹減ったんだけどー」
「へいへい、今日はパッとすましちまうからなー」
さすがにトーストは味気ないと思ったので、簡単なサンドイッチにした。
食事の場にシャインがいないのは、もはやおなじみの光景だ。




