115 開墾開始
地下道で村人たちに飯を食わせた俺は、再びヴェルダネスに戻ってきていた。
子供たちの他にはチェルと村長、それと遠くにサイドテールの少女がコソコソと睨みながらついてきてる。
最弱な俺でさえ簡単に見つけられる子供の尾行だな。やっていることはかわいいんだけど、どこまで恨みを買っちまったんだか。
「よもや腹いっぱいにご飯を食える日がこようとは。村人たちもみな大喜びじゃて。しかし、この荒れ地を開墾させるのはさすがにワシらでは無理じゃ」
俺が少女について悩んでいると、村長が村を眺めながら話しかけてきた。
いきなり恐怖がなくなった感じだな。飯を食わせたことで俺が善人だと勘違いでもしてんじゃねぇのか。
半分、呆れる思いだ。声色に恐怖よりも親しみが含まれているあたりで、村長は見る目がねぇ。
まっ、下手に怯えっぱなしで働けなくなるよりはマシだけどな。
「開墾は絶対だが、何もこの状態からスタートさせるつもりはねぇよ。それよりも、あの子はなんだ」
「あの子? あぁ、ススキじゃな」
視線で長老を誘導すると、すぐに答えが返ってきた。ススキって言うのか。
「あの子はヴェルダネスで最年少の子じゃ。生まれるときに母親が出産に耐え切れんくてのぉ」
出産で死んだのか。確かに栄養が足りなさそうな村だからな。むしろ、よく生まれて育つことができたもんだ。一種の奇跡な気がする。
「へぇ、不憫なやつなんだな」
「そうでもないぞ。父親や村人たちから愛されて育ったからの。母親や歳の近い子がいないのは、寂しかったかもしれんが」
「そっか」
実際はどうなんだろうかね。機会があったら直接、聞いてみたいもんだ。
さて、気を改めて開墾を始めようかねぇ。
コンコンと肩を叩いて伸びをしてから、子供たちに向き直った。
「早速だけどお前ら、村人が働けるように手を加えるぞ」
「でっ、具体的には何をするんだジジイ。まさか僕らがチマチマ耕すんじゃねぇだろぉなぁ」
もしもそうだったらブッ殺すぞと、デッドが赤い瞳で睨みを利かせてきた。
「まっ、さすがにクワを持っての手作業はしねぇよ。開墾にはグラスを中心に、アクアとフォーレにも手を貸してもらうぜ」
グラス・アクア・フォーレの三人が反応して見上げてきた。
「俺たち、ですか」
代表してグラスが疑問を口にする。
「あぁ、まずグラスには地形変化と土魔法でここいら一帯をほぐしてもらう」
ガチガチの荒れ地にアレコレする方が無謀だかんな。まずはやわらかくしないと。
「次にフォーレ。魔法でも研究した栄養剤でも配合した種でもなんでもいいから、土に栄養を蓄えさせろ」
「りょぉかぁい」
フォーレに視線を向けると、のんびりと手を挙げて返事をする。
「アクアは水だ。まずは水源を無理やりでも掘り当てて川を作るぞ」
「わかった。やってみるね」
力を入れて強く頷く。だけど肩を張っているから自信がないのかもしれない。
「そう気張んな。失敗してもいいやって気持ち。そう、気軽にいこうぜ」
指名された緊張がほぐれるよう、肩をすくめて笑ってやった。
「父上、責任を与えるのは重要なことだと思います」
「そいつは時と場合と相手によるぜ、シェイ。詳しく話すのはめんどうだけど、とにかく今は失敗を恐れずにチャレンジする方が大事だ」
特にアクアは一度の失敗で悪循環を生み出しそうだからな。デッドやヴァリーあたりなら責任押しつけるぐらいでちょうどいいんだけど。
「それと水源は俺の魔王城からヴェルダネスに流れるように調整してほしい」
「父さん。だったら先に魔王城を建設する地帯で水源を見つけたのちに、俺が水路を作った方がいいと思います」
「んっ、それもそうだな。さすがグラスだ。よく気づいた」
褒めたら照れくさそうに後頭部をかいた。正直、思いつきで言ってる部分もあったからな。意見がもらえるのはありがてぇぜ。
「後はいろいろとあるだろうけど、俺は開拓に詳しくないからな。問題にぶち当たったらそのたびに、マイルームでググってくれ」
「パパってば無責任だよー。ヴァリーちゃんたちに手間を押してくるなんてー」
「うっせ。調べようとすると知恵熱がでて、頭が痛くなるんだからしかたねぇだろ」
興味がないことになると尚更なんだぞ。
必要だからって調べると、わけわからない言葉の波に翻弄されるんだ。知りたいことがわからないからストレス半端ないんだかんな。
俺が言い訳すると、デッドとヴァリーが情けないって顔で見下してきやがった。チクショーが。
えぇえぇ、わかってるよ。情けない父親だってことは。
肩を落としてため息をつくと、背中をポンポンと叩かれた。振り向くと、エアがニコニコしながら見上げていた。
「どんまい、父ちゃん」
「エア、それは慰めではなく追い打ちになってよ」
二人の言葉が胸にグサリと刺さった。グスン。もういいもん。
俺はしゃがみ込むと、指で地面にのの字を延々と書くことにした。
「ほら、いじけないのコーイチ。魔王やるんでしょ」
チェルが情けないとでも言いたげに、やさしく肩をポンポンしてきた。
今回はやさしさがものすごく痛いです。はい。




