114 小さな反乱
「さてと」
俺は改めて村長に歩み寄る。ヒィと悲鳴を上げると、カタカタ怯えながら見上げてきた。
「これで俺たちの力はわかっただろ。先に言っとくけど、アクアだけが強ぇんじゃねぇぞ。子供たち全員が強いんだ」
腰の曲げて老人の影になりながら、悪い顔で見下ろした。魔王になるんだ。恐怖の象徴になれなきゃやっていけねぇぜ。
チラリと周囲を一瞥する。槍の森に囲まれて、村人もみんな腰を抜かしていた。
槍、邪魔だな。先にアクアに言って、水に戻してもらった方がよかったのかも。
「わっ、ワシらを貶めてどうしようというのじゃ。見てわかるじゃろ、ヴェルダネスには奪うものなど何もない」
「ところがどっこい、あるんだよ。人に見つかりにくい土地と、村人という労働力がな」
「土地?」
長老は震えながら見渡した。知ってのとおり、飽きるほど何もない荒れ地が広がっているだけだ。
「確かに広いが、ただそれだけじゃぞ」
「テメェらにはこの地に畑を作ってもらうぜ。開墾して、無理矢理でも農村地帯にするんだ」
「開墾じゃと。力もないワシらを、死ぬまで扱き使うつもりか」
この死んでいる土地を開墾だなんて、果てしなさすぎる計画だ。無駄に終わる確率が目に見えて高いだけあって、やる気はダダ下がりの一方だろう。
「言ったろ、侵略するって。ヴェルダネスはもう奪われた地なんだぜ」
元々なさそうな生きる気力を、更になくす計画でもある。
すっかり笑う気力もなくなったな。村人もみんな、諦めたようにうなだれて……ん?
見られている気がして探すと、サイドテールの少女が緑色の瞳で痛いくらいに睨んでいた。
一人だけすげぇ恨めしい熱視線を放ってやがんじゃねぇか。それくらいの活気がなくっちゃおもしろくねぇよ。
ニヤニヤしながら眺めていたら、眉間のしわをより深く刻みやがった。
おーおー。まだ若いなんてレベルじゃないほど子供なのに、そんなに険しい顔するもんじゃないぜ。
「うぅ……」
恨めしい呻きに視線を戻すと、弱々しく睨んでくる長老がいた。
「こんな老いぼれや貧しい村人を使い潰すなんてのぉ……あなたには良心というものがないのか」
こっちの睨みは立ち向かおうって気概を感じられねぇな。向こうの娘の方がまだ生きがいを感じるぜ。
「ないね。欠片でも残っていたら、魔王なんて到底できねぇだろうな」
良心に苛まれる魔王なんて滑稽すぎる。そんな覚悟じゃ、やってけねぇての。
「さて、そろそろ覚悟はできたか。早速だが連行させてもらうぜ」
ニヤニヤと嘲笑うと、長老はゆっくりとうなだれた。
「……ワシらに拒否権は?」
「あるわけねぇだろ」
最後の確認は風に流されそうなほど、小さく弱々しかった。
徹底的に叩きのめしたはいいけど、労働力になる気力を戻してくれるだろうかねぇ。
やってみないことにはどうにもならねぇか。
強引な交渉を終わらせた俺は、チェルたちの方に振り返った。
「話はつけたぜ。早速だがこいつらを地下鉄まで連行する。みんな、手を貸してくれ」
手助けを求めると、子供たちは各々で返事をして村へと近づいた。そして槍の隙間を縫うように、力のない村人を引きずっていった。
「って、ちょっと待て。そのままじゃ危ねぇだろうが。一応、大事な労働力なんだからな。丁重に扱えー。それとアクア、先に槍を消してくれ」
切り傷ができたらどうするつもりだったんだか。栄養状態からいって、かすり傷が致命傷になりかねないのが怖い。
「あっ、すっかり忘れてた。すぐに水に戻すね」
アクアの慌てようから、本当にうっかりをやらかしたらしい。ちょっと意識をしたと思ったら、槍は氷が融解するように溶けていった。
これで大丈夫だろ。後は屋根のあるところで飯を食わせて、二~三日休ませればいいかな。ん?
次々と連行されていくなか、サイドテールの少女だけは力強く自分の足で歩いていた。途中で俺をキッと睨むことも忘れずに。
「あー。こりゃだいぶ恨まれたな」
「ロリコンのコーイチとしてはガッカリね……いえ、むしろご褒美かしら?」
呟きを隣で拾ったチェルが、物騒な思考で悩みだした。あごに手を当てて首を傾げている。
「俺もそこまで趣味がイカレてるわけじゃないからな。俺を変態にするのは構わないけど、落としすぎないでくれよホント」
呆れることしかできねぇぜ。
呆れるといえばシャインが女性しか連行していないところもだな。徹底ぶりが半端じゃねぇ。
この後、ヴェルダネスの村人たちは広い地下道と地下鉄に酷く驚くことになった。
積んできた飯を与えたら、神を疑うように疑心暗鬼になる始末。
侵略された立場だというのに、感謝の言葉を投げかけてくるあたりが実に愚かだ。
これから身体を休ませた後で重労働が待っているというのにな。
つかの間の休息を、せいぜい楽しんでいることだ。




