106 史上最弱の告白を
子供たち全員の協力を得た俺は、チェルの部屋へ戻りながら考える。
「さてと、これでもう逃げられねぇな。アクアの協力までも仰いじまったし」
魔王になれるかどうかは別だって思っていたけど、そんな弱気なことは言っていられなくなった。
「あいつらが思った以上に乗り気だったからな。こりゃ、魔王になれなきゃ無責任ってやつだ」
後は、いつチェルに俺が魔王になるってことを告白するかだな。
腕を組みながら歩いているうちに、チェルの部屋まで辿り着いてしまった。
「って、距離そんなに離れてないから、考える暇なんてないか」
とりあえず今日は寝ちまって、明日から考えるか。
めんどうなことはとりあえず後回しだ。まぁ、なんとかなるだろう。チェルが起きないようにソファーまで行かないとな。
口を噤んでドアノブにそっと手をかける。ゆっくりとドアを開いて、音を立てないようにチェルの部屋へ忍び込んだ。
よし、チェルはベッドで寝ているな。ンじゃまぁ、夜も遅いし俺も寝るか。
足音を立てないように白いソファーの元まで行き、腰を下ろそうとした。
「秘密の相談は終わったかしら、コーイチ」
身体がビクリと反応して、反射的に止まる。
高くて小さい声のはずなのに、不思議としっかり耳に届きやがる。
振り向くと、ベッドでチェルが身体を起こしていた。ルビーのように赤く輝く瞳で、じっと俺を見つめている。
「悪ぃ、起こしちまったか?」
「いいえ、起きていたのよ」
金色のツヤやかなボブカットが揺れないほどゆっくりと、首を横に振った。
おいおい、もしかしてやっていることが筒抜けだったのか。
「で、そろそろ聞かせてもらえないかしら。コーイチが何を悩んでいるのかを」
狩りをするハンターの雰囲気を醸し出しながら、ベッドから出てジックリと迫ってくる。浮かべる微笑みが、逃がさないと語っていた。
「いや、悩みはあらかた解消したぜ。ありがとな、気を使ってくれて」
ホントのことだけど、ちょっとズルい言葉かも。いずれは伝えなきゃいけないことだし、言った方がいいのか。
うろたえていると、チェルが目をキッと鋭くさせる。
「私は、コーイチの悩み一つ受け止められないほど信頼されていないの?」
えっ?
チェルは細く小さな握りこぶしで、軽く俺の胸を叩く。
「いや、そういうわけじゃなくてだな」
「じゃあ何っ!」
感情任せの言葉が部屋に響いた。目じりには涙が溜まってきている。
クッ。その細く小さな身体にどこまで、不安を溜め込んでいやがったんだか。
「私は次期魔王なのよ。いずれは魔族や魔物の頂点に立つの。勇者と直接……戦り合うの」
知っているよ。このままいけば、チェルが魔王にされちまう。
「様々な思考を持った魔族たちを操れるようにならなきゃいけないの。格下の男の悩みぐらい、スパッと解消できないようじゃやっていけないのよ」
言葉を紡ぐにつれ、声は消え入りそうに小さくなる。まるで不安につぶされて消え入るような儚さを感じた。
俺は片目をつむり、頭をかいた。
あかんわ。黙ったままでいるには、今のチェルは弱すぎる。しゃーない。ガラじゃねぇけど俺が一肌脱ぐか。
「チェル。俺さ、ちょっとした野心があるんだ」
「何よ野心って。言ってみなさいよ。無茶じゃなければ叶えてあげるわ。私にはそれくらい力があるんだから」
「俺、魔王になろうと思う」
チェルの両肩をつかみ、真剣な眼差しで告白した。
赤い瞳を大きく見開き、パチパチとわけがわからないように瞬きした。
「おーい、聞こえてるか」
「えぇ。聞こえているわよ。夢を見るのは自由だものね」
コクコクと、無表情のまま頷いた。
「どんな悩みかと思えば、慌てていた私がバカみたいだわ。でもコーイチも野心家なのね。驚いたわ」
あっ。チェルのやつ、俺の野心を幼児が将来大統領になるみたいな夢のように聞き流してやがるな。まぁ、荒唐無稽だけれども。
「言っとくけどマジだぞ。すでに魔王のおっさんとリアさんにも相談したんだ」
「あら、無謀なことをするのね。で、どういう風に門前払いされたのかしら?」
にゃろう。完全にバカにしてやがるな。でも、チェルらしさが戻っている。
「おっさんには、人間が魔王になる方法を聞いたら知らんって言われたぜ。リアさんも詳しいことは知らなそうだった」
「ふふっ。でしょうね。人間の魔王だなんて聞いたことがないわ。背伸びしたい気持ちもわかるけど、おとなしく私についてくることをお勧めするわ」
コロコロと上機嫌に笑いながら、俺に手を差し伸べてきた。
「私と共にいれば悪いことはしないわ。コーイチの子供たちも一緒に、めんどうを見てあげてよ……きゃ」
俺は差し伸べられた手を取らずに、華奢な身体を抱き締めた。
「無茶すんな。確かに魔王のなり方はわからなかったけど、二人からは応援をもらったぜ。それに、戦力だけなら俺も持ってんだ」
「戦力って。最弱のあなたのどこに……まさか、コーイチの悩みって」
チェルも気づいたみたいだな。俺がさっきまでさんざ悩みまくっていたことが。
俺は身体をチェルから放して、正面から向き合う。
「あぁ。子供たちを全員、俺直属の部下にした。だから……俺が魔王になってチェルを守るよ」
チェルは開いた口を手で塞いで驚いた。今宵の空気は、妙に透き通っている気がする。
「私も見くびられたものね。コーイチなんかに魔王の座を迫られているんだもの」
チェルはゆっくりと、肩を揺らして笑い出した。
「ゴブリン以下の男が叩きつける無謀な下剋上だ。どっちが魔王になるか、勝負だぜ」
「ふふっ。上等よ。でもコーイチには少々無茶ではなくって。仕方がないからハンデを差し上げるわ。先手を譲ってあげる」
唇を指でなぞりながら勝気に挑発してくる。
俺が負けじと豪快に笑うと、チェルも一緒に笑い出した。
「ふふっ。なんだかバカみたいに笑ったわ。せいぜい、あがいてみせることね、コーイチ」
「魔王のおっさんにも言ったことだが、チェルにも言っておいてやる。限界まであがいてやるぜ」
啖呵を切り合うと背中を向けて、それぞれの寝床へ歩いた。
「期待しているわよ……」
背中からボソリと聞こえた言葉、しっかり俺の心に届いているからな。チェル。




