105 一から始める侵略計画
俺はパンと手を叩くと、子供たちを注目させた。
うおっ、軽く叩いただけなのに思ったより響くな。子供部屋も狭くないんだけど、やっぱり暗いと音は大きくなるんだろうか。
「早速だが俺の計画を聞いてほしい。とある人のアドバイスを受けて、まずは領地を手に入れて俺の城を作ろうってことになった」
「キャハ、パパだけのお城ってすっごくステキ。舞踏会にドレスにダンス。パパ、ヴァリーはおっきくてキレイでかわいいお城がいーなー」
ヴァリーがオレンジの瞳をキラキラと輝かせながら、物語のお姫様を想像して盛り上がった。
ははっ、女の子らしいメルヘンなお城だ。正直俺は、二階建ての一軒家ぐらいでちょうどいいんだけど。一城一家の主って言い張れるし。
広すぎて落ち着かないところが想像できてしまう。心は常に庶民なんだ。
「ケッ、そんな城じゃ威圧感が足りねぇぜ。もっとトゲトゲとかつけて勇者が逃げ出すようなのにしようぜ。即死トラップとかよぉ」
「えー。そんなお城に住みたくないよー」
デッドの反論にヴァリーが真っ向から対立する。
奇遇だなヴァリー。俺も怖すぎる城には住みたくねぇ。メルヘンも勘弁だけどな。
「とりあえず今はケンカしないでくれ。さっきシャインに言ったけど、みんなにも後々、個人の拠点を自由に侵略してもらう。そこは個性豊かな拠点にしてもいいから、俺の城はもっと普通にしてくれ」
そう、二階建て一軒家を。
「じゃあみんなで相談して作ろうよ。それぞれ一個ずつこういう部屋がほしいっていうのを盛り合わせればいいと思うなぁ」
アクアも乗り気なようで、全員に言い聞かせながらリーダーシップを取る。
いや、それ無茶苦茶デカい城になっちまうからな。お前らもみんな頷かないでくれ。
平穏な城を望んでいたのだが、変に膨大になりそうな予感がした。
「とっ、とりあえずお城は置いといて、領土のことを話すぞ」
「ここ、ブラックホールではないのですか」
「それが違うんだグラス。どうにも魔王のおっさんが討たれることを考えると勝手がすごく悪いらしい」
勇者や人間がウロウロしている所で活動するのもスッゲー肩身が狭いだろうしな。
「ブラックホールより南西にある、イッコクのへそに城を築こうと思っている。が、距離に問題がある」
「どれくらぁい、遠いのぉ?」
フォーレが寝ぼけ眼で、コテンと首を傾げた。
「馬車のスピードで一ヶ月だと。直線距離でっていう前提つきだ」
普通に考えてムリだよな。よくよく考えると、往復できないとまずそうだし。この時点で詰んでいる気しかしない。
「うわぁ。大変だね。ビューンって飛んでいけたらいいんだけど。飛行機でも作っちゃう?」
「スケール壮大だな。けど飛行機は見られるとマズイぞ」
エアもとんでもないことを考えやがる。確かにジェットエンジンでも積んだ飛行機なら半日もかからずに行けるだろうけど。けど見つかると怖いぞ。
イッコクという世界から見て、飛行機は技術がいきすぎている。
「まったく、オヤジは人見知りの引きこもりだからいけないな。見られたくないとなると、もう地下しかないじゃないか」
ヤレヤレという風にゆっくりと首を振り、シャインがため息をついた。
「地下、地下鉄ですか。シャインにしてはいいアイデアですね。とても、とてつもなく癪ですけど」
不機嫌に唇を噛みながら、シェイがシャインを睨んだ。
「シェイに褒められるとは光栄だね。もっと尊敬の眼差しで見つめてくれてもミーは一向に構わないよ。大丈夫、眩しさで目が焼くるなんてことは決してないから」
「父上、今からでもシャインを侵略計画から外しませんか。なんなら自分が始末しますよ」
目がマジだ。
「シャインも一応、血の繋がった家族なんだからな。気持ちはわかるけど抑えてくれ」
シェイは苦々しい表情で目を逸らすと、チッと舌打ちした。どんだけだよ。
「まぁいいでしょう。地下ならば見つかることもないです。後はどうやって掘るか、ですね」
地下道を掘って線路も作らなきゃいけないんだよな。しかも正確にイッコクのへそを目指さなきゃいけないわけだし。
「電車は作れること前提なんだな」
「ネットを漁れば余裕だよ、父ちゃん。それに、魔力で動くようにするからまるっきり同じものを作るわけでもないからね」
エアが言うと根拠がなさそうで困る。明るいから元気がでるのはいいんだけど。
「魔王城にはぁ、資材がたくさんあるからねぇ。作るのも一両編成でいいからぁ、できると思うよぉ」
「それと父さん。地下道は俺の土魔法で開通させます」
グラスは胸を手で叩いて宣言した。
「お前、魔法なんて使えたのか」
「魔法そのものは苦手ですが、土魔法は得意な方です。掘るのは勿論、線路も作って見せます」
「じゃあ後は、正確な方位と距離か」
腕を組んで天井を見上げる。
方位磁石って地下でも使えたっけ? ムリだった気がするんだけど。これも後でググるか。
問題を後回しにして視線を戻すと、グラスも腕を組んで唸っていた。
俺以上に難しい顔をしていないか。
「えっと、確か地理の把握や方位とかも土魔法でわかるはずだよ。チェル様が授業で言ってた気がする」
オドオドと小さい声でアクアが言った。
「おぉ、アクアは殊勝だな。ちゃんと勉強したことを覚えているだなんて」
思わず感心しちまった。子供たちのなかで、おーっと歓声が上がる。アクアは照れ臭かったのか、顔を赤くして小さくなってしまった。
「これで方針はまとまったねー。じゃ明日から早速、地下道と電車の作り方をググらないとねー」
ニコニコと上機嫌な笑顔でヴァリーが締めた。
「ンだな。今日はもうやれることなさそぉだし、もう寝ちまおうぜ」
「ふわぁ~ぁ。ウチもう限界だよ。おやすみー」
「日々の鍛錬も疎かにはできんからな」
みんなで頷き合ってお開きみたいな雰囲気が流れる。
「最後にもう一ついいか」
ベッドへ戻ろうとしているところを呼び止める。みんなトロンとした眠たい目をして振り返った。
「侵略についてもそろそろ考えておきたいと思ってな。グラスとエアとシェイはそろそろ、完全人化をできるようになってくれ。それだけだ」
指摘を受けた三人がそれぞれ反応を示す。
「完全人化、俺が?」
グラスはただ単純に、目を見開いて驚く。
「そっか。人間の姿じゃなきゃ困ることもあるもんね。人でも飛べるかな?」
エアは黄色い翼を見ながら、飛べるかどうかを心配した。
「人間の姿。できることなら、軟弱な姿になるのは避けたかったのですが」
シェイは自分の手を見下ろしながら、心細く呟いた。
「きっと人間の姿が必要になる。そのときまでに、自然と人間の姿になれるようになってくれ。頼むぜ」
俺がお願いすると、三人は神妙に頷くのだった。
土台は整ったかな。これで、チェルに宣言することができるぜ。
「夜遅くに悪かったな。今日はゆっくり休んでくれ。おやすみ」
おやすみの返事を聞いてから、俺は子供部屋は後にしたのだった。




