104 親子で始める魔王道
「やれやれ、デッドとヴァリーには目を光らせいなければいけませんね」
打倒勇者を掲げて盛り上がる二人に、シェイが冷たく水を差した。
「あぁ? せっかく盛り上がってるってのに、空気の読めねぇやつだな」
赤く獰猛な瞳がシェイを恨みがましく睨む。
「ホントホント。シェイだけは勇者にやられちゃえばいいんだ。ベーだ」
ヴァリーが目の下を引っ張って、あっかんベーをした。
「自分は勇者に討たれますよ。潔くね。父上の力になることは、既に決まっています」
「心変わりはないんだな、シェイ」
確認をすると、淀みなく頷いた。
「勿論、ウチもお手伝いするつもりだよ。父ちゃんが覚悟を決めたんだもん。全力サポートいたします、だよ」
黄色い翼で飛び回りながら、エアが元気にウインクを飛ばした。
「結局は、チェル嬢のためですか」
グラスが茶色いネコ目で確認を取ってきた。睨むように強い視線だ。
「幻滅したか?」
正直、グラスの純粋な力を頼れなくなるのはツラいんだがな。
頬を指でかいて、失う戦力をどう補おうか考えかける。
「いえ、元々俺もチェル嬢のために散るつもりでした。です父さんを介してチェル嬢を守れるのなら、本望ですよ」
ニヤリと笑うと、鋭い爪がついた手を力強く握り締めた。
「脅かすなよ。グラスが抜けるかと思っちまったじゃねぇか」
「俺が? まさか。どこまでも父さんについていきますよ」
「グラスがその気なら百人力だ」
やべぇ、ニヤついて止まらなくなっちまった。順調すぎる。
「冗談じゃないね。どうしてオヤジなんかのために、ミーの命を使われなければならないんだか。ミーは降りるね」
不満を叫んだのは白いイケメンwのシャインだ。白い瞳も蔑むように冷たい。
まぁシャインだったら、そう言うだろうな。
人格は不安だけど、戦力は本物。捨て置くのも勿体ないし、予定通りに物で釣るか。
「シャイン。俺が魔王になってから落ち着いたら、お前らを全員幹部にするつもりだ」
幹部と聞いて乗り気の子供たちが盛り上がる。対してシャインは仁王立ちで、冷めた態度を貫いた。
「ふーん。それで?」
「幹部として世界中に散ってもらい、拠点を作って防衛に努めてもらう予定だ。その拠点は自由にしてもらって構わない」
「興味ないね。身分でミーを釣ろうだなんて、腐れ切った魂胆だ」
やれやれと首を振るシャイン。話は終わりだと言うように自身のベッドへと歩き始めた。
「父上。自分はシャインに幻滅していました。そして今、より幻滅しました。シャインなど抜きで話を進めましょう」
うお、シェイのやつシャインを切り捨てやがった。しかもちょっと嬉しそうに聞こえるんだけど。よっぽどシャインを嫌いだったのか。
冷酷なセリフの割に、黒い一つ目が輝いている。
悪いがシェイ、俺は期待を裏切るからな。
「シェイ、すまんが我慢をしてくれ。シャインは戦力として絶対に必要だ」
輝きが陰り、シュンと俯いてしまった。
シェイがここまで感情をあらわにするとは。ホントすまんな。
「シャイン。俺は拠点を個人の自由にしていいと言っているんだ。つまり、シャイン個人の城として使っていい。人間の町から選りすぐりの女性をさらってきてハーレムを作るのも自由だぞ」
シャインはピタリと足を止めると、バッと振り返ってダッシュで戻ってきた。
「やれやれ。オヤジのわがままにつき合ってやるとするか。ミーの寛大さに感謝を示すといい」
白い前髪をかきあげ、眩しいほどのスマイルwで承諾する。
シェイが物凄く不満なオーラを出した。
俺は苦笑しながら、内心ではおそろしく呆れていた。
ホント、シャインは女性に無条件で食いついてくれるよ。
「おとーもぉ、形振り構わなくなったねぇ」
のんびりした声に振り向くと、トロンとした緑の瞳でフォーレが俺を見上げていた。
「元から形振り構っちゃいなかったぜ」
シャインに対して、って言葉が後に続くんだけどな。
「うんん。昨日に比べてぇ、かなり必死になってるよぉ」
フォーレは首をゆっくり振ると、微笑みを浮かべた。
そんなもんか? ……そんなもんかもな。
「フォーレ。俺についてきてくれ。情けない父親が情けない魔王になろうとしてるけど、全力で背中を支えてほしい」
手を差し伸べて返事を待つ。
正直、断られるのが怖い。手が震えてしまいそうだ。けど、俺の気持ちをフォーレにぶつけてやったぜ。
「及第点かなぁ。虚勢を張ってるのがバレバレだけどぉ、よくできましただねぇ」
フォーレはゆっくりと手を持ち上げると、俺の手を握り締めた。
「フォーレ……これからも頼むぜ」
期待を込めて強く握り返す。これで七人。充分だ。
「さぁみんな。早速だけど俺の考えを聞いてほしい」
腕を広げて全員に言い聞かせようとする。だが、子供たちの視線は一点に集中していた。
って、やっぱり強引に話を進めるのは無茶だったか。
視線の先には、青い瞳を潤ませてオドオドしているアクアがいた。かわいそうに身を竦めている。
「えっと、パパ。私は……」
フルフルと子犬のように震えながら、怯えた目で見上げてくる。
いや、アクアは無理だろ。性格が戦闘向きじゃねぇし。平和にのんびりと暮らしてくれればそれでいいって。
俺はやさしさを込めて微笑み、アクアの頭を撫でた。
「……パパ?」
「安心しろ。七人もいれば充分だ。勇者は怖いもんな」
こう言えばアクアも安心して降りることができるだろ。無理強いはよくないもんな。
俺の思惑とは裏腹に、アクアの顔は酷く青ざめた。
わがままを言って欲しい物を買ってもらえなかった挙句、デパートに置いていかれそうな子供のような絶望的表情だ。
あれ、何でそんな見捨てられた顔になってんの。
疑問を感じていると、アクアは必死になって口を動かした。
「私もやれる。私も戦えるよパパ。だから見捨てないで。仲間外れにしないで!」
悲哀に満ちた表情で、涙ながらに訴えかけてくる。足にしがみついてくる始末だ。
「うわっと。落ち着けアクア。俺の言ってることがどういうことか、わかってんのか?」
てか、アクアも戦うつもりだったのか。
「わかってるもん。私じゃ役に立たないかもしれないけど、一緒にいたいんだもん。お願い見捨てないで!」
いやいやアクア。遠足に熱出して置いていかれるのとはわけが違うんだぞ。
「役に立つ立たないじゃなくてだな。アクアの性格じゃ厳しいと思ったんだ」
戦いに不向きな性格だし、一人くらい平和に生きてほしい。
「それに自慢じゃねぇけど、このなかで一番弱いのは俺だぞ。アクアが役に立たないはずがないだろ」
「だったら、私も一緒がいい! 私にやれることなら何でもやるから」
うわぁ。このセリフが赤の他人かつ、絶世の美女だったならいろいろと想像が膨らむんだけどな。実の子供にそんな酷いことはできねぇよ。
けど、この必死さを蹴るのも親として間違っているんだろうな。ええい、しかたねぇ。
俺は鬼の形相をイメージすると、しゃがみ込んでアクアと顔を合わせた。両肩をつかんで言い聞かせる態勢をとる。
「俺についてくるてことは、弱音をはくことなく人間を侵略して、勇者と戦わなきゃいけないんだ。どんなに痛くても、ツラくても。アクアに耐えられるか」
「耐えるもん。どんなことでも弱音をはかずに精一杯やるもん!」
青い瞳で涙を流しながら、まっすぐ訴えかけてくる。
これ、あかんやつだ。目的しか見えていない。けど、それだけ追いつめられてんだろうな。
なんって苦い状況なんだか。突っぱねても受け入れても後悔する流れだ。なら、やりたいようにやらせるべきか。
「アクアの覚悟はよーくわかった。アクアも、みんなと一緒に俺の力になってくれ」
アクアは破顔すると、涙を弾くように笑顔になって笑った。
心が苦しいな。ホント、平和に暮らしてほしかったよ。
改めて振り向くと、やってやるぜって顔が七つ浮かんでいた。
ここから親子で魔王生活を始める。
よっしゃ、んじゃ今度こそ本題に入るぜ。




