103 命令する覚悟
チェルの部屋は夜の静寂に包まれていた。
ベッドから聞こえるチェルの寝息を耳に入れながら、白いソファーで仰向けになって考える。
領地に侵略に配下か。リアさんは領地を作れって言っていたけど、やっぱり最初は配下だよな。よしっ。
チェルが起きないように音を殺しながら起き上り、俺は部屋を出た。
夜の魔王城はホントに物静かだよな。何か出てきそうな雰囲気だぜ。
コツコツと歩くたびに足音が響く。反響する音が大きく聞こえた。
足音が妙に気になる。そんだけ気がソワソワしているのかな。
ほどなくして子供部屋の前に着く。
「フォーレ、昨日の今日で舞い戻ってきたぜ。もうちょっとジックリ悩めって怒るか?」
苦笑しながら手のこうを持ち上げ、ノックの準備をする。
大丈夫だ。覚悟は決めた。
つばをゴクリと飲み込んでから、手に力を込めた。
「父上、みんな準備はできていますよ」
「なっ、シェイ!」
突然の冷たい声に振り替えると、黒い一つ目のシェイが背後に佇んでいた。
「ふふっ。父上を驚かせたときの反応はおもしろいですね。母上が驚かすわけです」
「おいおい、楽しまないでくれよ。てか、そんなにイタズラ好だったっけ」
「嫌いではないですね」
シェイが目を閉じてしみじみと言った。
勘弁してくれ。闇からヌッと出てこられたら、心臓麻痺しちまうっての。残機がいくつあってもたりねぇぞ。
呆れて見下ろしていると、シェイがスッと動いた。俺をよけてドアの前に立つ。
「みんなを待たせてはいけません。入りますよ」
「ちょ、待てよシェイ。その言い方だとまるで、みんな俺が来ると思い込んでるように聞こえるぞ」
ドアを開けようとしていたシェイが止まり、肩越しに振り向く。
「思い込むも何も、みんな父上が来ると信じていますよ。今もね」
えっ?
「父上なら、一日も悩めば答えを出せるのでしょう。疑う余地がありません」
シェイのやつ、キッパリと言い切りやがった。
俺はいったいどこまで信頼されているんだか。ウジウジ悩んでいたらどうするつもりだったんだよ。
文句の言葉だけが頭によぎっていく。
「それに、昨日はフォーレに先を越されてしまいました。これでも、悔しかったのですよ」
ははっ、何を競ってんだか。
シェイは微笑むと、流れるようにドアを開いた。
月明かりが差し込む子供部屋の中央に、全員が立って待っていた。
「お前ら……」
本当に待ってやがったのか。
「ドアは開いておきました。後は父上の足で、一歩目を踏み入れてください。自分も向こうで待っていますので」
シェイは一礼すると、子供たちのなかへ溶け込むように歩いていった。
「ったく。ここまで来たらむしろ、逃げる方が難しいぜ」
一言ボヤいてから、子供部屋へと踏み入れた。全員がじっと静かに見上げてくる。
まだ半年しか一緒にすごしていない子供たち。
もう半年も一緒にすごしている子供たち。
そして無限の未来が待っているはずの子供たち。
あぁ、改めて命って重いな。俺のわがままに命を使うだなんて。
悪人になる、悪いことをする覚悟を持ちなさい。
不意によみがえってきたリアさんのアドバイス。ひょっとして、このときのことを予言していたのかな。確かに良心が痛むぜ。
目を閉じて手を震えるほど強く握る。
なるほど、これは罪だな。何もしていなかった人間が力を得るには、代償が必要なのかもしれない。
物語の主人公なら言うだろうな。犠牲の上での力なんて、クソ食らえだ! って。
でも俺は一般人……いや、たった今、闇落ちした子悪党だ。
意地を張るには、代償がどうしても必要なんだ!
「みんな、俺は昨日も言ったように魔王になりたい。どうしても、チェルを魔王にしたくない。チェルを守りたいんだ。だから、俺の力になってくれ」
目をカッと開いて言い聞かせた。真剣な眼差しは、もしかしたら睨んでいるように見えるのかもしれない。
「ケッ、またそれか」
デッドが片眉をひそめて毒をはく。このままでは昨日の二の舞になるかもしれない。
「ねぇ。パパ魔王になって、最後はどうするつもりなのー」
「は? 最後は当然、勇者に討たれて終わりだろ」
常識だろ。魔王は勇者に討たれるものだし、第一、俺なんかが勇者に敵うはずもないし。
ヴァリーはため息をつくと、両手を肩の部分まで上げて、ヤレヤレのジェスチャーをした。
「ダメだねーデッド。パパってば全くわかってないよ」
「だな。なんで勇者に負けて死ぬことが前提なんだよ。ちょーダセェぜ」
二人の発言に、思わず目を剥いちまう。何言ってんだ、こいつら。
「キヒヒ。ジジイをこのままにしておいたら死んじまうぜ、ヴァリー」
「そしたら悲しくて泣いちゃうねー」
「だな。しかたねぇ。ジジイが死なねぇように、僕らが勇者を倒しちまおうぜ」
「キャハハ。いいね、今までの魔王が死んできたからって、パパまで死ぬ必要ないもんね。やっちゃおー」
デッドとヴァリーは意気投合すると、とんでもないことを言いのけた。
「ちょ。お前らまさか、勇者に勝つつもりか」
「トーゼンでしょー。ヴァリーちゃんたちはみんなで生きて、幸せに暮らすんだもん」
「それに、僕が勇者に負けるなんてありえねぇっての。サクッと倒してジジイを見返してやんぜ」
「ねー」
「なー」
最後に二人して顔を見合わせると、声を合わせて決意した。
「はっ……ははっ。まったく頼もしいやつらだよ。デッドもヴァリーも」
説得が難しいと思っていたところが勝手に陥落した。このまま、全員の説得しきってやる。




