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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第1章 スローライフ魔王城
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100 愛欲という名の意地

 魔王のおっさんに促されるままリアさん所にきちまったけど、あの人忙しくないかな。

 魔王もそれなりに忙しいとは思うんだけど、どうも暇なイメージしかないんだよな。反面、リアさんは魔王城(いえ)のことで忙しそうに見える。

「まっ、いっか。ダメならそのまま引き返せばいいだけだしな」

 気軽に構えて食堂に入る。昼の光が差し込むガラリとした空間で一人、ガーゴイルが机拭きをしていた。

 なんか、シュールな光景だな。

「よぅ」

 軽く手を挙げて挨拶しすると、コクリと静かな頷きが返ってきた。

 無反応よりはマシってところか。そういや素性も知らないんだよな。シャイな女の人だったらある意味で困る。

 どうでもいい考えを頭の隅に置き、リアさんがいる扉を合言葉である三三七拍子でノックした。

「はーい、開いていますよー」

「不用心すぎやしねぇか」

 あんた、一応隠れ住んでいるんだろ。呆れて汗がたれるぜ。

 微妙な気持ちに襲われながら扉を押し開けると、リアさんが鼻歌交じりに皿洗いをしていた。

「あら、コーイチさんではありませんか。この前はおもしろいレシピの提供、ありがとうございます。イスに座って待っていてくださいね。すぐに終わらせますから」

 金髪ショートの向こうから、緑色の横目でチラリとやさしい視線をくれる。手を止めることなく俺をもてなした。

「いえいえ、再現してもらって助かってますよ。レシピは、探せばいくらでも引っ張ってこれますので」

 魔王のおっさん用のイスに座ってのんびりと待つ。

 機嫌のよさそうな鼻歌は聞いていて耳が癒される。リアさんは全ての皿を洗い終えると、簡素なエプロンで手を拭きながら近づいてきた。

 外したエプロンをイスの背もたれにかけてから、対面へと座った。

「お待たせいたしました。こんな時間に来るなんて珍しいですね。今日はどういったご用件で」

 ニコリと優雅に微笑む姿は様になっていて、どんな相談でも受け入れてくれそうだ。とてもしゃべりやすい。

「リアさん、俺は……」

 相談しようと口を開いた瞬間、リアさんが細く小さな指で俺の鼻をさわった。

「リア、でしてよ。コーイチさんはまだ他人行儀でしゃべる癖がついているのですね」

 口調はゆるいが、目じりをピンと上げて睨んでくる。怒った顔すらかわいいのだけれど、漂うオーラがスタ○プラチナが如く攻撃的だったので無言で頷く。

 逆らったら、俺の時が止まる。

「おーけー、リア」

 緊張感に固まりながら名前を呼ぶと、満足そうに微笑んでいろいろ引っ込めてくれた。

「よろしい。次さんづけで呼んだら、一つ潰しますわよ」

 何を? とは怖くて聞けなかった。

「で、話は何でして」

 何事もなかったかのように平和に微笑むリア。花畑が似合いそうな笑顔なのだが、今日はもう騙されない。

「あぁ。俺、魔王になろうと思うんだ。魔王のおっさんにそのことを言ったら、リアさ……」

 ゴゴゴゴ。

「リアに相談した方がいいって勧められたんだ」

 何気なくス○ンド出そうとするの止めてもらえないでしょうか。ホントに潰されそうで怖いよ。

「あら、ついにコーイチさんも覚悟を決めたのですね。ちなみにアスモからは何を聞いたのですか」

「あのおっさんは魔王になる方法は知らないって言ったぜ。魔王はなるものじゃなくて生まれるものだってさ」

「なるほど、つまりコーイチさんを無理やり魔王に仕立て上げればいいのですね。覚悟はおありで?」

 笑顔を絶やさないまま、軽く首を傾げて聞いた。

「正直、そんなにねぇ。けど、俺のなかに小さな意地が生まれてきてんだ。なんにもなかったはずなのに、(かす)かな生きがいが」

 たぶん、この意地が俺の生きる全てなんだ。生きる目標なんだ。

「そうですか。意地の正体を聞いてもよろしくて」

「欲望だよ。正確には愛欲(あいよく)だ。チェルの助けになりたい。俺なんかがおこがましいけど、救ってやりたい。あわよくば好きでい続けたい」

 私利私欲(しりしよく)。全ては俺の愛欲でなりたった、わがままな意地だ。

「なぜ、チェルをそこまで愛されているのですか」

 緑の視線が俺の生き様を射抜いた気がした。それでも、重圧は少ない。

「わかんねぇ。ただ傍にいて笑い合ったりバカし合ったり、ときには弱い部分を見ちまったり……気がついたら生まれてたんだ」

 愛情ではなく、愛欲。だからこそ俺はまだアタフタ騒がずにいられる。愛情、恋愛になったら俺は、失うのが怖くて動けなくなるだろう。

「身勝手な意地でしてね。とても淡くて弱い願望ですこと。けど、不思議と応援したくなりますわ」

 リアさんは出来の悪い子供を見るようにやさしく微笑んだ。と同時に、瞳に力が宿る。

「わかりました。できるかどうかわかりませんが、わたくしが助言をいたしましょう。長くなると思うので、先にお茶を用意しますわ」

 席を立ち、お茶の用意をしようとする。俺はその背中を呼び止めた。

「待った。正直シラフで耐えれる話じゃねぇ気がするんだ。軽く酒を飲みながらでいいか?」

 半分本音だ。だがもう半分は企みでもある。

「まぁ、昼間っからお酒を飲むつもりでして。アスモ秘蔵のワインを用意しなければいけませんわ」

 最初こそ苛め(さいな )ているものの、後半は乗り気で頬に手を当てて微笑んだ。

「いや、ちょっと待て。いくらなんでもそんな高級そうなのは後が(こえ)ぇからな!」

 この人に(かじ)を取らせると危険な場所に突っ込まされる気がする。主導権を握らなくては危険だ。

「あら残念。ではコーイチさんの好みはどんなお酒で」

 言えば用意しますよと、言葉の裏に隠されている。

「気づかいは無用だ。酒も場所も俺が用意しますんでね。あちらのドアへどうぞ」

 俺がリアさんの後ろを手で示して振り向かせる。そこに見慣れたマイルームの扉を出現させた。

「まぁ、いつの間にこんな頼りない扉が。しかもこの奥は食糧庫のはず。アスモってば、いったい何が目的でこんな扉を」

 リアさんは両手で口を塞いで驚くと、魔王のおっさんを疑いだした。

「あぁ、それは俺のスキルですよ」

 俺は立ち上がってマイルームの前まで移動する。ドアを開いてから踵を返し、リアさんをエスコートする。

「この先は俺のマイルームです。リアを招待しますよ」

「まぁ、楽しみですわ」

 リアさんは好奇心を隠さずにニコニコしたまま、マイルームへと足を踏み入れた。


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