99 最上級の啖呵
「相変わらず、人を引き返させるほどの威圧感がある扉だことだ」
子供たちが昼寝しているところをチェルに任せて、俺は魔王城の最奥に来ていた。
強大で禍々しい雰囲気の扉だ。この奥はラスボス部屋。魔王のおっさんが豪華な椅子にふんぞり返っているんだろうな。
この扉を開く人間は、勇者かバカのどっちかだろう。俺は無論、後者だけどな。
よっ、とかけ声をあげながら気軽に押し開けた。
ラスボス部屋に来るのはまだ三回目だけど、かなり気軽になったもんだ。
奥にはデカくて座り心地のよさそうな玉座と、魔王。部屋は何度見てもだだっ広い。
「むっ、だれかと思えばキサマであったか。また久しい顔ではないか」
「よぉ魔王のおっさん。ちぃと聞きたいことがあったんでな、アポなしでこさせてもらったわ」
片手をあげて軽く挨拶しながら、フランクに近づいた。
「ふっ。しばらく見ないと思ったら、随分となれなれしくなったものだな」
魔王のおっさんは鼻で笑いながら、あごをさすって訝しんでいる。
「リアさんと出会っていろいろ聞いたら、オドオドしてんのがバカらしくなってきた。そんだけだよ」
「なるほど、もっともだ。リアの器は計り知れないからな。ワシでさえ手玉に取られてしまう」
納得すると、ガハハと豪快に笑った。
愉快のはいいけど音量がデカすぎだっての。部屋が震えてんじゃねぇか。
耳を塞ぎたい思いを蹴散らしながら見上げる。ノンケなおっさんだけど、身体を凝縮させるような威圧感は本物だ。
この恐怖感の塊が魔王なんだよな。対して俺はゴブリン以下。改めて勇者すぎる企みを持っちまったって感じるぜ。
「してキサマは何をしに、ここに来たのだ。よもや今更、友好を育もうと思ったわけでもあるまい」
ぎこちない笑みを浮かべていたら、疑問の眼差しで睨まれた。傍から見た俺はさぞ、胡乱げに見えるんだろうな。
「それも悪くはないんだけど、残念ながら別件だ」
俺は目を閉じて、子供たちとのやり取りを思い出す。
フォーレが最後に背中を押してくれた言葉。
あたいたち全員がぁ、ついていきたいって思える男気を見せてよぉ。
かなり険しい一歩目になる。なんせ相手は、最強の魔王。けど、もぉ引けぇねんだ。
目を見開いて、瞳孔のない赤い瞳を睨み返した。
「人間が魔王になる方法を教えろ。俺がおっさんの後を継いでやる!」
正直、まだまだ全然覚悟ができていない。魔王をやる知識なんてこれっぽっちもない。けどこのままチェルを魔王にすることだけは、できない!
「クッ……フハハハッ。キサマが、ゴブリン一匹に劣るほどの弱さを持つキサマが魔王になるか。いや、実に笑わせてくれる」
冗談に聞こえたのか、手すりをバンバンと叩きながら笑ってくれやがった。
バカにされているのに怒りが湧き上がってこないのは、正論すぎるからなのかもしれねぇ。
「ムチャなことは百も承知だ。俺に力なんてねぇからな。けど、戦力はあるつもりだ」
魔王のおっさんは笑いを消すと、ほぉっと感心した微笑みを浮かべた。
「生まれたばかりの子供たちのことか。期待はできるようだが、それだけではな」
「俺はともかく、あいつらを甘く見るなよ。俺はステータスを見るスキルを持っていてな、魔王城にいるモンスターよりかはよっぽど強くなってるぜ」
成長の過程でテキトーにチェックしている。全部ホントのことだ。戦闘経験がないから実力は発揮できないだろうけどな。
「キサマにそのようなスキルがあろうとはな」
感心しているように頷く魔王。言いはしないけど、後二つスキルを持っているぞ。どれも育成用のスキルに成り下がっているけどな。
「生後六ヶ月でこの成長、大人になれば魔王クラスの強さまで育つぜ、きっと。動かせる駒があるんだ。俺がハリボテでも勇者と戦り合える」
勇者と戦うなんて俺には不可能だ。戦いなんて次元まで俺が粘れない。できることは挑発と命令だけ。
最上級の啖呵だけで、勇者と渡り合ってやる。
「なるほど。覚悟はわかった。だが残念だったな。ワシは魔王のなり方なぞ知らん」
厳つい顔を横に振って、諦めろと促してくる。
だがそんな一言で引くようなら、最初から魔王に会いに来てねぇよ。
「ンなこと言わずに教えろや。なれるかどうかはまた別の話なんだからよ」
とにかく知ることが大事だ。諦めるとしたら、もがいた後じゃなきゃいけねぇ。
「心意気はいいが、本当に知らんのだ。そもそも魔王はなるものではなく、生まれるものだからな」
イッコクという異世界のシステム。記憶の奥底にあった話が不意に思い出された。
世界に滅亡が訪れそうなときに、魔王は現れる。
チェルの勉強だったのか世間話だったのか覚えてないけど、そんなフレーズを聞いた気がする。
「って、だとしたらチェルはなんなんだよ。時期魔王なんだろ」
「そうだ。ワシの血を引く娘だからな。そしてそれは本来ならあり得ない、非常事態を意味する」
「魔王は一度討伐されたら、当分は現れないってやつか」
おかしいな。聞いても覚えられなかったことが、スラスラと出てきやがる。重要だから思い出せたのか。
「だから魔王は自然と生まれるものであって、自力でなれるものではない。がっ、今はゆがんでいる真っ最中だ。つけ入る隙があるやもしれん」
「ンだよ。可能性があんじゃねぇか」
勿体ぶりやがって。諦めかけたぞコンチクショー。
兆しが見えてきた。思わず笑みが浮かんじまう。
「可能性はあるが、方法は知らんのだ。それでも魔王を求めるなら、リアに会いに行け」
「リアさんに?」
聞き返すと、あぁと頷いた。
「リアの知識と器ならば、不可能を壊すこともできるかもしれん」
不可能を壊すって……いや、リアさんなら壊すって言葉がシックリくるけども。
それに言われるまでもなく、リアさんにも相談に向かう予定だったんだ。あの人はいろんな意味で規格外だからな。
「まっ、とにかく。頼みの綱はリアさんってことか。サンキューなおっさん。相談に乗ってくれて」
「構わんさ。コーイチよ、見事魔王になって、ワシが嘲笑したことを後悔させて見せよ。楽しみにしているぞ」
「おっさん……」
何気に期待してくれるんだな。
「限界までもがいてやんよ。俺にも張れるような意地ができてきたからな」
背中を向け、手を軽く上げて別れを告げる。
目指す場所は、食堂の奥だ。