9 すぎゆく季節
魔族たちと連続で交わってからは、ことのほか平和にすごしていた。
スーツを着っぱなしにするわけにもいかないのでチェルに相談したら、村人Aとかが着そうなボタンのない緩やかな服を用意してくれた。シャツとズボンが分かれている物もあれば、貫頭衣の上に腰ひもを巻く服も用意してくれた。
楽なのが多いのは助かる。
メシは原始的だったり近代的だったり、ときには訳がわからない物も出てきた。
近代的な物があるのは、長い歴史のなかで転移者や転生者によってもたらされた技術の恩恵らしい。だから変なところで技術が進んでたり進んでなかったりと、ちぐはぐな進歩の仕方をしているそうだ。
どんなものが出てきても大抵はおいしくいただける。何の肉かはしらないが野性的で歯ごたえがあるし、野菜も見覚えあるものが多い。調味料もそこそこ揃っている。まれにスライム状のなにかが出てくることもあった。どこの世界の料理なんだ。
とにかく腹いっぱいに食べさせてくれるけど、いったい誰が作っているのだろうか。
異世界イッコクのことも、チェルがつきっきりで少しずつ教えてくれた。
まぁ、勉強嫌いで物覚えが悪く、地理がかなり苦手な俺の頭にはほとんど入ってこなかったけれども。王族やら平民やら奴隷やら、大雑把な分別はわかった。ゴミみたいな言い方で申し訳ないが、実感がないのだから仕方ないだろう。
ただ一つ。ここ魔王城が建っている場所は『ブラックホール』と呼ばれているらしい。宇宙空間かここは。盛大な名称つけやがって。
一方で人間の領土はチンプンカンプンだ。国が多すぎて覚える気になれん。チェルに重要だからここだけ覚えてと言われた地名でさえ頭に残らなかった。また後々でいいや。
勇者と魔王の歴史で、何度国の名前が変わったかわからないのだからもぉ。
まぁ、それだけ戦いが激しかったってことで。ちなみに魔王は全員、例外なく勇者に討伐されている。ここだけ聞くと単純な世界に思えてしまう。
程よい運動もするようになったし、剣も使っていいと許しがでたので振ってみた。日本男児なら単純に憧れを抱く剣だったが、振ろうとして逆に振り回された。鉄の剣って振るだけで身体を持っていかれるんだね。おっさんびっくりだ。こんなん持って戦うなんて無理だね。
金属製のフルプレートもあったのでロマンの赴くままに着てみたのだが、もう二度と着ないと誓ったね。剣でさえ重かったのに、フルプレートだなんて全身に重りをつけて拘束されているようなもんだ。諦めずにチェーンメイルとか革製の鎧も着てみたが、重くて蒸れるし、動きにくくてしょうがねぇ。
そもそも二八歳のおっさんが今さら鍛えたところで手遅れだ。成長期なんてとっくに過ぎ去っているので老いる一方だ。今更あがいても無駄だね。素直にジョギング程度の運動にしておこう。仲がいい人がいるならバスケとかやりたいんだけどなぁ。
道具とかは何とかなると思うけど、運動神経が絶望的なのがなぁ。魔族の方々は文字通り基礎レベルが違うから。
傍で見ていたチェルには、鼻で思いっきり笑われてしまった。
悔しくなんて、ないんだからね。
後は、俺と行為をした魔族との経過を聞くために話したりもした。みなさん何だかんだで満足だった様子だ。二度としたいとは思わないけどね……シャドウ以外とは。
そんなこんなで早九ヶ月が経過した頃だろう。
実験した魔族のレディーたちに変化が起こったのは。
「クラーケン。経過はどうかしら?」
魔王城・地底湖。相変わらず魔法で明るい洞窟内だ。簡易的な野外電気よりも明るく、全体を照らし出してくれる。
穏やかな地底湖は勿論のこと、青くテカる艶やかな肌をした巨大なクラーケンも明るくはっきりと見える。できればクッキリとした形で見たくはないんだけどね。
俺とチェルは見上げる形でクラーケンに訪ねていた。
「えっとぉ、あのねぇ。できちゃったみたい」
クラーケンは相変わらず、八本ある巨大な足を恥じらう女の子らしくウネウネさせながら答えた。年甲斐もなく恐ろしい仕草をしてくれる。ってか、お前何歳だ。
「そう……えっ?」
チェルが諦観気味の相槌を打つが、ディレイをかけて驚いた。目と口を見開くチェルの間抜け顔を拝めるとは。かわいらしいではないか……って、え?
「ちょい待ちクラーケン。できちゃったって、ひょっとしてあのときのか?」
俺は童貞を奪われたショッキングすぎる、思い出したくもない初体験のことを確認する。
青い体をゆでだこが如く赤く染めて、恥ずかしそうにうん、と頷いた。
「今ね。海中にある岩棚にぶら下げてあるの。孵るのが楽しみだね、コーイチ」
「おっおお……おぅ」
衝撃が抜けきらないせいでかなり身構えた体勢で返事をしてしまった。例えるならバイクに乗ったバッタのヒーローが黒タイツの集団に囲まれているような臨戦態勢だ。
てか染色体とかの関係はどうなってんの。確か同じ数の染色体同士じゃないと子供なんてできないはずなのに。異世界の不思議の恩恵か、或いは魔族の意地か。
「驚いたわ。まさか実験が成功するだなんて。そっか……」
チェルは実験が成功したにも関わらず、声を小さくして落胆したように俯いていた。
どうしたチェル。まるで就職先に悩む就活生みたいだぞ。
「おめでとう。素敵な子供が生まれるといいわね」
顔を上げると、チェルの憂いは完全に消えていた。
「うん。きっとコーイチに似たかわいい子になるよ」
妊婦さんが父親と子供の特徴を言い合いたいような、期待を込めた口調で俺に話を振ってきやがる。クラーケンに似たかわいい子供か。どこの特徴をとらえてやれば、かわいさを示せるんだか。今の僕には理解できない。
パイロットになった人間が死んでいくロボットアニメのオープニングな気分だ。
「そっ、そうだな。かわいい子が生まれるといいな」
テキトーに相槌を打っておいたら、キャッキャうふふな気分でクラーケンは喜んだのだった。
「まさか実験が成功するだなんて。それも一人目で」
廊下を移動しながら、実験結果を語るチェル。普段は感情を包み隠すような微笑をしているが、今の表情は驚きに満ちている。
「なんだチェル。失敗ありきでやってたのか?」
「当然でしょ。今まで例がないことを実験していたのよ。全員うまくいかないくらいの覚悟で臨んでいたもの」
「俺はそんな割の合わない実験につき合わされていたのか」
カチンときた。あんな目にあわされて結果がでないとか理不尽すぎる。そりゃ成功したら成功したで面倒だけれども、でも結果の出ないことに苦労するのは本気で勘弁だ!
なんて強く言える性格ならありがたかったんだが、小心者で小物な俺は、怒りを胸に溜めこむことしかできない。剣でも振り回してストレス発散するか。強くなろうと思わなければ楽しいし。
「当たり前でしょう。実験をするための人間がいなかったんだもの。卓上理論だけじゃアテにならないわ」
チェルは金色の髪先を、指でクルクルともてあそんだ。
「あぁ、そりゃそうか。すまんかったな」
事情も知らずに責めるのはよくないよな。ちょっと考えれば協力してくれる人間がいないことなんてわかることなのに、察しが悪ぃな俺は。
「おかしなことをするのねコーイチは。いったいどこに謝る要素があったのかしら」
「身勝手な罪悪感だよ。悪いこと考えたんだ。言っとかないと気がすまないんだ」
「あっ、そっ。ならその癖を直しなさい。意味もわからず謝られるのは理不尽だから」
嫌な言葉だ。俺の性格そのものを否定されたようなことを言ってくれやがる。理屈はわかるんだけど、簡単には振り切れないのが癖ってやつなんだ。いいじゃねぇか。俺らしくて。これが個性ってやつなんだろ。くそっ。
モヤモヤとわきあがる気持ちを抑えながら、状況報告の続きに向かった。
「えっ、マンティコア。あなたも孕んだの」
「ああ。全くもって不愉快だ。腹の存在感のせいでうまく動けぬし、それもこれもコーイチのせいだ。くそっ」
広い中ボス部屋で、俺は二人目の子供が宿っていたことを知ることになる。
「驚いたわ。一人うまくいけば上出来だと思っていたのに、クラーケンに続いてあなたまで孕んでいるなんて」
「てか、いきなり二児の父かよ。一人でも大変そうなのに」
ちゃんと子育てできるかなぁ。俺自身ができそこないだっていうのになぁ。
「不満そうだなコーイチよ」
やべっ、思わず態度に出しちまった。何とか言いくるめないと。
「えっ。いや、そんなことは」
「だが私はコーイチ以上に不満だぞ。そこのところをわかっているのかっ!」
マンティコアは飛びつかん勢いで俺に吠えた。この後、俺はひたすら、マンティコアにくどくど文句を言われ続けるのを甘受するのだった。
「ほらー、見て見て。コーイチの子供が入ってる卵だよー」
魔王城の東塔にある屋上で、ハーピィが楽しそうに報告する。人の顔ほどの大きさがある白い卵を両方の翼(両手でいいかな?)で持って差し出した。
「ハーピィ、あなたもコーイチとの子供を授かっていただなんて」
「うん。一ヶ月も温めれば出てくるかな。楽しみだなぁ。早く会いたいなぁ」
ハーピィは卵を高い高いしながら、踊って喜びを示していた。見ていて落とさないか、温めなくて大丈夫なのか心配になった。
にしてもハーピィとの子供か。一番想像がしやすいな。でも卵から出てくるイメージはない。
「えっと、よかったな」
「うん。ありがとっ!」
表情はまんま鳥でわかりづらかったけど、弾んだ声はとても楽しそうだった。
「ごきげんようマンドラゴア。って、あら。見ない花が増えているわね。どうしたの」
「子供ぉ。コーイチとのぉ。もぉ少し育ったら出てくると思うのぉ。楽しみぃ」
「あっ、あら……そう。おめでとう」
チェルはもはや、驚きを通り越して呆れていた。何というか、またか、みたいな感じだ。
マンドラゴアの菊の花の隣に、小さな花のつぼみが土から伸びていた。ってか、これも俺の子供なのか。ただの植物にしか見えねぇ。
「ノンビリでいいからぁ、スクスク育ってほしいのぉ」
間延びした声だが、どこか幸せが滲み出ていた。
「屈辱だ。こんなさえない男の子供を授かってしまうとは。もう生きてなんていられない。今すぐ殺してくれ。ついでにコーイチも殺すから」
ユニコーンさんはかなり錯乱している模様。ってかついでで俺を殺さないで。ヤンデレ説が浮上してきたんだど。
「落ち着きなさいユニコーン。子供……そう、かわいい乙女の娘を想像するのよ」
どうどう、とチェルが諌めながら説得する。
「はっ。そうよね。私の子供だもの。間違いなく可憐で清き乙女が生まれるわ。そう、私に似た!」
俺の要素は完全に無視ですかい。まぁ殺されないならそれでいいけど。ってか、生まれる娘が清き乙女だなんてわからないからな。これでもし息子が生まれたらどうなるんだろ。
俺は考えるのをやめた。
「きひひ。見てみろよアレ。しっかりと孕んだぜ、コーイチとの子供」
アラクネが首をクイっとやる。クモの糸で丸まっている塊が、巣にぶら下がっていた。
「あなたもなのね。卵は一つかしら」
「まさか、たくさんあるぜ。コーイチとの子供は一人だろうけどな。きひっ」
えっと、つまり子グモがたくさんいるなかに俺の子供も交じっていると。それって大丈夫か。
「不満げな顔してんなコーイチ。なんならもう一回交わって二人目作るか?」
「丁重にお断りさせていただきます。チェル様、もう行きましょう」
「ちょっと、コーイチ」
俺は戸惑うチェルの背中を押しながら、急いで撤退する。俺の子供を生贄にすることになるが、生きていての特ダネだ。さらばだ我が子供。
「きひひ。つれないねぇコーイチは。そこが面白くもあるんだがね」
背中から何か聞こえたが、聞こえないことにした。振り向いたら食われるから。
「チェル様。無事にコーイチとの子供を授かりました。あとは無事に生み、しっかりと育てるだけです」
真っ暗な部屋でシャドーは上官に敬礼して報告するように、きびきびした声を発した。今更だが姿を見たことってないんだよね。どんな格好をしていて、どう孕んでいるんだろ。暗くてよくわかんねぇや。
「予想はついていたけど、やっぱり孕んだのね。あなたは嬉しいのかしら」
「使命を果たせた、という意味ならば嬉しいです」
「もっと感情を出してもいいのよ」
「自分にはもったいないお言葉です」
チェルはどうしよもないような、深いため息をついた。暗くて全く見えないけど、その分音は敏感に聞こえるんだよね。でもシャドーさんならきっと愛情を持って育ててくれるよ。なんだかんだでやさしいから。
「チェル様。私立派に孕んだよ。ほら、おなかもポッコリなってる」
スケルトンさんはおなかをアピールしてくるんだけど、むき出しの骨しか見えない。どこにも孕む場所がないんだが。
「やだぁーコーイチ。そんなにおなかをジロジロ見ないでよエッチぃ」
都合のいいことを言いながら、バシバシ背中を叩いてくる。まんざらでもなさそうなのが何とも言えない。
「てか、全然わからないだけなんだけど。ホントに孕んでんの。ポッコリしてんの。触れんの?」
「ドサクサに紛れてセクハラ発言。コーイチも大胆だね」
いや、ホントにわからないだけだから。
「二人とも仲がいいわね。羨ましいわ」
チェルが腕を組み、冷ややかな視線を送っていた。一方通行の会話が羨ましいんだろうか。する側はともかく、される側はウザったくてしょうがないぞ。
「でしょー。コーイチとは仲良しだもん。ねー」
「うっせ、離れろ」
俺はどうにか距離を置こうと、スケルトンの肋骨あたりを押しやった。
「きゃっ、やだ。チェル様の前でおっぱいモミしだかないでよもぉ」
「いや待て。おっぱいなんてついてんのか。文字通りのスケルトンに。感触的に骨の硬さしか感じなかったんだけどねぇ」
当分の間、ペースをスケルトンに握られ続けるのだった。