100年経って・・・~希望(のぞみ)After story~
時は2111年。とある高台に建つ家に、一人の老婆が住んでいた。彼女の名は希望。高台があるこの街に産まれ育ち、年老いた今は家族と共に余生を送っている。
希望は近所でも人気があり、外に出れば声を掛けられる。子供たちにとってはアイドル的な存在であり、放課後や休みの日になれば希望の家を訪れる。希望の周りには、笑顔が絶えなかったのだ。希望はそんな笑顔が溢れる光景が好きだった。
今日は3月11日、この日は希望にとって大事な日である。家には近所の子供たちが集まった。
「希望お婆ちゃん。お誕生日おめでとう!」
この日、希望は誕生日を迎え、近所の子供たちがお祝いをすることになったのである。誕生日の歌の後でバースデーケーキの上に乗せられた数本のローソクの火を吹き消すと、一斉に拍手が沸き起こった。
「みんな。ありがとう…」
「ねぇ、お婆ちゃんはいくつになったの?」
「はい!今年で100歳になりましたぁ~!」
希望は笑顔を見せながら自分の年を言った。子供たちは皆、希望の年齢に驚いた。22世紀になれば100歳の人は珍しくないが、希望が住んでいる地域には少なく、珍しがられたのである。
「わぁ、すごぉい!お婆ちゃん、長生きだね」
今から100年前の2011年3月11日。希望は誕生した。産まれてから今日に至るまで、東京オリンピック開催やリニア新幹線の全通など、良いことや悪いことなど様々な出来事があった。希望は大学を卒業し、OLとして勤務していた時に夫となる先輩社員と交際、結婚へと至った。それから自分の仕事に加え、家事や産まれた子供たちの育児に追われる日々を過ごし、気が付けば一世紀生きたことになる。しかし、自分がまさか100歳まで生きているとは予想もしていなかったことだろう。
「ねぇ、お婆ちゃんが産まれた時ってどんな感じだったの?」
近所の子供の一人が希望に質問した。すると、希望は急に、顔をうつむかせた。
「お、お婆ちゃん、どうしたの?」
「私が産まれる時に、あんなことがあったなんてなぁ…誕生日の度に思い出すだけで、心が苦しいよ」
「お婆ちゃん、何かあったの?」
希望の人生は、産まれた時から順風満帆とはいかなかった。子供たちは心配そうに、希望の顔を見つめた。
「恐ろしいことが起こったんだよ。もちろん産まれた時のことだから見た訳じゃないけど、私のお母さんたちから聞いた話だ。今まで誰にも話したことはなかったけど、この機会だからみんなに教えてあげようかね」
希望は自分が誕生した時の話をし始めた。
「私が産まれようとした時に、“大きな地震”が起きたんだよ。激しい揺れに襲われて、病院の中の電気が消えた。お医者さんたちはみんな大慌てだった。特にお母さんは私を産んでいる最中だったから、懐中電灯の明かりに照らされた薄暗い部屋の中で、無事に産まれるか不安で頭の中がパニックになったって話していたのさ。それで、私が産まれた時は嬉しくて涙が止まらなかったそうだよ」
「お婆ちゃん、無事に産まれて良かったね」
「いや、喜んでいる場合じゃなかった。その周りではもっと恐ろしいことが起きていたんだよ」
「えっ?そうなの?」
「私が産まれた日から、日本の運命が大きく変わったと言ってもおかしくないんだよ…」
希望が誕生した2011年3月11日、それは“東日本大震災”が発生した日でもある。この日はちょうど、それから100年の節目だった。
「あの日、この街を最大震度7の大地震が襲った。建物は激しく揺れ、家が壊れたり、家具などが倒れたりしたそうな。その後で、10メートルを超える大きな津波が防潮堤を乗り越えて、この街を襲ったんだよ。家やビル、クルマなどがどんどん津波に巻き込まれていった。人々は津波から逃れようと必死になって避難したが、津波はそんな人たちをも次々と飲み込んでいって、多くの死者や行方不明者も出した。その中には、みんなと同じ子供もたくさんいたんだよ。幸い、私とお母さんは病院にいて無事だったんだが、親戚や近所の人たちも何人か亡くなったと聞いた時は、それはそれは悲しくなったもんだ」
「そうだったんだ…」
子供たちは全員、黙って希望の話を聞いていた。希望は話を続けた。
「それだけじゃない。あの地震でもっと恐ろしいこともあったんだよ。みんなは、“原子力発電所”を知っているかい?」
「うん、名前は聞いたことはあるけど、どんなものかは知らないなぁ…」
子供たちは“原子力発電所”と言う聞き慣れない言葉に、お互いの顔を見合わせた。
「そうか…詳しくは言わないが、福島には原子力発電所があったんだ。その地震で津波に襲われて、発電できなくなった発電所からは、放射線という恐ろしいものを撒き散らしたんだ」
「ほうしゃせん?何それ」
「放射線は常に宇宙から地球に降り注いだり、レントゲン撮影で使われたりするが、量はごくわずかで、それぐらいなら体に害はない。だが、原子力発電所にはその何十倍もの放射線が収まっていて、外に漏れないようになっている。だが、それが地震の影響で外に漏れて、放射線の中にある放射能が周囲の街を汚していったんだよ。人間などの生き物が大量の放射線を浴びると、放射能によって気分が悪くなったり、死んでしまうことがある。しかも厄介なことに、放射線は一度付着するとそう簡単には取れない。それに、放射能は色も形も匂いもないから、特別な機械を使わない限りは分からない。だから、放射能で汚れた街に住んでいた人たちはみんな避難を余儀なくされ、日本のあちこちへと散らばっていったんだ。それから発電所の撤去や街を汚した放射能を取り除く作業が行われ、やっと帰れるようになるまでには何十年もの時間が掛かった。だが、避難指示が解除になっても、戻ってこなかった人も多かったそうだよ」
「そうだったんだね。知らなかったなぁ…」
子供たちは希望の話に皆うなずいていた。
「あの大地震から完全に立ち直るまでには、いろんな問題をひとつずつ解決しなければならなかった。この街でも、海から離れたこの高台へ移り住むまでにたくさんの時間が掛かったんだ」
「へぇ、そうなんだ」
希望は顔を窓に向けて海を見つめ、ため息をついた。
「お婆ちゃん、どうしたの?」
希望は海がある方向を指差して話した。
「私が産まれた後で住むはずだった家は、本当はあの海の近くにあった。だが、津波で跡形もなくなってしまった。物心付いた頃からこの部屋より狭い仮設住宅で、身を寄せ合って過ごしていたんだ。そこで過ごした時間は、今でも忘れることはできないよ」
「お婆ちゃん…辛かったんだね」
子供たちはため息をついた希望を心配した。すると、希望は一転して笑顔を見せたのである。
「何を言うんだい。私は仮設住宅の中ではアイドルみたいなものだったんだよ。私の姿を見ると、誰もがみんな笑顔を見せていたんだ。時々、調子に乗ってお母さんに怒られたこともあったけどね…それに、私が高熱を出した時なんか、近くのおじさんが車で遠くの病院に運んでくれたんだよ。あの時はガソリンさえ不足していた中だったけれど、“希望ちゃんの命よりも重いものなんかない!”と言って名乗り出たんだと。それがなかったら、私は幼くして死んでいたかもしれない。それだけ、私はいろんな人から愛されていたってことさ。だから、ちっとも辛くなんかなかったよ」
「へえ。良かったね、お婆ちゃん」
「そうね。今となっては、いい思い出だよ…」
すると、今度は希望が子供たちにある質問をした。
「ところで、みんなはなぜ私の名前が“希望”と書いて“のぞみ”と読むか、分かるかな?」
「えっ?なんでって言われても…」
「簡単なことさ。私は“希望の象徴”だったんだよ」
「きぼうの…しょうちょう?」
子供たちは希望の答えに顔を見合わせた。
「今までの話を思い出してごらんなさい。私が産まれた日、この街は激しい地震と津波によって一気に壊滅し、人々は明日がどうなるかも分からぬ絶望のどん底に叩き落された。そんな中で私を産んだお母さんは、私が絶望の中を照らす一筋の光のように感じて、被災した人たちが笑顔でいられるシンボルであってほしいと願って、希望と書いて“のぞみ”と名付けたんだよ。最初は意味が分からなかったけど、大きくなるにつれて、その意味がやっと分かった。だから、すごく気に入っているのさ」
「へぇ。お婆ちゃん、いい名前を付けてもらったんだね」
子供たちは希望の答えに納得した。すると、希望はまた顔をうつむかせたのである。
「お婆ちゃん、どうしたの?」
「私を産んだお母さんのことを思い出してたんだ。お母さんは愛する人と結婚して、私を妊娠して、ようやく幸せな日々が過ごせると思っていた。けれども、私が産まれようとしたその時にあの地震が発生し、全てを失った。本当は不便を強いられる仮設住宅での生活は嫌だと思ったに違いない。それでも、何一つ文句を言わないで私を育ててくれたことを思うと、いろいろやりたいことを我慢してまで、育児と仕事をしてきたお母さんが一番辛かったんだろうね…数十年前に亡くなったけど、私が子供と孫、曾孫を持った今になっても頭が上がらないよ。はぁ、わがままばかりして困らせた自分が情けないわ…」
希望が話を終えると、子供たちは悲しそうな顔をした。
「お婆ちゃんも、お婆ちゃんのお母さんも、大変だったんだね…変なこと聞いてごめんなさい」
「お婆ちゃん。昔の話をして、辛くなかった?」
「そんなことないよ。もう過ぎたことだし、こうして声に出すことで、心の中のモヤモヤが取れた気がしてスッキリしたよ…これこれ。みんなが悲しくなってどうするんだい?さあ、笑っておくれ」
子供たちは希望の顔を見ると、笑顔を見せた。
「よしよし…みんないい顔だ。これからも笑顔でいておくれよ。“笑う門には福来る”って言うぐらいからね」
「お婆ちゃん、ありがとう」
「さぁ、私が震災から立ち直る希望の象徴であるなら、みんなは未来を支える希望の象徴だ。いっぱい遊んで、いっぱい勉強して、この日本を…いや、この世界を動かす力になっておくれ。いいね?」
「はぁーい!」
「うん、元気でよろしい!あ、それから地震への備えを忘れてはいかんぞ。一度、みんなのお父さんとお母さんとよく話し合ってごらん」
子供たちは満面の笑みで片手を挙げた。希望は子供たちの笑顔に、日本の将来は明るいものになると確信したのである。
(お母さん…私、まだあなたの所へ行けそうにないわ。だって、この子たちの笑顔をずっと見ておきたいんですもの。あ、またわがまま言っちゃった。ごめんね、お母さん。ウフフ…)
(終)
これをもって、【スマイルジャパン2016】投稿作品は終了です。
3作目は100年経った2111年3月11日から東日本大震災を回想する様子を描きました。当然まだ先の話ですが、果たしてこの通りになるのだろうかと、今から不安が募るばかりです。もちろん私は預言者ではありませんので悪しからず・・・。
あらすじに記載した通り、この話はスマイルジャパン2016の作品に出ていた希望ちゃんを100歳にして再登場させました。この話の主人公に起用した理由は、希望ちゃんが震災当日に誕生しているところに着目したのです。もちろん他の作品に登場している人物を勝手に使うわけにはいかないので、二次創作のガイドラインに則り、前もって作者のいろはさんにお願いし、許可をいただきましたので作品に起用とさせていただきました。いろはさんには改めて感謝いたします。
100年後も子供たちの笑顔が溢れる世界であり続けることを願いつつ、これで終わりにしたいと思います。
ご覧いただき、ありがとうございました。