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てすと

世の中には常に犠牲が必要だ。必ず誰かがトイレ掃除をしなければいけないし、必ず誰かが試験に落ちる。この場合もそうだ。誰かが死ななければいけない。一日に一人。可哀想だと思うけど、それによって三億人が救われるのだと思えば、「しょうがない」の一言で済まされるのだろう。

僕の通うことになった学校は、「可哀想だけどしょうがない」で作られていた。


真新しい制服に身を包み、一番遅く教室に入った僕は辺りを見回した。遅いといっても学級活動が始まる十分前で、別に遅刻という訳ではなさそうだったのだが、突き刺さるような皆の視線が僕を席へと急かせた。

と、成り行きで僕も席へ座ってしまったが、どうして全員がおとなしく座っているのかと疑問に思った。大抵どんな特殊な学校でも、進学後の教室では友達作りの独特なやり取りが行われるはずなのだが、ここは恐ろしいほど静まり返っていた。でもここで挫けてはいけない。僕はここで華々しく高校デビューしたい。

「はじめまして。俺は野村。君の名前は?」

いざ勇気を出して隣の女の子に話しかけてみた。女の子はビクッと体を振るわせ、僕に顔を向け、何故かボロボロと涙を流した。受け入れられていないようだ。

仕方なく俺は女の子と会話するのを諦めた。


再び沈黙が破られたのは中年の男が教室の扉を遠慮がちに開けた時だった。その男はひどくやつれた顔をしていて、目の下の隅が男をかなり老けて見せた。バーコードの白い部分は汗でてかっていた。

「おはようございます。みなさん。今日からみなさんの担任で、国語の授業を受け持つ平山です。」

男は教室全体を見回して、僕たちにそう挨拶をしたが、なんとなく僕たちじゃない他の何かを見ているような気がした。男は持ってきたカゴをガサガサと漁り、やがて束になっているプリントを手に取ると、一番窓側の列から配りはじめた。

すぐに前の席から回ってきたプリントは、進学進級時にありがちな自己紹介プリントだった。似顔絵を描く欄の下に、いくつかカラフルな四角で囲ってある空欄があって、それぞれ好きな食べ物、音楽、言葉、そして驚くことに、将来の夢を書くようになっていた。

「えー、それは今日の宿題です。これからの仲間たちに自分を知ってもらう最初のチャンスですからね。しっかり考えて記入してください。それでは、」

僕は宿題を学校で済ませるタイプなので、先生の話をガン無視で似顔絵欄の所に○と▲を描いていく。


「、三分の二ですから、何も全員が選ばれることなんてありません。ですから、皆さんにはこの天使園に入学したことを誇りに思ってほしいのです。今日は授業はないので、帰りの挨拶をした後、皆さんを寮まで案内しますので、すぐに自分の部屋を確認して、しっかり休んでください。原田くん、号令。」

「起立、礼」


ぞろぞろと廊下に出た生徒と一緒に僕も素直に先生についていくことにした。後ろに並ぼうと、うつむいて進路とは逆方向を向くと、誰かに腕を掴まれて進めなかった。僕は顔をゆっくり上げた。

「野村、君は僕の前に並ぶんだよ。」

眼鏡を掛けた、いかにも優等生といった風貌な人だった。反射的に僕の口からでた「ごめん」にも「謝る必要はないよ。ただ指摘しただけだ。」とむつかしい言葉で返したので、前の中学ではクラスで、いや学年トップだったであろう。

「やっぱり君は話を聞いてないんだね。ずっとプリントに書き込んでいただろう。全く、このままではすぐに落とされるぞ。…なんだよその顔。」

死ぬぞと言われて誰でもいい気分はしない。

「僕ははら田で君はの村。恐らく同室になるんだ。これからよろしく。」

さっと自然に出された手を僕はじっと見ていると、彼が怪訝な顔で僕の手を掴んだので、彼は握手を求めていたんだとようやくわかった。慌ててもう一方の手を添えたが、彼の表情は変わらなかった。空気が読めないと認識されたのだろうか。

僕は中学の時、根暗オタクだとクラスでいじられていた。だから、せめて高校では…天使園では気さくで明るい野村くんとしてさいごまで過ごしたかったのに。天使園に抽選で選ばれたのには驚いたけれど、志望校は同じ中学の人がたくさん受験すると聞いていたし、お母さんに一生迷惑掛けるような駄目人間になるよりはずっとマシに思えた。

思えば最初に女の子に声を掛けたときも、周りの視線は冷たかった気がする。僕は何を期待していたんだろう。同級生が変わっても、性格を変えても同じだ。僕の奥底にある根本的な何かが社会に受け入れ拒否をされているんだ。


過ちを犯したという意識は最低でも一週間は僕の心を占める。そのことしか考えられなくて、どうやってここまで来たのかわからない。先生の「はい、こちらが皆さんの家になります。」という声でここが寮だと知った。結局ここまで、はら田に再び声を掛けられることもなかった。

そして、はら田の言ったとおり僕と原田は同室だった。木製の扉に打ち込まれたネームプレートには、野村真と原田正人の文字があった。

寮の廊下まではもう一つの校舎といった外観だったが、内装はそうでもないそうだ。ありふれたマンションの一室のようで、これから死んでいく人間に対してつくられたにしては、勿体無い代物だと思った。

「広いなぁ。」

入口で靴を脱いでいると後ろから原田が僕を押し退けて部屋に消えた。こいつが僕のことを嫌ったのかそうじゃないのか早く知りたい。後者だったらまだ望みはある。

僅かな可能性を信じて、気のきいた言葉を返そうと口を開けたが、何も頭に浮かばす、詰まりながら「そうだね。」とだけ答えた。こんな自分が嫌になる。もとから嫌いだけど。

「普通にきれいだな。明日いなくなるかもしれないんだし、こんなにしなくてもいいんじゃないか。なぁ。あ、これ見ろよ野村。」

あぁ、僕も同じこと考えてた、と伝えるタイミングを逃してしまった。仮に返事できても、口に出せる言葉は、どうせ「そうだね。」だけだっただろうが。

原田は共同スペース(と原田に得意気に聞かされた)の居間で僕が来るのを見届けると、視線を反らし指差した。

そこには大きな段ボール箱と小さな白い箱があった。小学一年の時のクリスマスに、サンタクロースが枕元にプレゼントを置いてくれていたのを思い出す。あの時は、ずっと欲しがっていたたま〇っちが入っていた。僕は迷わず段ボール箱に向かった。びりびりとテープを剥がして、中身を覗いた。ただの本だった。

横を見ると、原田はもう一方の白い箱のテープの溝にハサミで丁寧に切れ込みを入れていた。僕が思うに、こういう場面ではかなり人の性格がでる。原田は完璧主義者らしい。そして、僕の最も苦手とする人種でもある。

ふと原田と目が合った。なんとなく気まずくて、原田が目を離すより前に「おしっこ」とトイレに逃げ込んでしまった。すぐに原田のいるところには戻りたくなかったので、原田に夕食に呼ばれるまでの間はずっと、便座の上で明日一日の対人シミュレーションをしていた。


食堂という所に連れてこられた。同じく食事をしに大勢の高校生が居合わせていた。迷子にならないよう懸命に原田の背中を追った。ここにいるのは新一年生だけのはずなのに、人混みはそれぞれしっかりとした目標があるようで、足を止めることなく進んでいた。適応力の強い人たちだなと思った。

一年生だけというのは、天使園でお迎えを待つのは一年間だけで、年度末になったら希望の高校、もちろんテストはあるが、へ転校が可能とされているからだ。正直僕は二年生になりたくない。けれどそう願わなくとも、大体の生徒はそれまでに死ぬことになっている。

僕らが着いた長テーブルの席は、すでに五人程座っていて、僕らで丁度埋まるといった具合だった。僕はさっき配膳してるおばさんにもらったパンの袋を開けて、一口大にちぎる作業を開始した。

「僕が開けた箱、お前の写真が入ってたぞ。」

え、僕の写真か。そういえばこの学校は学級写真を撮らないのだろうか。明日にはクラスは一人欠けてしまうかもしれないんだけれども。

「結構な量だった。あの箱の厚さびっちりだった。…ストーカーでもされてるのか、お前。あ、でもバッチリカメラ目線だったからそんなことないよな。うん。」

自己完結しないで欲しい。でも質問されても素直に自分の考えを口に出すことはできないのでよしとする。


さっきから僕周辺の心内実況に夢中になっていて、すっかり何が起きたのか理解できない。遠くに見える群衆の中心には、スーツ男三人に取り押さえられている長髪のチンピラらしき男が何か奇声を出していた。

「生徒の皆様にお知らせします。今日のくじ引きは実施しません。今日のくじ引きは実施しません。」

僕の周りがざわついた。そして気づいてしまった。原田がいない!迷子か!とうとう恐れていたことが起きてしまったのだ。僕はずっと席に座っていたし、今も座っているので悪くないはずだ。だとしたら、原田は一体いつどのように消えたのか。僕は再び周囲を見回したが、原田らしい生徒はおらず、いよいよ焦りが生じてきていた。

こういうときは一体どうすればいいのか。原田を待ってこのまま席を動かない。それが一番楽だろう。しかし、原田が僕を嫌って離れていったとしたら、奴が帰ってくることはない。ならば、思いきって自ら探しに行こうか。そうして原田を見つけて、原田が僕に対してどのように思っているか聞こう。それを行動に移すのは限りなく不可能に近いけれど。




午前零時を過ぎたことを確認して、僕は湿った手でそっとテレビの電源をつけた。真っ暗闇の向こう側には僕のアホ面が見える。音量を僕だけに聞こえる程度に落とした。消灯後にテレビ等の電化製品を使うことは原則禁じられている。学校側にばれたら、一発で殺されるかもしれない。まあ、それもいい。 さっきの人との会話を思い出し、その通りに準備した今でも、テレビの画面が変化することはなさそうだ。


突然玄関の扉が乱暴に叩かれた。リモコンを握って三角座りでいた僕は情けなく声を上げてしまい、慌てて口を押さえる。その手は冷たかった。案外直ぐにおとは止み、しんと静まった部屋で蚊の鳴くような声が聞こえていた。 テレビだ。思わず画面に釘付けになると、 横手にリモコンを取り、音量をいち上げた。

見覚えのある人が笑っていた。満面の笑みだった。頭上の光輪が輝いていて、クスクスと笑っていた。白い羽根は確認できなかったが、絶対に背中に付いているだろうと直感で思った。まさか、と思い掛け時計の針を見た。午前二時半。一体、僕が居眠りしていた間に何が起きたのだろう。間違いなく、学園は僕たちを殺そうとしている。ガセでもデマでもなく、規則的な時計の針が一つずつ、一つずつ、一つずつ、丁寧に僕たちを刻んでいくんだ。



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