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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ワンシーン

あなたが欲しい

作者: 琥珀まみ

中学時代、金釘は余りの臆病さに心が病みかけていた。

何か感じたり、見えたりするわけではないが、〜ならどうしよう、と言う妄想が激しい。

パニックを起こしかけていた時、同級生の藤宮が気づいて、外の空気を吸いに連れ出してくれた。

「本を読め、映画を見ろ」

あの有名なホラー作家は、臆病がきっかけで世に出たようなもんだ。

人間何が、きっかけになるか分からないぞ。


それまで、自分の事で一杯だった、釘宮は藤宮と一緒に本を読んで、映画をしこたま観た。

そして、それを昇華させるために文章にし出したのが、高校時代。


それ以外の事はからきしダメだった。

イケメンの容姿を持ってる癖に、何もしない釘宮に藤宮は手を掛けてくれた。

「イイか、あまり喋らなくてもいい、て、言うか喋るな」

一見、華やかで人当たりの良い藤宮は、釘宮の苦手な所をフォローし続けてくれた。


大学時代もそれは続き、釘宮がデビューしてから以来、今もそれは続いている。


いつからか、釘宮は藤宮が離れていくのを恐れ始めていた。

藤宮無しでは生きていられない、と言ってもいい。


近頃、金曜の夜は藤宮が来ない。

考えれば考えるほど、怖い想像しか浮かばない。

釘宮が疎ましいから、金曜の夜だけは、顔も見たくないから、来ないのか。


頭がおかしくなりそうなくらい釘宮は考える。

一本、小説ができそうなくらいだ。


思いつめた釘宮は、変装をして藤宮をつけることにした。


何時もはカチッとしたスーツ姿の藤宮が、明るいシャツとデニム、眼鏡なしの服装で、足取りも軽く、向かった先は新宿二丁目のバーだった。


金曜の夜、混んでいる事を良いことに、釘宮は藤宮の近くのテーブルに陣取る。

男ばかりの店内。


藤宮は、オーナーとしゃべっている。

見ればみるほど綺麗な男だ、こんな顔をしていたんだと、改めて思う。


「今夜は、いいの?小説のセンセのお世話は」

「いいんだよ、週一くらいは

毎日、顔を合わせてると頭がおかしくなる」

「あんたも因果な性格ねぇ」


やっぱり。

と、センスの欠片もない姿の釘宮は膝の上に置いた両の拳を握りしめた。

藤宮は、自分と一緒にいるのが疎ましいのだ。

思えば学生時代から何かと釘宮は藤宮に頼って来ていた。


今でこそ、少しは名の売れた作家になって、藤宮に給料を払えるようになってはいるが、それだって、藤宮の本業の金額に比べたら、雀の涙くらいだ。


なのに、優しい藤宮は釘宮に要求なんてしてこないのだ。


思わず、涙ぐみ、度の入っていないメガネが曇る。

慌てて鼻をすすると、隣のテーブルに座っていた男が声を掛けてきた。


「なぁ、あんた泣いてんの?

失恋でもしたとか?」


どう返事をしていいか分からず頭の中が真っ白になる。

普段、こんな時に、藤宮が代わりにやっていてくれたからだ。


「…失恋、なのか?」


誰に問うわけでもなく呟いた。


「格好に似合わず渋い声してるんじゃん、ねぇ、さっきから一人だけど、そっち行ってもいい?」


身体の線の細さが藤宮にどことなく似ている。

釘宮は、ただそれだけの事で、思わずうなづいてしまいそうになった。


「この尻軽、誰に声かけてると思ってんだ」


尖った、藤宮の声が頭上から降ってくるまでは。


恐る恐る顔を上げると、すらっとした身体を綺麗な色のシャツに包んだ、藤宮が腕を組んで立っている。


釘宮に声を掛けていた男は、藤宮の言葉一つで顔色を無くしながら、カウンターのマスターの元に駆け寄った。


「あんたバカね」

「だって、好みだったんだもん

でも、藤宮さんタチ専門だったのに趣旨変えしたんだ」

「その口はオトコのナニを咥えることにしか使えないの?少しは黙ってな」


マスターが先程の男と何か話していたが、釘宮はそれどこじゃない。


藤宮の睨みは、釘宮に向けられていたからだ、切れ長の目が眇めるようにして、釘宮を睨み付ける。

まるで、流し目の様な色香があって、釘宮は背中がぞくりとした。


「で?」


ため息を深くついた藤宮が少し伸びた前髪を掻き上げて、見下ろすように釘宮を、見た。


冷ややかな目だ。


「締め切り間近のお前がなんでこんな所にいるんだよ」

「ごめん」


どかっと釘宮の前に座り、胸元からタバコを出すのに釘宮は驚いた。


「藤宮、タバコ吸うのか」


カチリと火を点け、深く吸い込み紫煙を長く吐く。

動作が一つ一つ丁寧なのは、それだけ藤宮がイラついてる証拠だ。


「仕事場では吸わないようにしてるんだよ」

「そうか」

「で?俺の質問には答えないつもりかよ」


釘宮は、どう取り繕うか必死で考えた。

けれどいつもなら、包丁一本、カップ一つでも、話のネタが浮かぶのに肝心な時には真っ白になる。


「ふん、息抜きってわけだ、そんな格好までして、でもさ、お前ここがどんな店か分かって入って来た?」


入った途端に、店の中に男ばかりしかいないのは、驚いたが、普通のバーだと思って入って来た。

でも、さっきの男と言い、マスターの言葉と言い、戸惑いは隠せない。


「やっぱり、知らずに入って来たんだな、いいか、ここはゲイバーだしかもガチホモのな」

「…ガチホモ」

「そうだ、お前にもその意味はわかるだろ?」


わかりすぎるくらいわかる。

今、そのネタで小説を書いているからだ。


釘宮は、ごくっと(つば)を、飲み込んだ。

つまり。

藤宮は。


「ホモ、いやゲイだよ俺は」


二十年来の親友の告白に、世界が反転した。


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