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第四話 メリーシャ、借金返済?(1)

改稿(ストーリーは変わりません)

 変な大魔術師には、早々にお帰り願いたいとは思うものの。

 考えてみれば、リエルを早々と帰すかどうかは二の次である。まずは当面の目的を果たさねばならなかった。

「よ、よし行くわよ……ッ!」

 メリーシャは屋敷の前で、気合いたっぷりにこぶしを握っていた。

 その足もとには五百万ギルがぎっちり詰まった麻袋が置いてあるが、当のメリーシャときたら、まるで今にも魔物の討伐にでも出かけそうな様子だった。そこを通りがかったリエルは洗濯物のカゴを抱えたまま、きょとんと目を瞬いた。

「いったいどんな借金取りのもとに行くんですか」

 魔物ですか、と言いそうになったのをようやく堪えて、リエルは言った。借金を返すにしては、メリーシャは異様に気合十分なのだった。

「正確には“来る”のよ」

 メリーシャは神妙な面持ちで自分の弟子に振り返る。

「あなた知らないでしょうけど、ルドルフ卿の使者ってすっごく恐いんだから」

 子どもだったら十日は軽く、夢に見るわよ。

 そう語るメリーシャに、リエルは怪訝そうに首をひねりながら、今しがた洗濯を終えたばかりの浴布を広げてしわをのばした。

「今朝から気になっていたのですが、ルドルフ卿というと、ルドルフ伯爵のことですね?」

「そうよ」

 うなずいたメリーシャに、リエルはなんだか腑に落ちない様子だった。

「私の知る限りでは、ルドルフ伯爵というのはもっとこう、温厚な性格だったと存じていますが」

 少なくとも、明らかに困窮している相手から、無理にお金を取り立てようとする人ではない。リエルはそう言って、またひとつ次の洗濯物を取りあげた。

「それはあなたの“存じる限り”だったのよ」

 その場にしゃがみこんだメリーシャは、頬杖をつきながら言い返した。

「だってあいつら、あたしの耳飾りを持って行ったのよ? お金が用意できれば返してやるって」

 ひどいじゃない、とつぶやくメリーシャにリエルは振り返った。

「メリーシャがそんな装飾品を持っているとは意外ですね。てっきり、そんなものには興味がないのだと思っていました」

「あなた、あたしを何だと思ってるのよ」

「私の可愛い師匠ですよ」

 リエルがにこりと笑ってみせる。心にもないことを、いけしゃあしゃあとよく言えたものね! メリーシャはうろんな目で彼を見あげた。

 料理に仕事の手伝い、そして洗濯。

 いつの間にかせっせと家事をこなす“弟子”に、メリーシャは複雑な気持ちを覚えていた。わざわざ面倒なことをするとは、いったい彼はどういうつもりなのだろう。まったく掴めない青年だったが、その正体が伝説の魔術師だというのだから、メリーシャはますます疑心暗鬼になっていた。

 考えこんだ彼女をよそに、「まあそれだけの大金となると、向こうのほうも必死なのでしょう」と、リエルはひとり納得したようだった。

 メリーシャはうなった。

 五百万ギルともなると、ちょっとした豪遊ができる。そう話したリエルの言葉に嘘はなかった。

 なんせパンひとつが一ギルで買える世の中なのだ。

 庶民がひと月で稼ぐ金額というと、たったの一万ギルがいいところだ。もしかすると、もっと少ないかもしれなかった。

 いちおう魔術師として生計を立てていたメリーシャは、もう少し稼いで五万ギルほど。

「本当は総額の百分の一の……、五万ギルのつもりだったのよ」

 メリーシャはバツの悪い顔で、五百万ギルの袋に目を落とす。

「でも、あなたを弟子に迎えたから、お金がたくさんもらえたの」

「ああ、私の“教育費”が闇に消えるわけですね」と、嘆くように、リエルは洗濯物で涙をおさえる真似をした。

「わざとらしいわよ、リエルさん」

 今さらあなたをどう教育しろっていうのよ。

 でも、なんだか申し訳なくなったメリーシャだった。

 彼にちょっと謝ろうかとも思ったのだが、そうした矢先にリエルがつかんでいる洗濯物の正体に気づいたものだから、メリーシャはぎょっと目を見開いた。

「ちょ、ちょちょちょっとあなたそれ!」

「はい?」

 メリーシャは彼の手をひっつかんだ。

「わたしの寝間着じゃないのッ!?」

「今ごろですか、メリーシャ」

 彼は笑顔でそう言うと、これ見よがしにメリーシャの絹の寝間着を片手でぴらぴらと振ってみせた。

「さっき私が手洗いしているときに気づいて欲しかったものです。なかなか可愛い趣味ですね、そこかしこにリボンを縫い付けたのは師匠の趣味ですか?」

「返しなさい、この変態!」

 真っ赤になったメリーシャは、慌てて彼の手に飛びかかった。

「おっと」リエルはからかうように身をよじって笑った。「メリーシャ、あなた何でもかんでも一緒に放置する癖はやめなさい。私もまさか、浴布を洗っているうちに女性の下着を手にしているとは思いませんよ」

「し、下着じゃないわよ、寝間着だってば!」

 憤死しそうな思いでメリーシャは叫んだ。

 そして、ようやく取り返した自分の寝間着を後ろ手に隠しながら、二度と着れないわとメリーシャは内心こぼすのだった。ひっそりと隠居生活のような日々を送る彼女とて、いちおう花の乙女なのだ。

 あんまりメリーシャが落ち込むものだから、リエルは良心がとがめたという顔になった。

「そう落ち込まないでください、メリーシャ。肩の力が抜ければと思ったんです。あなたやけに気負っていたみたいですから」

「肩の力を通り越して、体の力が抜けるわよ」メリーシャは恨めしい目でリエルを見やった。「次に同じことをしてみなさい、リエル・シャフルード。ひどいんだから。破門よ、破門!」

 まったく脅しにならない言葉に、リエルは肩をすくめた。

「そう言うのなら、ちゃんと家事ぐらいはやるようにしなさい。年頃のお嬢さんなのに、これじゃ嫁ぎ先が見つかりませんよ」

 あなたは、あたしの母親かッ!

 メリーシャはうめきながら、この前代未聞の弟子をにらみつけるのだった。



 そして、「金は用意できたのか、ルーベルさんよぉ」と、お決まりの文句を口にしながらやって来たのは、メリーシャが十日前にも見た男達だった。

 ガタイの良い背の高い男と、一見すると優男にも見える普通の男。だが間違いなく、彼らはメリーシャのもとに借金を取り立てに来たルドルフ卿の使者だった。

 柄の悪い二人組をまごついて見あげながら、「用意できたわよ」とメリーシャ。

「ここに五百万ギルがあります。これで借金全部でしょう?」

 彼女は、ひと抱えもある金貨の袋をガタイの良いほうの男に手渡した。

 先日よりも少しだけしっかりと受け答えできたのは、背後にリエルが居たからだ。

 もっとも、彼はせっせと屋敷の花壇の手入れに取り組んでいた――しかも非常に楽しそうに水やりをしていたのだが、それでもメリーシャにとっては心強い存在だった。なにしろ、リエルは大魔術師だ。

「こないだと比べてずいぶんと羽振りが良いじゃねえか」

 どっしり重い麻袋を見た優男ふうの男が、舌なめずりするように彼女を見る。

「おまいさんは魔女だからな、さては後ろめたい金に違いねえ。なあルーベルさんよ、この金はいったいどうやって稼いだんだ?」

「ば、馬鹿言わないでよ!」

 なにが後ろめたいお金なもんですか。メリーシャは思わず言い返した。

「これはちゃんと、あたしが正当に受けたものです!」

 この際、これはメリーシャの“弟子”のお金だという事実は、闇に葬りさることにして。

 メリーシャは一瞬だけちらりとリエルを振りかえってみたが、彼は気にしたふうもなく鼻歌まじりにジョウロに水をくんでいるところだった。

 あなた、こんな場面でよくマイペースにできるわね。

 半ばあきれたメリーシャだったが、口を引き結びながらルドルフ卿の使者と名乗る男達に向き直った。

「それにあなた達との約束は守ったんですから……使者さん、お願いよ。あたしの耳飾りを返してちょうだい」

 だが、そうは問屋がおろさないのが世の常だった。

 ガタイの良い男がせっせと麻袋のなかの金貨を数える横で、優男ふうの男がねっとりとした声音で言った。「なあ、ルーベルさんよ。おまいさん、あの耳飾りがよっぽど大事と見たなあ」

「そりゃ大事に決まってます」

 だってあれは、母親が残していった唯一の形見と言えるものなのだ。

 メリーシャは頭のなかに、大ぶりの真紅の石を抱く耳飾りを思い浮かべた。どこか不思議な力を感じさせたあの耳飾りは、魔術師だった母親がとりわけ大事にしていたものだった。毎晩あれをながめては眠りにつくというのが、かつてのメリーシャの習慣だった。

「あなた達にだって、大事に思うものの、ひとつやふたつあるでしょう?」

「ああ、あるともさ」優男ふうの男が得意げに腕をひろげてみせた。「俺らの場合は、それが金だ」

 その言葉を聞いて、メリーシャは目を瞬いた。

 さすがに少し、状況がおかしいと気づいたのはようやくだった。



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