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第三話 嘘つきな弟子

改稿(ストーリーは変わりません)

「それで、あなたはこれからどうしたいの」


 自宅の屋敷に戻ったメリーシャは、めでたく自分の弟子として登録されたリエルを前に、複雑な気持ちでそう切り出した。秘術を学びたいという彼だったが……、何度も言いたくはないがメリーシャはその秘術というのを知らないのだ。

「どうしたいかって言うと?」

 食卓につきながら、リエルは不思議そうにメリーシャを見やった。

「私が教えられることは何もないわよ。勝手に家探ししたければ、すれば? どうせ大したものは残ってないし、本当に秘術が書いてある魔術書があるかどうかも怪しいけどね」

 メリーシャとしては、助成金さえもらえれば後はどうとでも。本当の意味で“弟子”を取ったのならいざ知らず、こうなればいままで通り薬草を調合したりして細々と暮らせればいいんじゃないのという感じだった。

 テーブルに頬杖をついたメリーシャに、リエルはふむ、と考えこんだ。

「別に私も家探ししても良いのですが……私の予想では、ルーベル家の秘術というのは口伝ではないかとふんでいます。あなたが知らないとなれば、きっと探しても文章なんかでは見つからないでしょうね」

「どうしてそう思うの?」

「その秘術が、禁術に分類されるからですよ」

 メリーシャは目をしばたいた。

 ルーベル家の秘術が禁術ですって?

「禁術っていうと、誘惑術とか、洗脳術とか、捕縛術とか、透視術とか……?」

「そこら辺はまあ有名なところですが、あなたの家はもっとすごいですよ」

 意味ありげに微笑んだリエルはそっとメリーシャに顔を近づけ、蘇生術、とささやいた。まるで、誰かに聞かれてはならないとでも言いたげな仕草だった。まあ禁術ってそういうものだけど。

 でも次に彼が言った言葉にメリーシャは素っ頓狂な声をあげた。

「あなたの一族は、もともと死人使いの闇魔術を生業とした一族なのです」

「はあ?」

 思わず眉をひそめるメリーシャだったが、見あげたリエルの顔は意味ありげに微笑んでおり、笑い飛ばすような雰囲気でもない。

「あたしの家族が、元闇魔術師だって言いたいの?」

「まあ闇魔術師というよりは、どちらかというと闇の魔術も使える治癒術師、といったところでしょう」

 と、リエルは顎に手をあてながら言った。

 治癒術師、ねえ……と、メリーシャは思った。

 このご時世、魔術師は意外とたくさんいるが、治癒術師というのはメリーシャも数えるほどしか知らなかった。治癒術というのは、彼女たち魔術師が炎弾を飛ばしたり、風の刃で木を切ったりするのとは、またわけが違うのだ。命を癒やす力を使うには、水と地の魔術をきちんと理解し、そしてその二つを組み合わせる必要がある。

 でも、とメリーシャは思う。

 むかしはそういう複雑なことを息を吸うようにやってのける魔術師が多かったというが、時代は変わりつつあった。

 ルーベル家の祖先も、もしかしたらそんな希少な魔術師だったのかもしれないが、あいにくメリーシャにはその才能は受け継がれなかったようだ。つまり、治癒術は苦手な分野だった。とくにここ数年、一段と苦手になりつつある。

「というかリエルさん」

 メリーシャは金髪の男を見ながら、目を細めた。

「あなたそんな物騒な禁術を会得して、なにしようっていうのよ」

 蘇生術という言葉からみるに、あんまり穏やかな雰囲気ではない。連想されるのは、墓場を夜な夜な掘り返し、死体をあさるあやしい男……まさかリエルがそんなことを?

 疑いの目をむけられたリエルは、「そんな恐い顔をしないでください、メリーシャ」と苦笑した。

「私にも亡くして惜しいと思える者は、まあ居ないことはないのですが……蘇生術に関しては、単なる興味ですよ。私は後世にあらゆる魔術を残したいと思っているのです」

「それはたいそうなご使命ね」

 メリーシャは皮肉っぽく言った。この人、本気で言ってるのかしら。師弟制度についてみょうな法案を出すような人が言う台詞?

「信じてないという顔ですね」と、リエルはなんら動じた様子はみせなかった。「しかし、あなたも分かるのではありませんか? 年々、伝え手を失っていく魔術がどれほどあることか」

「……その辺は、王国側だってわかってるわよ。だからわたし達みたいな師弟に助成金をつけたり、学院で魔術師の育成を促すんでしょう?」

「ですがそうした教育の平均化は、我々から古い魔術を受け継ぐ機会や、新たな魔術の発見の機会を奪っていきます」

「…………」

 メリーシャは口ごもった。それは彼女も、頭のすみで思っていることだったのだ。

 魔術師のたまごはみな同じ教本から魔道具から、同じ魔術を学んでいく。それはある一定の能力を持つ能力者を、どんどん世に送り出していくことだろう。

 でもそれからは?

 平均化された知識のなかで、メリーシャたち、新たな魔術師は歩みを止めてしまうのではないだろうか。だから、むかし多く見られた有能なる魔術師というのが、こうして廃れてしまったのではないだろうか。

 ましてや今は、むかしと違って様々な魔術師法ができて、彼女達はそれにしばられている。

 そして例外なく、それはルーベル家に伝わるという秘術も……。

「それはわたしに言ったって仕方のないことよ」

 メリーシャは不満気に言って、リエルから目をそらした。

「だいたい、あなた魔術師法を改正しておきながらよく言うわよね」

 あんなバカげた法案ばっかり申請して。こっちは振り回されて大迷惑なのよ。思わずそう言ってやったメリーシャだったが、なぜかリエルは悲しそうな顔を見せた。

「私が出した法案は、第一四八条だけですよ」

 何かに傷ついた顔をしているにも関わらず、彼が優しい声でそう言うものだから、メリーシャはとてもバツの悪い気持ちになった。

 第一四八条、師弟制度に関する取り決め。

 弟子入り志願する者を、師となるべく者が三回以上断った場合、その師のもとで一カ月間、弟子として試用してもらう権利を得る。――それは、歩みを止めようとする魔術師たちへの救いの手になるだろう。

 リエルがかつて王宮にいたとき、何を思ってこれを申請したのか、メリーシャには分からない。でも、後世にあらゆる魔術を残したいというリエルの気持ちは全てが嘘ではないだろう。そう思うと、メリーシャは胸がつまりそうになる。

 どうでも良いじゃない、そんなの。

 未来を考えられるほど、メリーシャは大人にはなれない。本当の意味で、メリーシャは天才魔術師なんかじゃないのだ。彼女は親を亡くした悲しみを抱いて精いっぱい生きるしかない、ただの小娘だ。

「わたしはただ、魔術薬を作って、それで街の人たちと仲よくしながら生活できれば満足なのよ」

 もう辛い思いはたくさんよ、ただ穏やかに暮らしたい。

 そう言った彼女の横顔を、リエルはなにも言わずに黙って見ていた。



     ◇



 そしてルドルフ卿の使者との約束であった、十日目がきた。

 メリーシャはテーブルの上にどんと置いた麻袋をまじまじと見おろしていた。師弟制度の助成金、一千万ギル――の、半分の五百万ギルがここにある。それらは全て金貨なのだから、重さにしてみれば結構なものである。

「それをどうするのですか、メリーシャ」

「ルドルフ卿に返すのよ」

 朝食のスープをいそいそと碗によそいながら訊ねたリエルに、メリーシャは神妙な顔つきでそう言った。おそらく昼間のうちに彼らはやって来るだろう。

「大金ですね」と、リエルは感心したように言った。

「いったい何のお金を借りたんですか?」

「それはわたしが知りたいわよ!」と、メリーシャは行儀悪くスープを飲み込んだ。

「借金があることすら、わたしのお父さんはちっとも教えてくれなかったもの。亡くなってから分かるなんて、はた迷惑な話よね」

「五百万ギルとなると、ちょっとした豪遊ができそうですね」

 リエルはふむ、と顎に手をあてて言い放った。

「どこかに愛人を囲っていたとか?」

「あ、あいじっ……!?」

 愛人ですって!?

 リエルの言葉に、メリーシャは思わず声がでた。あまりの発言に目をむいたメリーシャは、げほごほとむせかえった後でリエルに詰め寄った。

「ちょっと、何がその……あ、愛人よ! わたしのお父さんを悪く言わないでよね。だいたい、うちの親はそんな器用な性格じゃなかったもの」

「人間わかりませんよ? 裏じゃなにを思っているか」

「だとしても、私の父はあなたなんかと違うのッ」

 メリーシャはそのままの勢いで、彼に指をつきつけた。

「だいたい禁術なんてものを学びたいだなんて、いったい何を考えているのかしら。偉大な魔術師サマは世界征服でも考えてるわけ?」

「だから、ただの興味だと言いましたよ」

 やや気分を害したように、リエルは首をすくめてみせる。

 そんな彼の挙動ひとつひとつが、メリーシャには『信用できないわ』というふうに見えた。大魔術を軽々使うように、リエルはなんのためらいもなく嘘をつきそうな人物だ。にこにこ笑っている顔が多いのがその良い例だ。彼は感情を隠すのがとてもうまい。

 さすがは一五〇年も生きているだけあるわね、とメリーシャは黙って食事の手をすすめた。

 はやいところ、彼にはお帰り願わねばならない。



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