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第一話 魔法使いが弟子(2)

2014/04/11 改稿(ストーリーは変わりません)

「初めまして」

「え、あ、えと、はじめまして……?」

 リエル・シャフルードと名乗った男性と向かい合う形で椅子に座ったメリーシャは、ぎこちない声であいさつを返した。

 格好いい……。

 メリーシャは心のなかで呟いた。

 短くさっぱりとした金髪の男性は、メリーシャを見てにこりと柔らかく微笑んでいた。貴族だと言われるとそのまま納得してしまいそうな雰囲気だったが、なぜ彼はこんな辺鄙な屋敷に訊ねてきたのだろう? メリーシャは混乱しながら口を開いた。

「あ、あの、もしかしてルドルフ卿の使いの方なのでしょうか?」

「え?」

「あの、お、お約束したのは十日後でしたよね。払わないとは言いません。あと二日、それだけ待ってください。そうしたら、ちゃんと払いますからっ」

「なにを言っていらっしゃるのですか?」

 男性は不思議そうに首をかしげた。

「へ?」

「ああ、貴女はご家族から、お話を聞いておられないのかな。私はこの屋敷の当主である魔術師に、弟子入りしに来たのですよ」

「え? 弟子入り?」

「そうですよ、弟子入りです」

 って、いやいや、どう見ても年上なのだけど!?

 おかしい、自分は十五歳以下と指定したはずだったのにとメリーシャは目を回しそうだった。それとも、こう見えて彼は十五歳だとか?

 いや、そんなことはありえない。

 メリーシャの見たところ、年齢差は一つや二つではなさそうなのだ。落ち着いた物腰、丁寧な仕草――男性のその様子を見るに、明らかに十ほどは離れていそうな雰囲気だった。

「あのう、なにか勘違いしていらっしゃらないでしょうか……」

 メリーシャはおずおずと切り出した。

「ここはルーベル家です。もしかして、隣町のルベリール家をお尋ねの予定では?」

「いいえ、私は確かにルーベル家の門下生になりに来たのです」

 うう……。

 メリーシャは途方に暮れていたが、同じく彼も困った顔になっていた。

「よろしければ、あなたの御母上を呼んでいただけませんか。直接話がしたいのですが」

「あたしの母親、ですか」

「はい、天才魔術師と謳われたメリサルル・ルーベル殿に」

 自分の名前を呼ばれたメリーシャは、いっそ頭を抱え込みたい衝動に駆られた。やっぱり、やっぱり彼は私に弟子入りしにきたんだ……そんな、そんなあ!

「それ、母じゃなくて……あたしですっ!」

「えっ、あなたが?」

「はい。あたしが、そのメリサルル・ルーベルです……ルーベル家の当主、です!」

「………………くっ、」

 次の瞬間、リエルと名乗った男性は身体を折って笑いだした。




 ひとしきり笑い終えた男性リエルは、目のはじに浮かんだ涙をぬぐいながら「失礼」と姿勢を正した。

「まさか、ルーベル家当主がこのような少女だったとは」

「悪かったですね。ただの小娘で!」

 盛大に笑われては、良い気のしないメリーシャだった。

「それは失礼しました。ところで私の名は……ああ、もうご存じでいらっしゃいますね」

「リエル・シャフルードさん、ですよね」

「ええ」

 メリーシャはうなずく彼を見ながら、なんだか嫌な予感がしていた。ひとつ浮かんだ疑問について、聞くべきか聞かないべきか……と迷った末、とうとう彼女は口を開いた。

「……あのう、失礼なんですが」

「なんでしょう」

「その昔、お、王宮に勤めていらっしゃったこと……が、ありませんか?」

 陽の光に透ける明るい金髪、そして魔力の強さを思わせる黒い瞳。

 この外見でリエル・シャフルードと言えば、メリーシャが思いつくのはただ一人だったのだ。まさかとは思うが、失われた力を従えた、偉大なる――

「ええ、確かに王宮で専属の魔法使いをしていましたよ」

「いっ――――いやあああぁぁっ!!」

 予感が的中したメリーシャは、さめざめと顔をおおうことになった。

 夢であってほしかった。

 目の前の男性は、元・王宮付き魔術師で失われた雷属性を従えた、かのリエル・シャフルードだったのだから……。



     ◇



「悪いことは言いません、考え直してくださいっ!」

 どん、と机に拳をたたいたメリーシャは、反対側に座る彼に向かって詰め寄った。

「なぜ?」

「なぜって、どう見てもおかしいでしょう!? なんで『偉大なる魔法使い様』があたしに弟子入りする必要があるんですか!」

「それは、私だって人間ですし。弟子入りぐらいはしますよ」

「どこの世界に、御歳百五十にもなって年下に弟子入りする人間がいますかっ」

「それはほら、ここに」

 メリーシャはがくりと肩を落とした。

 そうなのだ。

 先ほど聞いたところ、このリエル・シャフルードという男は、今年でめでたく御年百五十歳になるのだそうだ。そうなるともはや人外の域だった彼だが、どうしてよりによってこんな男が、十六歳のメリーシャの弟子になるべく来てしまったのだろう。今度、魔術管理局の役員に会ったら、ねちっこく嫌味の一つでも言わなければ気がすまない。

「弟子にする気はないのですか?」

 余裕そうに笑う彼に、メリーシャはきっぱりと「ありません」と言った。弟子が欲しいのは本当だったが、まさかこんな雲の上の魔術師を門下に迎え入れる度胸はメリーシャにはない。

「では、二度目ですよ。メリサルル殿、私を弟子に迎えてください」

「だ、駄目よ」

「三度目です。私を弟子に」

「駄目ったら……駄目よ!」

 ふ、と彼がほくそ笑んだ。

「魔術師法、第一四八条」

「へ?」

「弟子入り志願する者を、師となるべく者が三回断って、それでも諦めなかった者は」

「その師のもとで一カ月間、弟子として試用してもらう権利を得る――――って、いやぁああ! いったい誰なのよ、そんな法律作ったのは!?」

「ああ、当時、法案を出したのは私です」

 この人かああっ!

 この法案が通ったとき、なんてめちゃくちゃな内容なの、とメリーシャも思ったのだ。三回も断られれば、普通、別の師匠のところに行くでしょう!?

「このまま断り続ければ、重罪ではないにしろ罰金刑に問われますね」

 リエルは楽しげに言った。腹立たしいことに無駄に刑が重いのである。というか、今のメリーシャにそんなものに裂ける金など無い。

「ううっ……」

 誤魔化すにも、目の前のこの人こそが国の要人なのだ。いかな天才魔術師と言えど、小娘ごときの訴えとこの伝説級の魔術師の訴え、人々がどちらを信じるかは火を見るよりも明らかである。結局、メルーシャはこの男性を弟子に迎え入れるしかないのだが……。

「この歳で門下生を募るぐらいだ、なにかよほどお困りのことがあるのでしょう?」

「ううっ……」

「助成金、一千万ギル」

「!!!!」

「大金だなぁ」

 喉から手が三本ぐらい出るほど欲しいわ。

 メリーシャは唸りながら自前の髪をわしゃわしゃとかき回した。

「うぅううぅぅ……わかった、わかったわよ……! あなたを弟子にすればいいんでしょ!?」

 こうなれば自棄だった。

「リエル・シャフルード――あなたを、弟子見習いとして我が門下に迎え入れるわ!」

 ええい、どうにでもなれ。

 そして、にこりと満足気に微笑んだ男を見て、彼女はこの前代未聞の弟子と、取り返しのつかないことをした自分に向けて、深く深くため息をついた。

 こうして、若き魔術師メリサルル・ルーベルは、齢十六にして百歳以上も歳の離れた男の師となったのだった。



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