第六話 父親は偉大(2)
改稿(ストーリーは変わりません)
でもよく考えてみれば、だからこそメリーシャは天才魔術師と呼ばれる人物に成りえたのだ。
治癒術師の家系にある母親と、少佐だったという軍人の父親。そこから生まれたら、そりゃたしかに優秀な子が産まれるはずだ。
父親が実は思っていたよりも凄い人だったことを知った彼女は、なんとか現状を受け入れるまでに落ち着いていた。その頃にはリエルも、ルドルフ伯爵も、王宮時代の話に花を咲かせていたわけなのだが……どうせ聞いたってさっぱりな身内話だった。
理解不能な会話を耳にしながら、メリーシャは考え込む。思えば学院を卒業したばかりのころ、幾度となく王宮で雑務を手伝わされたっけ。
飛び級した上に首席だったこともあり、学院長の命令だとか何だとかで、ていよく使われることは多々あった。
メリーシャは母親に似て、薬の調合の腕だけは良かったから、当時はてっきりその腕を買われたものだと思っていたが、まさか、王宮にあっさり入れた理由は父親のコネがあったからだなんて思わない。
何も教えてくれなかった父親も父親だが、学院長も学院長だ。夢と希望にあふれた少女になんてことをしてくれる。
メリーシャは記憶のなかの学院長を怒鳴ってやりたい衝動に駆られたが、既に過去の話だった。当時の学院長はリエルが王宮を辞めたときに、一緒に代替わりしたのだと聞いている。
そしてメリーシャも、いまはこうして手持ち無沙汰になっている。間を持たせるためにひたすら紅茶を飲んでいた彼女だったが、悪いけど、ぜんぜん味がしない。完全に、ただ水分を摂っているという感覚である。まあ今さら慣れちゃったけど。
彼らの談義いったいいつ終わるのかしらと思った矢先、メリーシャは会話の端に気になる言葉を聞いた。
「そういえば、ルーベル少佐は閣下の――」
……閣下の?
伯爵の言葉に目を瞬いたメリーシャだったが、リエルはすぐさまそれを遮るように言った。
「ルドルフ、お願いがあるのですが」
「何でしょうか」
「なにか騎士団時代のものは残っていませんか?」
え?
そう言って、リエルはメリーシャの肩に手を置いた。思わず彼を見あげるメリーシャだった。
「映し絵でも何でも良いのです。彼女にぜひ見せてあげたいと思いまして」
殊のほか、ルドルフ伯爵はその話に賛成のようだった。
「それは良い考えですね。屋敷の保管庫から持って来させましょう」
そしてルドルフ卿が部屋から出て行くのを見届けて、メリーシャは口を開いた。
「あなた、わざと言ったわね。何を隠したの?」
あまりにも不自然な話題の切り替えに、メリーシャは不思議に思った。べつに咎めたいつもりではなかったが、 その先を言わせまいとする彼が、少しめずらしいと思ったのだ。
対するリエルは、しれっとしたものだった。
「いいえなにも。隠しただなんて失敬なこと言いますね、メリーシャ」
「まあいいけど……」
頬づえをついたメリーシャは横目で彼を見やった。
「ねえリエルさん、最初からこのつもりだったの? 本物に会いに行こうって言ったときから、あたしに父親の話を聞かせようと思ってたわけ」
どうやらそれは正解だったらしく、「あの屋敷はやけに殺風景でしたから」と、彼は言った。
「いくら掃除をしても、あなたのご両親を思い出せるようなものはほとんど出てきませんでしたからね。是非にと 思っていました」
なるほど、やはり最初から彼は借金なんて無いと分かっていたのだ。
それを言わなかったことに少々腹が立つが、彼なりにメリーシャを思ってくれていたことが意外だった。
「遺品は埋めたのよ、全部」
メリーシャはぽつりと言った。
あれは墓をたてて間もなくのことだったか。ルーベル家の墓に、思いつく限りの遺品は全て一緒に埋めてしまった。
「埋めたのですか」と、リエルが首を傾けた。
「そうよ。うちの両親、なんだかんだ仲良かったから。ほら、お互いの物が身近にあるほうが寂しくないでしょ? 」
「では貴女は?」
「あたしは別に……」
メリーシャは口ごもった。
「あんまり思い出せないから、べつに良いの。正直に言うとね、六年も経つのにそんなに実感が無かったりして。 少しだけ覚えてるのはお父さんが怪我をしてるような光景で、お母さんもあたしを抱きかかえながらすっごい取り 乱したりで、大変で……でもそれだけ」
その前後は、ぼんやりと霧がかかったかのように記憶が曖昧だ。
あまりに衝撃すぎて記憶が飛んだのだろうと思っているが、メリーシャ自身、積極的に思い出そうとはしていな い。
だから本当はまだ、父親は王宮に居るのではないかと思うときがある。母親も王宮に出張に出ているのではない かと。そういうことにしておいたほうが、毎日に希望が持てるのではと思う部分もあった。
でも、なんで記憶にある両親は、あんなに慌てていたのだろう?
その理由は彼女にとって、とても大事なことのように感じられたが、メリーシャは徐々に浮かんだ記憶を追い出 すように首を振った。
目の前のリエルが柄にもなく、考え込むような顔で自分を見ていたからだ。
「ごめんなさい、リエルさん。こんな暗い話ばっかりして」
「いえ」
メリーシャは金髪の魔術師をそうっと見やる。どことなく眉じりの下がった情けない表情。自分に無理やり笑え と言ったのは彼のくせに、そんな顔をするのはずるい。
居心地の悪さに、メリーシャは逃げるように窓辺に近づく。崖の上から見える昼下がりの街並みは、なんだかと ても穏やかだ。
「とにかく、あたしは大丈夫なの。自分の家もちゃんとあるし、なんとか生きてるし。それにお母さんの形見の耳 飾りだって――ああああッ!?」
「……メリーシャ、突然叫ばないでください。仮にも人の屋敷なのですから」
「耳飾り! リエルさんあたしの耳飾り、すっかり忘れてたわッ」
そう叫びながら、メリーシャは慌てて彼を振りかえった。すでにそこには、あきれ顔のリエルがこちらを見てい る。
「忘れていたんですか。私はてっきり諦めたのだと」
「ち、違うわよ! 誰が諦めるものですか」
そしてメリーシャは、こうしちゃ居られないと屋敷の主を探した。
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