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第六話 父親は偉大(1)

改稿(ストーリーは変わりません)

「ルドルフ伯爵これを見てください、どう見ても父の字です!」

 まさかこの世に、こんなに自分の借金について力説する者が他に居ようか。

 メリーシャは目の前の伯爵に詰めよる勢いで、行儀も作法もかなぐり捨てて借用書を掲げていた。

 彼女が息巻いて広げる書面にあるのは、このような内容だった。



*************************


 ~金銭借用証書~

 シーグフリード・リーリャ・ルドルフ殿

 借用金 金貨五百万ギル 也

 上記の金額を、私 ベルンハルト・ルーベルは

 本日確かに借り受け、受領いたしました。


     (中略)


 大陸歴一四五〇年 フェリス月 十六日

 ベルンハルト・ルーベル


*************************



 要するに、あなたからお金借りましたからね、という証明書。

 黒のインクで書かれた文字の羅列を、ルドルフ伯爵は怪訝な顔でなぞっていく。メリーシャは神妙な面持ちで、彼の反応を待った。

「借金をしていないなんて嘘ですよ。冗談です。でなきゃいったい五百万ギルという数字はどこから出てきたんですか? 適当に書いたわけもないと思うのですけど」

 書面を読み終えた伯爵は、「ああ、五百万ギルですか」と、とたん納得したように顔をあげた。

「ほ、ほらやっぱり心当たりが」

 胸を張ったメリーシャだったが、内心『ええそんなあ』という気持ちだったのは内緒である。あわよくば、借金なんて誤解でしたというのを期待していなかったわけではない。

「顔に出てますよメリーシャ」

「黙ってて!」

 メリーシャは隣の青年の背中を思いきりこづいた。こんなときばっかり、彼は茶化そうとするんだから。

 むっとしながら、メリーシャは伯爵へと顔を戻した。

「五百万ギルという金額ですが、メリサルルさん」

「……はい」

 もったいぶった言い方に、メリーシャは思わずのどを鳴らした。

「そのお金は私があなたの父君に差し上げたものですよ。やはり借金なんかではありません」

「へっ?」

 きょとん、という音がふさわしいほどメリーシャは目を丸くした。

 意を決して聞いたわりに、あっけない言葉だった。五百万ギルがうちの父親に差し上げ――ええとつまり、贈与されたお金?

「おそらく真面目なあなたの父君のことだ、わざわざご自分で借用書を作られたのでしょう」

「自分で作ったって……」

 ありえない。

 なんてこと、とメリーシャは脱力するままソファへと体を沈めた。あたしの日々は何だったのかと、いっそ誰かを問い詰めたい気持ちになる。

 借金が借金でなかったということは、つまり、自分の父親が馬鹿正直に『借用書』を作りさえしなければ、それをうっかり盗まれたメリーシャが詐欺師の男たちに脅される必要もなかったということだ。

 もっと言うと、大魔術師のリエルを馬鹿みたいに弟子に迎え入れる必要も、これっぽっちも無かったということなのだ。

 唖然とせずに居られようか。

 こうなると、さっさと土の下に行ってしまった父親が俄然、憎たらしく思えてくる。いや亡き者を憎むのは辞めておこう、うん……。

 茫然と黙りこんだメリーシャに、リエルが爆薬を追加した。

「メリーシャ、伯爵にもっとお話しを聞いてみるといいですよ。彼はあなたの父君の部下だったのですから」

「え、うそお!?」

 その発言でさらに目を剥いた彼女だった。

 目の前の伯爵様がうちの駄目親の部下ですって? そんなの絶対嘘でしょうと思い、伯爵の顔を見やるメリーシャだったが。

「ええ、私はこれでも彼の補佐官だったのです。今でこそいち領主ですが、六年前までは王立騎士団で魔術第三師団に所属しておりまして」

「え、ちょ、そんな」メリーシャは慌てた。

「ルドルフ卿は尉官のひとりだったのですよ。小尉でしたね」

「えっ」

 絶句しているメリーシャをよそに、リエルがにこやかにそう返した。完全に彼女はかやの外である。

「閣下に覚えていただけたとは光栄です」

「第三師団は有名でしたからね」

「確かにそうでしたね。ねえメリサルルさん、あなたの父君は私のいた師団の副官をされていたのですよ」

「……父はそんなに偉かったんですか」

 いっそ疲れさえ覚えた彼女は、床に視線を彷徨わせながら言った。隣でリエルが小さく笑っていたが、馬鹿にされているだとか、いまはそう思うどころではない。

 師団の副官というと、ええと少佐だったか大尉だったかその辺りだ。

 メリーシャは魔術学院時代に少し習っただけの、うろ覚えの知識を総動員させていた。

 記憶にある限りでは、王立騎士団に帰属する魔術師団というのは、かなりのエリート集団だったような気がする。

 確かに父親は仕事で王宮に詰めていることが多かったが、せいぜい魔術局員ぐらいだろうと思っていた。それがまさか、そんな大そうな場所に居ただなんて、すぐには信じられない思いである。

 しかも、階級もちとか。

 どうしても、自宅の屋敷でのほほんとしている父親の姿しか思い浮かばなかったメリーシャは、あまりのことに頭を抱えこんだ。惜しい方を失くしました、と伯爵が言った。

「ベルンハルト・ルーベルはとても力の強い魔術師でした。私は今でも、上官のなかでは彼は飛びぬけて腕が良かったと思っています。彼のようになりたいと、我が同胞たちはこぞって魔術の鍛錬に励んだものです」

「そ、そうですか……」

 やや饒舌気味に話す伯爵のせいで、ますます想像がつかなくなるメリーシャだった。


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