そんな世界もあるさ……
R15で大丈夫ですよね?
その日、学校の屋上から一人の少女が飛び降りた。
夕焼けの空はどこまでも赤く、彼女が激突した地面も赤く染まった。
*****
――ちゃぷん、ちゃぷん
水の音が聞こえる。
水の中を漂っているのか、揺ら揺らと揺れる体。
――気もち、い、い……
頭はぼんやりしているし、水の中ということ以外は分からない。ただ暖かい水の中でちゃぷちゃぷと揺られて、その気持ちの良さに身をゆだねていた。
そうして気持ち良さにウトウトし始めたころ、突然水から引き上げられた。
何事かと、目を薄ら開くと女性――とても綺麗な女性と目が合った。
女性は驚いたように数度瞬きを繰り返し、それからワナワナと震える唇を開いた。
「み、みい……みいちゃん?」
「どうした、ヒナ?」
そんな女性の後ろから、訝しむ表情でひょっこり顔を出す男とも目が合った。
すると男も女性と同じようにワナワナと震えながら唇を動かした。
「み、みい……?」
「どうしたんだよ、二人とも?」
それから同じように顔を覗かせる若い男の驚いた顔。
「みい子!?」
三人は「みい」を囲むようにして口々に「みい、みい」とうわ言のように繰り返して、ついに泣き出した。
そして、「みい」はそんな三人を見ながら怯えた。
**
葛城家の風呂は広い。
木造二階建ての家は、一般のご家庭と大して変わらない広さだが風呂だけはなぜか広い。
それは、この一家が必ず家族全員で風呂に入るためだ。
言っておくが、父46才、母42才、息子18才、娘15才のそれなりの年齢な家庭だ。
そして、そんなに仲は良くない。と、言うか年頃の子供を持つ普通の仲の家庭だ。
それでも、風呂は家族全員で入る。
だが、できれば皆一人で風呂に入りたいと思っている。
「くそっ、今日こそ俺一人でみい子を風呂に……」
いや、可愛い「みいちゃん」と二人きりで風呂に入りたい。
のだが、全員そう思っているせいで必然的に全員で風呂に入ることになるのだ。
***
葛城家の長女は産声も上げずに生まれた。
だが、小さな心臓はトクトクと動き、か細い呼吸音が聞こえる。
「みい子」と名付けられた子は、その後も泣くことがなかった。それどころか、目も開かず動こくこともせず、栄養を取ることもしなかった。
ピクリとも動かない娘は、小さなベッドに横たわり胃瘻で栄養を取り15才の春を迎えた。
今日も今日とて、家族全員で風呂に入る。
本日は「ママの日」なので、母のヒナ子がみい子を抱っこして髪も体も柔らかいスポンジで綺麗に洗い、一緒に湯船に浸かる。
もちろん、父の隼人、兄の悠斗も一緒にだが。
みい子は相変わらず目を閉じたままだが、湯船でちゃぷちゃぷ揺らすと気持ちよさそうな顔をしている(ように見える)。
「気持ちよさそうな顔をして……みいちゃん……」
みい子の小さな顔や体が、温まってピンクになっている。
嬉しいような悲しいような顔でみい子を見つめていたヒナ子は、そろそろ上がろうかとゆっくり立ち上がった。
そのとき。
みい子の小さな瞼がピクピク動きゆっくりと目を開いたのだ。
娘が、みい子が初めて目を開いて、無垢な瞳をヒナ子に向けているのだ。
「み、みい……みいちゃん」
隼人も悠斗も驚き、嬉しさのあまり全員で泣き出した。
**
「みいちゃん」
満面の笑を湛えた綺麗な女性が、ベッドで横になるみい子に話しかけている。
みい子は、あの日飛び降りてこの世から去ったつもりだったが、なぜか見知らぬ家で見知らぬ人たちに囲まれていることに怯えていた。
――だけど、もしかして……
みい子は、勇気を振り絞って女性の呼びかけに応えた。
「お……ぁ……」
「どうしたの、みいちゃん? ママはここにいますよ?」
――やっぱり……
「ま、ま……まぁま」
上手く喋れないみい子は女性に必死で「ママ」と呼びかけた。
途端に女性は目を見開いて涙を零し始めた。
「そうよ、みいちゃんのママよ……」
「ただいま、ヒナ。みい子は?」
「あ、隼人さん。みいちゃんが、みいちゃんが……」
「どうしたんだ!?」
「ママって、私のことママって呼んだのよ!」
「な、なに……お父さんでちゅよー! みいちゃん、お父さんでちゅよー!」
物凄い足音を立てながら駆け寄ってきたスーツ姿の男の人は、やはりそう(・・)らしい。
「パ、パー……」
「み、みいちゃん!」
「ただいま! みい子は!?」
じゃあ、この若いカッコ良い男の人は多分――
「にー……にー?」
「みい子!? もう喋れるのか……みい子、喋れるのか?」
間違いなかった。
感極まった兄は、みい子を抱き上げると顔中にちゅっちゅちゅっちゅし始めた。すると、父親が兄からみい子を取り上げて同じようにちゅっちゅする。
きちんと喋れないみい子が、嫌だと言えずもぞもぞしていると、母親が父から取り上げタオルで顔を拭いてくれた。そして綺麗に拭いた顔にちゅっちゅする。
父と兄が、そんな母を恨めしそうに見ていると母は何かを思い出したようにカレンダーを見つめた。
「そうだわ。今年のみいちゃんのお誕生会は盛大にしましょうね」
みい子は耳を疑った。
今までお誕生会どころか、お誕生日を祝ってくれる人などいなかった。
嬉しいより、何より怖くなってきた。
――死んで、都合の良い夢を見ているのかも……
だから、三人の会話など耳に入っていなかった。
「母さん……人を呼ぶとみい子を他人に見せなくちゃならないじゃないか」
「家族水入らずで祝うに決まってるでしょう。みいちゃんを他人に見せるなんてそんな……」
「たまには良い事言うね、ヒナ」
***
みい子の不安は全く的中しなかった。
何度目が覚めても、みい子は優しい両親と兄に可愛がられていてる。
夢のような、まさにみい子が欲しくて堪らなかったものが手に入ったのだ。優しい家族。みい子を可愛がってくれる家族。今の家族は、みい子の望んでいたものだ。
お誕生会ではケーキがワンホールで出てきて、沢山のプレゼントに囲まれた。ビデオも写真もたくさん取った。
あまりにも、幸せで贅沢で罰が当たるのでは、と気が気ではなかった。
綺麗で優しいお母さん。
カッコ良くて優しいお父さん。
お父さんに似て、カッコ良くて優しいお兄ちゃん。
みんなみんな夢なのでは。
いつか、夢が覚めたら暗くて冷たい死の世界で一人ぼっちかもしれない。
だが、やはりそれは杞憂に終わり、みい子は幸せに過ごしている。
彼らの愛情が、行き過ぎで異常なことに気付かないまま。
今夜もみい子は安らかな寝息を立てている。
軽い睡眠導入剤入りの、ミルクを飲んだ後に。
***
――母の場合――
「みいちゃん、おねむでちゅねぇ」
スピスピと軽い寝息を立てる娘を抱っこしてあやす様に揺する美熟女。
葛城陽菜子――みい子の母親だ。
愛しげに娘を見つめ、ポンポンと背中を叩く母親の顔は、いつもみい子に向ける眼差しとは違う。怪しいことこの上ない。
今にも、眠るみい子を取って食いそうな顔でちゅっちゅちゅっちゅしている。
「さ、みいちゃんの大好きなチョコクリームでちゅよ?」
ヒナ子はそう言いながらチョコクリームを塗りたくった巨乳をポロンと出した。
チョコクリームの甘い香りに釣られて、みい子は眠ったままチョコクリームな巨乳を吸い始めた。
「ママのオッパイ美味ちいでちゅか? みいちゃん、みいちゃん……はぁ、はぁ……」
――父の場合――
「みいちゃん、おねむでちゅねぇ」
スピスピと軽い寝息を立てる娘を抱っこしてあやす様に揺するイケメン中年。
葛城隼人――みい子の父親だ。
愛しげに娘を見つめ、ポンポンと背中を叩く父親の顔は、いつもみい子に向ける眼差しとは違う。怪しいことこの上ない。
今にも、眠るみい子を取って食いそうな顔でちゅっちゅちゅっちゅしている。
「さ、みいちゃんの大好きなカスタードクリームでちゅよー」
そう言いながら隼人はポロリと出した。クリーム塗れのナニかを。
カスタードクリームの甘い香りに釣られてみい子は、小さな舌を出してツンと舐めてから嫌な顔をした。
「あ……み、みいちゃん、もっと舐めて、そしてパパのミルクも――」
「ふざけんな、くそジジイ!」
「今日はパパの日だぞ、邪魔するな悠斗!」
――兄の場合――
「みいちゃん、おねむでちゅねぇ」
スピスピと軽い寝息を立てる――以下略。
「全く、我が親ながらやることが浅いんだよ……さ、みい子。少し握力を鍛えような」
そう言いながら悠斗はポロリと出した。ナニかを。
「ほら、みい子」
そして、みい子の小さな手を取りナニかを握らせる。
「ニギニギだよー。ニギニギしてご覧……あ、ヤベ、ミルクが――」
「ふざけんな、くそガキ!」
「今日は俺の日だ!」
***
今日もみい子は家族みんなに可愛がられている。
地球に似て非なる世界――パラレルワールドと言われる世界で。
世界は、人間の考え得る限りの世界が存在する――その数は無限である――と言われている。
とある世界で「ヤンデレ」と言われる人たちばかりがいる世界もきっとある。
きっと、そんな「ヤンデレ」ばかりの世界では「監禁」は犯罪ではないのだろう。
もちろん、同性で結婚しても、家族で結婚しても違法でも何でもない、そんな世界。
これは、そんな世界へ行ってしまった少女の話だ。
そんな世界もあるさ……多分。