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既読スルーの先にいたのは、私を必要としない貴方でした。

作者: たま
掲載日:2026/04/16

数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。

拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。

内定者懇親会で「格の違い」を突きつけられたので、腐れ縁はここで切り捨てます


スマートフォンの画面が、深夜の暗い部屋を無機質に照らし出す。

メッセージアプリのトーク画面には、私が三日前に送った「来週、久しぶりに会いたいな」という文字の横に、小さく、けれど残酷なほどはっきりと『既読』の二文字がついている。

私、彩音あやね宗人しゅうとは、高校二年生の秋から付き合っている。

当時の彼は、サッカー部のエースで、少し不器用だけど真っ直ぐな人だった。

「彩音と一緒にいると、一番落ち着く」

そう言って笑っていた彼は、もうどこにもいない。

大学生活の四年間、私たちは別々の大学に通いながらも、週に一度は必ず会っていた。

しかし、四年生の夏――就職活動が本格化し、お互いの進路が決まり始めた頃から、目に見えて歯車が狂い始めた。

「……また、返事なしか」

私は溜息を吐き、ベッドに倒れ込む。

来春から私は、中堅の広告代理店への入社が決まっている。

憧れていた業界だ。内定をもらった時は飛び上がるほど嬉しくて、一番に宗人に報告した。

けれど、その時の彼の反応は、今思い出しても胸が締め付けられるほど冷ややかだった。

『ふーん、おめでとう。まあ、そこそこの会社だね。俺はまだ、選考の山場だからさ』

宗人が目指していたのは、外資系や国内最大手の証券会社といった、いわゆる「超エリート」の椅子だった。

その後、彼は見事に第一志望のメガバンク系証券会社の内定を勝ち取った。

そこからだ。彼の既読スルーが「日常」になったのは。

「私だって、忙しいのに……」

卒論の執筆、内定者課題、そして社会人になるための準備。

毎日が目の回るような忙しさだ。それでも、私は宗人と会う時間を一秒でも作るために、分刻みでスケジュールを調整している。

美容院に行き、彼が好きだと言っていた淡い色のワンピースを新調し、彼からの連絡を待つ。

そんな自分の健気さが、最近ではひどく惨めで、馬鹿げたものに思えて仕方がなかった。

ようやく宗人から呼び出されたのは、最初のメッセージから二週間が経過した土曜日の昼下がりだった。

指定されたのは、彼の大学の近くにある、少し気取ったオープンカフェ。

「久しぶり、宗人! 元気そうでよかった」

笑顔で手を振る私に対し、宗人は席に座ったまま、視線すら合わせようとしなかった。

彼は高価そうな腕時計を何度もチラチラと確認しながら、迷惑そうに口を開く。

「……彩音。悪いけど、今日は一時間しか時間がない。午後は内定者同士の勉強会があるんだ」

「あ、うん。忙しいのに時間作ってくれてありがとう。最近、全然連絡取れなかったから心配してたんだよ?」

「心配? 余計なお世話だよ。俺の行く会社がどれだけ熾烈な環境か、お前には想像もつかないだろ。お前みたいな、定時に帰れるような『ゆるい会社』に決まった奴とは、見ている景色が違うんだ」

心臓の奥が、ぎゅっと握りつぶされるような感覚がした。

「……ゆるい会社って、何? 私だって、自分のやりたい仕事を選んで、一生懸命頑張って内定をもらったんだよ」

「頑張った、ね。お前の『頑張った』と俺の『頑張った』を一緒にしないでくれ。これからは格差社会なんだよ。社会人になれば、付き合う人間も変わる。正直、今の彩音と話していても、何の刺激も得られないんだよね」

宗人は冷めたエスプレッソを一口飲み、私を品定めするように眺めた。

「高校の頃は、お前みたいな大人しい女が丁度いいと思ってた。でも、これからは違う。俺には、俺のステータスに見合うパートナーが必要なんだ。……わかるだろ? 今の彩音は、俺にとって『重荷』でしかないんだよ」

重荷。

その言葉が、私の心の中で張り詰めていた糸を、音を立てて切った。

私は彼のために、どれだけの時間を、感情を、言葉を捧げてきただろう。

既読がつかない画面を見て、自分の何が悪かったのかと悩み、夜も眠れずにいた時間は一体何だったのか。

「……そう。それが、宗人の本音なんだね」

「ああ。悪いけど、別れ話はまた今度な。今は内定者の中でトップに立つことで頭がいっぱいなんだ。じゃあ」

宗人は伝票を私の方へ指先で押しやり、一度も振り返ることなく去っていった。

私は、冷え切ったカフェオレを、ただじっと見つめていた。

涙すら出なかった。ただ、今まで信じてきた何かが、音を立てて崩れ去る感覚だけが残った。

それからの私は、まるで何かが取り憑いたように仕事(内定者課題)に打ち込んだ。

宗人への執着を捨てるために、自分を磨くこと、知識を得ることに全ての情熱を注いだ。

皮肉なことに、宗人に「お気楽だ」と馬鹿にされた私の内定先は、実力主義の塊のような場所だった。

十二月の半ば。

私の会社と、その大口クライアントになる予定の企業との合同懇親会が開催された。

会場は、都内の一流ホテルのバンケットホール。

「彩音さん、君のレポートを読ませてもらったよ。学生とは思えないほど、消費者心理を的確に突いている」

声をかけてきたのは、洗練されたスーツを完璧に着こなした男性だった。

高城たかしろさん。

なんと、宗人が「選ばれた人間しか入れない」と誇っていた、あのメガバンク系証券会社の若手エースだ。今回の新規プロジェクトの責任者でもあるという。

「恐縮です、高城様。私はただ、自分の会社が提供できる価値を最大限に伝えたくて……」

「はは、謙虚だね。でも、君の視点はうちの社内でも評判だよ。……実は、今回のプロジェクト、君に内定者ながらサポートメンバーとして入ってもらいたいと思っているんだ」

驚きで声が出なかった。

「私のような者が、そのような大役を……?」

「君の会社……〇〇エージェンシーは、業界でも『少数精鋭のプロ集団』として知られている。僕は、肩書きや会社名だけで人を判断しない。その人が何を生み出せるか、それだけを見る。君には、その才能がある」

高城さんの言葉は、宗人に踏みにじられた私のプライドを、優しく、けれど力強く再生させてくれた。

私はこの時、確信した。

住む世界を決めるのは、会社の看板ではない。自分自身がどう在るかだ、と。

二月。卒業式を目前に控えたある日。

ブロックしていたはずの宗人から、見知らぬ番号で電話がかかってきた。

嫌な予感がしたが、何度もかかってくるため仕方なく出ると、そこにはかつての余裕など微塵もない、焦りきった宗人の声があった。

『彩音! 彩音か!? お前、なんでブロックなんて……!』

「……何の用? 宗人」

『いいか、よく聞け! お前の会社、今度のうちとのプロジェクト、降りるって言え!』

「は? 何を言ってるの?」

話を聞けば、こういうことだった。

宗人の内定先(高城さんのいる会社)で、例のプロジェクトの資料作成を、宗人を含む内定者たちが手伝わされたらしい。

その際、高城さんが「外部のパートナーである彩音さんの意見を最優先にするように」と指示を出した。

宗人はそこで初めて、自分がバカにしていた「元カノ」が、自分たちの手が届かないような高い評価を受けていることを知ったのだ。

『俺のメンツが丸潰れなんだよ! 同期の間でも「あいつの元カノ、めちゃくちゃキレ者らしいぞ」って噂になってて……! 上司からも「お前、彼女の爪の垢でも飲ませてもらえ」って笑われたんだぞ!』

電話の向こうで、宗人が発狂している。

「……宗人。私に言われても困るわ。評価をしているのは高城さんだし、私はただ自分の仕事をしているだけ」

『お前、高城さんに色目でも使ったんだろ!? そうじゃなきゃ、お前みたいな女が選ばれるはずがない!』

その言葉を聞いた瞬間、私は自分の心が完全に冷めきったのを感じた。

「……最後まで、それなんだね。さようなら、宗人。二度とかけてこないで」

私は電話を切り、その番号も拒否設定に入れた。

そして迎えた、プロジェクトの最終確認会議。

私は〇〇エージェンシーの担当者として、高城さんの隣という、異例の席に座っていた。

会議室の隅で、お茶出しと資料配りをしている内定者の集団の中に、宗人の姿があった。

彼は青白い顔をして、震える手で資料を配っている。

「では、彩音さん。プレゼンをお願いします」

高城さんの促しに、私は立ち上がった。

数ヶ月間、寝る間も惜しんで練り上げた戦略。

ターゲットの心に刺さる言葉、斬新なビジュアル。

私は、自分でも驚くほど落ち着いた声で、完璧なプレゼンテーションを行った。

会議室が拍手に包まれる。

「素晴らしい。完璧だ、彩音さん」

高城さんの賞賛に、私は深く頭を下げた。

その時、宗人が、あろうことか会議の進行を遮って声を上げた。

「……納得できません!」

会議室に冷たい静寂が流れる。高城さんが目を細めた。

「……君、内定者の佐藤(宗人の姓)くんだったね。何が納得できないんだ?」

「彼女……彩音は、ただの女子大生です! 学生の考えた遊びみたいな企画に、我が社の巨額の資金を投じるなんて、正気の沙汰じゃありません! 彼女は僕の元カノで、性格だってよく知っています。こんな大役に相応しい人間じゃない!」

宗人の必死の叫びは、虚しく広い会議室に響いた。

参加していた重役たちが、軽蔑の眼差しを彼に向ける。

高城さんが、ゆっくりと立ち上がった。

「佐藤くん。君は今、二つの致命的なミスを犯した」

高城さんの声は、低く、氷のように冷たかった。

「一つ。公的なビジネスの場で、私情を持ち込み、パートナー企業を侮辱したこと。これは我が社の信用に関わる問題だ」

「それは……っ」

「二つ。君は、自分の目の前にある『本物の仕事』を正しく評価する目を持っていない。彩音さんの企画書は、既に専門家たちの厳正な審査を通り、役員会でも承認されているものだ。それを『遊び』と断じた君の能力の低さを、私は今、確信した」

高城さんは、手元の内定者リストに、赤いペンで大きくバツ印をつけた。

「君の採用については、改めて人事部で再検討させてもらう。……この場から出て行きなさい。君に資料を持たせることすら、今の私には苦痛だ」

宗人は、崩れ落ちるように膝をついた。

同期たちの、哀れみと蔑みが混じった視線が彼に突き刺さる。

彼は震えながら、這うようにして会議室を後にした。

会議の後、ホテルのラウンジで私は高城さんと向かい合っていた。

「驚かせてごめんね、彩音さん。でも、彼のような人間は、一度徹底的に現実を教えないと、周りを不幸にするだけだから」

「いえ……。ありがとうございます、高城さん。私、やっと目が覚めました」

窓の外には、美しい夜景が広がっている。

かつて宗人と見たいと願った景色よりも、今の私が見ている景色の方が、ずっと輝いて見えた。

スマホに、また別の番号から着信が入る。

きっと宗人だろう。

『内定取り消しになりそうなんだ』とか、『お前しかいないんだ』とか、そんな見苦しい言い訳を並べるために。

私は、画面を見ることなく電源を切った。

「高城さん、今回のプロジェクト、絶対に成功させましょうね」

「ああ。君となら、最高の仕事ができると確信しているよ」

既読スルーに怯え、誰かの顔色を伺っていた私は、もういない。

私は私の価値を、私自身の手で証明した。

夜空に浮かぶ月は、どこまでも澄み渡り、私の新しい門出を祝うように明るく輝いていた。


(完)

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

誤字脱字のご連絡ありがとうございます。

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