7、空の居場所
昼休み現在の天気は、雲量8のギリギリ晴れ。頭痛は……ぼんやり痛いような、痛くないような。薬で全然抑えられる範囲ではある。と、いうことは、虹さんは今のところ感情を乱していないらしい。
「あ、……ば! 青晴!?」
「うわ、なに?」
「なに? じゃねーよ! 会話の最中に突然ボーッとすんなよ。最近多いぞお前」
「ごめんごめん、なんか天気が気になっちゃって」
目の前でどデカいおにぎりを頬張る昴はため息をつく。まずい、何の話してたんだっけ?
「で、俺、放課後はサッカー部の勧誘活動いくから、そっちにはいけない。よろしくな」
「了解。頑張って」
運動神経抜群な昴は、基本的にサッカー部に所属している。が、あらゆる部活を兼部しており、数合わせ要員として天文学部にも入ってくれているのだ。
「頑張ってって、そっちこそな。だって、ひゃばいじゃん? にんずう」
昴はもごもご米を食みながら話す。やばいじゃん、人数。そう言ったんだな。
──実際、天文学部は窮地に追いやられている。
4月30日時点で部員数が最低4人に達していないと、我が天文学部は廃部となり、同好会扱いとなってしまう。同好会になってしまうと、現在の部室は没収。そして今、部員は俺と昴の2人。半分、足りない……。
「ま、1人や2人くらい見つかるっしょ。いざとなったら兼部でお願いすりゃいーじゃん」
「昴も知ってるだろ? 去年からそういうの厳しくなったんだよ。校則をわざわざ改正してさ。今年の新入生は、もう兼部で幽霊部員になれないの。お前と違って」
「ちゃんと把握できていて偉いね」
突然、背後から不気味な程に朗らかな声が聞こえてきた。ぬるりと、俺の前に姿を表したそいつは
「……会長」
背後からぬるりと現れたのは、俺の天敵──江雪柊一郎だった。糸目のように常に細められた目元には柔和な笑みを浮かべているが、その長身から見下ろされると、奇妙な威圧感がある。飄々とした態度の江雪は胡散臭い表情のまま話し出す。
「やぁ、空本君。体調はどう? 倒れたと聞いて、心配していたんだよ」
「ご心配どうも。それで、何の用ですか」
帰れ帰れと思いを込めて、思いっきり表情を歪めてみる。が、まるで見えていないかのように江雪はまだ笑っている。
「君の様子を見にきたのと、部活の勧誘は順調かなと思ってね」
「はっ、お優しいこって」
昴が吐き捨てるように言った。こんなにあからさまな態度を取られているというのに、江雪の笑顔は揺らがない。
「天文学室、生徒会が管理してもいいんだよ? 少人数で繊細な設備を維持するのは大変だろう?」
「断る。しつこい」
断言。何度も何度も言っているというのに。一切通じない。
「そうか。精々頑張って」
温度のない、むしろ冷たい声色で、江雪はエールを送る。さっさと踵を返して去っていった。と、思いきやフッと振り返り、また笑み──いや、不安が混じったような表情を浮かべ、こう言った。
「──ああ、そうそう。お父上は元気かな?」
「健在だよ。最近は母さんの体調が良くて随分ご機嫌でね」
「それは良かった。では失礼するよ」
今度こそ江雪は廊下に出ていった。コツ、コツと一定のリズムの靴音が遠ざかっていく。
「あいつなんであんなに天文学室欲しいの?」
昴がおにぎりを包んでいたアルミホイルをくしゃくしゃにしながら言った。
そう、あの忌々しい校則の改正を主導したのは、他でもない江雪だった。1年生の頃にさっさと生徒会長に就任し、あらゆる功績を残して表彰され、テレビ取材なんかも受けたりなんだりの本物の天才。予算の削減やら負担軽減やらあらゆる理由を恐るべきプレゼン能力や人脈を用いてあっさり学校を動かしやがった。それもこれも、『より良い学校生活のため』らしい。
「……いや、天文学室が欲しいというより……知らん」
知らないというのは、嘘。江雪の目的は……心当たりは、ある。
「まぁ、天文部がなくなったら、お前はうちに来ればいいよ。サッカーやろうぜ」
「ぜっっっったい嫌だね。俺は部を守る」
「とはいえ、現実的にいけるのか?」
「……」
自信は無い。そこまで勧誘得意じゃないし、この学校には他に魅力的な部活が沢山ある。……いや、なんとしてでも守り抜く。
「あ! 思いついた。部員入れる方法」
昴は手をポンと叩き、堂々と発表する。
「天照さん入れりゃいーじゃん!」
「入れりゃいーじゃんって……」
「天照さん狙いで新入生入るぜ? 今月とりあえず人員確保すればいいんだろ? とりあえず入ってもらおうぜ」
「うーん……あれを見てみろよ」
顎でくいっと、人だかりの方を示す。あの中心に虹さんがいるのであろう人だかり。
「うちのバレー部見学いこう!」
「お菓子用意してるよ。茶道部楽しいよ」
少し耳を澄ませただけで、バスケ、バド、……家庭科部? とにかく、沢山の勧誘が聞こえる。
「勝てるか?」
「あそこに凸る勇気は無い」
だろうなと溜息をつきながら、昴は焼きそばパンの袋を開けた。
「ななちゃん絶対袴似合うよ! ね、弓道部きて!」
ふと、聞こえてきた言葉にモヤッとした。何に対して? きっと、虹さんがななちゃんと呼ばれたことに対してだ。俺、思った以上に虹さんって、下の名前で呼べることに優越感を抱いていたんだな。我ながら心が狭い。でも虹さんの下の名前の漢字知ってるの俺だけだし。うん、うん……。
「どうした溜息ついて。パン食う? メロンパンとアンパンあるけど」
「いらん……お前、食い過ぎだろ」
「購買のパン美味いんだもん。あ、明日黄金カレーパンの日じゃん。今回こそ食わねぇと」
昴は最後の一口を放り込んだ。3口で焼きそばパンを食べ終わり、次はメロンパンの袋を開けた。
「頑張れよー……明日、ねぇ……。通常授業始まるし、テンション下がるな。春休み課題終わったよな?」
「アンパン美味いわ。日本発祥って誇りだよな」
「お前さぁ……」
きゃはは、と甲高い笑い声が聞こえた。虹さん方面からだ。……転入生だし、課題は無かったのかもしれないけど、虹さんって勉強できるのだろうか。漫画の美少女転入生ってだいたい秀才だけど、そのタイプかな。うん、きっとそうだろう。




