6、怪しい雲行き?
「はい朝のホームルーム終わりますよ〜。……空本さん大丈夫?」
「えっ、え!? はい!!」
気づけばみんな起立していた。何が起こっているのか分からないまま立ち上がれば、椅子がガタンッと倒れてしまった。くすくすと笑い声が聞こえる。恥ずかしい。
落ち着け、俺。たかが虹さんにおはようって言われただけだぞ……? そんなんで、こんなに心臓をうるさくしてどうする。そんなんで、朝のホームルームの記憶を丸々飛ばしてどうする。昨日、倒れた時に頭を強く打ったと言った方が通用しそうな程アホになってる。このままじゃいけない。
「きりーつ、れーい」
かったるそうな昴の挨拶に合わせて、頭を下げる。
──今だ!!
「虹さっ
「天照さんおはよう!」
「昨日ってどこいたのー?」
「結局連絡先交換できてないや! 交換しよ!」
風の如く、目の前に女子陣が現れた。そんな馬鹿な、俺の方が距離は近かったはず……! あっという間に囲まれてしまって、昨日と同じく虹さんの姿は見えなくなってしまった。
この中に割って入っていけるほどの勇気は持ち合わせていないし、虹さんの人脈作りの邪魔をする訳には……! でも、俺の名前を呼んでくれたことについて何かしら反応を……!
「あーおーばくんっ♪」
ポンっと俺の肩を叩いたのは、不気味な程にニコニコと笑う昴だった。親指を出した右手を、くいっと廊下に向けて動かしている。表に出ろや、そう顔に書いてあった。
心当たりは、もちろんある。すごすごと着いていけば、人通りの少ない廊下の端っこに連れていかれていた。そして、昴の手が、俺を逃がさんとばかりに囲う形で壁に手をついた。ここまでキュンキュンできない壁ドンもそうそうないだろうな。
「どういうことだ?」
「何が」
「しらばっくれんな、俺は聞き逃さなかったぞ……!」
昴の顔面は般若のように歪んでいた。笑うな、耐えろ。
「お前ら、いつの間に下の名前で呼び合う中になったんだァ?」
「いつの間にって、昨日しかないだろ」
「そうだよ? どこをどういじったらいきなりそんな親密になれんだよ。保健室か?保健室で親睦を深めたってか???」
「……いろいろあって……」
本当にいろいろあった。が、それを一から説明する訳にもいかない。それに、虹さんの能力や事情とかの秘密について、他人に話してはいいようには到底思えないし。
「イロイロ、ねぇ……? この野郎……!」
ギリギリと俺の襟を掴んでくる。目を合わせたら笑ってしまいそうで、窓の外へ視線をやった。
さっきとさほど変わりない、晴れの空。昨日より慣れたのだろうか、あまり困惑はしてないのかな?
「聞いてんのかよ青晴」
「聞いてるって」
「お前、ふつーに気をつけろよ? 天照さん狙いの奴らがウロウロしてんだから」
昴は俺の襟を離し、元の形に直しながら言う。
「わかったよ、ありがとな」
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「ほんじゃあ、ロングホームルームを始めます。昨日の時間割といろいろ調整して、自己紹介の時間になりました。と、いう訳で無難に雨沢さんからでいい?」
突然の指名にも関わらず、昴は何も驚く素振りを見せずにすっくと立ち上がった。気怠げである。
「どうせトップバッターだろうなって覚悟してたんでいいっすよ。内容はどんな感じにします?」
「そうだなぁ……。とりあえず名前と、去年何組だったか。あとは所属部活は必須かな。あとは特技とか、趣味とか? 何かしら一言は欲しいかも」
「おっけーっす。えーと、雨沢昴っていーます。去年は7組で、所属部活は主にサッカーとか……まぁ色々やってます。知らない人ばっかりで友達沢山できそーなんで、楽しみです。1年間よろしくお願いしまっす」
まばらな拍手が教室を埋めつくす。特に、隣の席からぱちぱちぱちぱちと小さいけれど高速の拍手が聞こえた。
お手本のようなサッパリとした挨拶を済ませた昴は、さっさと席に座り、ひと仕事終えたと言わんばかりに息をつく。ちょうど昴と目が合ってお疲れ様と口パクで言ってみた。ドヤ顔をする昴。少し変顔っぽくておかしい。笑ってはいけない。だってもう次が
──虹さんの挨拶が始まる。
「じゃあ次、天照さんだね」
「は、はい!」
ガタンッ! と勢いよく立ち上がった虹さんは、ひとつ深く息を吸って、吐いた。すると強ばっていた表情が一気に変わり、堂々とした顔つきになった。一瞬だけ瞳が、淡く光ったような。気のせい?
「天照ななと申します。家庭の事情で、今年からこの星見台学園高等学校に転入して参りました。皆様と是非仲良くなりたいと思っています。どうか、これから宜しくお願い致します」
虹さんはハキハキと、先程までの虹さんと同一人物なのか疑ってしまうほど流れるような挨拶を披露した。皆も驚いているのだろう、拍手が1拍ほど遅れたように聞こえた。深く深くお辞儀をする虹さんに、盛大な拍手を皆が送る。昴の時とちょっと差がありすぎて、なんだかあいつが気の毒……。
「んじゃ、次の人いくよー。天照さん座っていいよ」
「はい!」
簡潔で元気な返事をした虹さんはスっと座って、ホッと胸を撫で下ろしている。ふいに俺の視線に気が付いたのか、軽く首を傾げながらにこりと笑い掛けてくれた。その笑顔は、なんだか、姉さんがピアノのコンクールのステージ上で見せていた表情を彷彿とさせた。外行きの顔、そんな感じ。さっきの虹さんとは、もはや別人に見える、というより……人前に立つのに慣れている……?
あれこれ悶々と考えているうちに、自分の番が来てしまった。
「んじゃ、次は空本さんね」
「はい。空本青晴です。青いに晴れると書いてあおばと読みます。元7組で、天文学部所属です。趣味は天体観測や読書で、趣味友達が欲しいです。もし星が好きな人がいたら教えてください。1年間よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げれば、背後から熱烈な高くて素早い拍手が聴こえてきた。
──なんだか、他の人の挨拶に向けたものよりも、虹さんが一生懸命に拍手してくれている気がするのは、流石に自惚れか……?
「天文学部はね、実は私が顧問を担当してるんだ。万年部員不足に喘いでいてねぇ……。今年こそはしっかり部員増やそうね」
霧島先生は付け足した。それとほぼ同時に聞こえてきた、誰かの呟き。
「天文学部員っていたんだ……」
「幻の存在だと思ってた。実在したなんて……」
酷い言い様である。UMAを発見した時の感想だろそれは。いや珍しいのは分かるけどさ。分かるけどさぁ。とりあえず、苦笑い。慣れてるよ、こんなの。
「てんもん、がくぶ」
小さくたどたどしい発音で、虹さんが俺の部活を復唱したのを聞いた。
──虹さん、うちの部活来ないかな……。




