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3、天を照らす巫女様

 まっしろな、視界。……なにかおかしい。さっきまで黒かったような……?


「青晴くーん? 起きた?」


 聞き慣れた、柔らかい声。白衣を着ている、ポニーテールが良く似合う女性が見える。


「椿先生……?」


「おはよー。頭はどう?」


 頭、そうか、俺、倒れたのか。


「お薬飲みな。ほれ、これだよね?」


 椿先生は、俺に白い2粒の錠剤と、ペットボトルを握らせた。いつものように、それらを一気に喉の奥へ流し込む。


「10分くらい寝てたよ。んで、保護者さんにはもう連絡したから。ちょっと時間かかるけど、来てくれるってさ」


「え、姉さんに……?」


「だって一人で帰れないでしょ、そんなんじゃ」


 まだ強く痛む頭を抱えた。姉さんに借りを作ってしまった……。


「こんなに酷い頭痛、久々じゃない? 天気一気に荒れたもんねぇ」


「今も降ってるんですか?」


「ざーざーよ。こりゃ、電車止まるだろうなぁ。皆傘持ってきてないっぽいし。大変大変」


 ゲリラ豪雨なら、もう止んでいる頃じゃないか? なんでこんなに急に嵐が……?


「私ちょっとさぁ、職員会議に呼び出されてるんだよね……。ちょっと行ってきても大丈夫?」


「薬飲んだので、もう大丈夫です。すみません、迷惑かけて」


「いいよいいよ。私の仕事だもん」


 じゃーね、と言い残して、椿先生は保健室を飛び出して行った。忙しいだろうに、申し訳なかったな。まぁ、椿先生なら、お給料貰ってるんだから、とか胸を張って言いそうだけど……。


 もう一度寝よう。そうしたら、よくなるはず。また布団に身を預けようとしたその時、こんこん、とノック音が聴こえた。


「入っても、いいですか?」


 弱々しい声だけれど、すぐに誰か分かった。


「天照さん?」


「空本さん……!」


 勢いよく扉を開けたのは、やはり天照さんだった。俺のリュックを持っている。わざわざ教室から持ってきてくれたのか。


 ……もしかして俺、天照さんの目の前で倒れた……? あの騒動のど真ん中で……?


 ──まずい!!


「天照さん、ほんとにごめん!」


 ベッドの上で思い切り土下座をする。サポートするとか言ってたのに、天照さんを逃がしきれなかったし困らせただろうし挙句の果てには荷物運び……!? あぁあぁ……! 色々と申し訳無さすぎる……!


 ──突然、バチ、と閃光が保健室を包み、雷鳴が轟いた。すぐ近くに雷が落ちたらしい。


 天照さんは俺のベッドのすぐ傍にある椅子に腰を下ろし、ボロボロと泣き始めた。


 ……泣き始めた……!?


「天照さん!? どうしたの!?」


「ごめんなさいっ!!!」


 天照さんは、俺よりも深く頭を下げた。大粒の涙がどんどん紺色のスカートを濡らしていく。


「なんで謝って……」


「……空本さんの頭痛、私のせいなんです……!」


 目を袖で押さえながら、天照さんは呟いた。私の、せい?


「私、本当はソラノハレミコっていって、天気を操れる巫女の一族なのにできなくて、今日も色々不安とかで曇っちゃって、さっきは動転しちゃって雷で……! 空本さんの荷物を運ぼうとしてた雨沢さんに、空本さんは天気が悪いと頭痛が酷くなるって聞いて、荷物を運ぶの代わってもらって、それで……!」


「一旦落ち着いて!?」


 早口で捲し立てる天照さんを、一旦止める。何を言っているのかよく分からない。ソラノハレミコ? 天気を操る?


「まだちょっと頭がぼーっとしてるんだ。ゆっくり、1個ずつ教えて? 大丈夫だから。ね?」


 天照さんは、1つ深く深呼吸をする。胸元をそっと握る手は、震えているように見えた。


 そっと、少しずつ、天照さんは語り始めた。



 ︎︎☁  ︎︎☁ ︎︎☁  ︎︎☁  ︎︎☁ ︎︎☁




 青晴さんが倒れたのは、頭痛によるものだと雨沢さんからお聞きしました。その頭痛は、私のせいなんです。私が、感情を乱してしまったから……。


 私は普通の人間ではありません。私の本当の名は、十一代目“ソラノハレミコ”と申します。代々空に仕え、天気を操る役目の巫女の一族の生まれです。そして私は、次期当主なのです。


 ……信じていただけないのは、理解しています。ただ、あなたには、私に優しくしてくれたあなたには、どうしても謝りたくて……。どうか、続きを聞いてくださいますか? ……ありがとう、ございます。


 私は、未熟で、出来損ないの巫女なのです。歴代の巫女様は、自由自在に天気を従えていた。それなのに、私にはそれが出来ない……。天気と感情が、繋がってしまっているのです。


 今日は、緊張して、困惑して、楽しくて……。とにかく、感情が乱高下してしまい、いつも以上に、天気に影響を及ぼしてしまった……。本当に、申し訳ありません……。

 

 ──大丈夫って……、そんな……。で、は、続きをお話いたします……。


 私が星見台(ここ)に来た理由は、感情の制御の仕方を学ぶ為なのです。村では、どうしても制御が上手くいかず、皆が匙を投げました。同世代の人と関わり、成長に大きく関わる学校ならば、という理由で、無理やりこの高校に入ったのです。


 ──コネ? うーん……詳しくはわからないのです。急に決まりましたので、あまり準備する時間が無く……。やはり、常識が欠如していると思いましたよね? 自覚しておりますよ。私、小中学校にも通ってないんです。おかしいでしょ?


 ──大変、ですか……。まぁ……確かに、そうだったのかもしれません。……でも、実を言うと私、ずっと高校生活というものに、青春というものに憧れておりました。こっそり侍女に読ませていただいた少女漫画でその存在を知ってから、ずっと……。


 だから、準備するのはとても楽しかった。わくわくして、すごく。こんな展開になるとは、思ってもみませんでしたがね。

 

 ……村では、私のことを人間として扱ってくれる方はいませんでした。外にも自由に出して貰えず、神聖な〝巫女様〟として生きてきて、ソラノハレミコ様や、天照様と呼ばれていました。


 誰も私のことを知らない学校という環境ならば、私のことを対等な人として対応してくれるかも……。私のことを、下の名前で呼んでくれる人がいるかも……。そういう希望を胸に、ここに来ました。


 ──実は、「なな」という私の名前には漢字があるんです。にじって書いて、(なな)と読みます。私、自分の名前が大切なんです。お母様から、頂いた素敵な名前。なのに、呼んでくれる人が誰もいなかった。(にじ)と書いて(なな)と読むのは不自然だと言われて、今だって名乗れていないし……。


 本当に、空本さんが私を助けようとしてくれたの、本当に嬉しかった。本当に心強かったんです。孤独じゃないって、久しぶりに思えた。だから、ありがとうございます。それから、本当にごめんなさい……。



 ︎︎☁ ︎︎☁  ︎︎☁  ︎︎☁ ︎︎☁



 天照さんは、何度目かわからない謝罪の言葉を述べた後、また泣き始めてしまった。なんか、すごいことを告白された気がする。でも本当にごめんだけど、ぼーっとしてて全然頭に入ってこなかった。


「あー……、天照さん、ごめん、一旦まとめていい? ちょっと飲み込めなくて……」


「どうぞどうぞ! 全然! 構いません!!」


 リュックからメモとペンを取り出して、さっき聞かせてもらった情報を書いてみる。時々天照さんに確認しながら、とりあえずペンを走らせた。


「こんなもんか……?」

 


 ・天照さんは天気を操ることができる巫女である。

 ・ただし天照さんは天気と感情が繋がっており、制御できない。→学校で同世代と関わることでなんとかなるんじゃないか? ということでここに来た。

 ・天照さんは小中学校に通っておらず、隔離同然の扱いだった。→常識があまり身についていない。

 ・本名? はソラノハレミコ。ただし天照さん自身の名前は天照虹。

 


 ……改めて見てみると、本当によくわからない。上から下まで全部わからない。色々と信じられない。


「本当にごめんなさい、いっぱい困らせて」


 天照さんはまた謝る。そうか、さっきから空がゴロゴロ唸ってるのは、天照さんが落ち込んでいるから?


「気にしないで。俺の頭痛(これ)は元々だし、対策しきれなかった俺にも非があるし。緊張するなって方が無理だよ、こんなの」


「気にするななんて言われても……私の気が収まらないんです……! どうか、何か私にできることとかありませんか? なんでも、致します……」


 天照さんはまた虹色の瞳から涙を零し始めた。綺麗な顔が歪んでる。なんか、もったいないな。窓の外で、ざぁざぁと雨音がうるさくなった気がした。


 ……待てよ? 天照さんが涙を流せば、雨が降る。晴れにするには……?


「天照さん、お願いあるんだけど、いい?」


「……! はい! なんでも!」


「……笑って?」


「へ、?」


「天照さん、笑顔が可愛いから。笑ってほしいな」


 


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