15、まだ真っ白な虹
「あおっちー! 小テストやったよね? テスト内容教えて?」
「ねぇ部活さー、勧誘終わったら暇になるんだよねぇ。何したらいいと思う?」
「今日の昼休みご飯一緒に食べよ♡」
「ななちゃん今日も可愛いね! スキンケアなんかしてんの?」
「あおっち構ってぇ」
……休み時間の度に、アマネはうちのクラスに顔を出す。多分暇つぶしであろう適当な理由を使って。
星見台三大美人の一角を担うアマネが来ると、教室が少しザワつくから少しだけ来る頻度を減らして欲しいのが本音……。
「お昼一緒に食べよ♡ あ、すばるんもおいでよ」
お弁当を持って、昼休みにも突撃しに来た。
「おう、アマネちゃん。いいぜ食おう」
虹さんと話したいのに、アマネがいるせいで上手く話しかけられない。どうしたものかなぁ。
今日も今日とて昴は特大おにぎりをかじっている。アマネは……ピンクづくしのアマネらしい弁当だ。そして、量が少ない。鳥の餌? 米粒を口に付けながら、昴がつっこむ。
「明らかに足りなくね? そんなんでいーの?」
「ダイエット中だもーん」
「さっき菓子パン食ってたじゃん」
あんぱんを心底美味しそうに頬張っていたのを、俺は見逃していなかった。図星らしい。アマネは睨みながら、俺の肩をポカポカ叩いた。
「ちゃんと摂生してるもん。見逃して♡」
「昨日、天文学室の棚からお菓子が減ってたような気がするんだけど」
「てか、なんか最近天気悪くなーい?」
一瞬にして話題は逸らされた。いつもなら問い詰めるけど、天気関連の話題となると……。
教室を見渡してみる。虹さんは席を外している。天気の話をしても気にさせることはないかな。
「春だし、ここ山だから天気も変わりやすいんだろ」
「それにしてもって感じだけどぉ? 折り畳み傘の出番多くて困っちゃう。私の傘、あんま可愛くないんだよねー」
──虹さんの感情が安定していないのは確かだ。まだここに来てから数日しか経ってないし、仕方ない部分しかない。でも、外で活動する運動部からしたら迷惑かもしれないか……?
どうしたら虹さんの能力をコントロールできるのかな……。本人も自由自在に操るために学校という環境に来たって言ってたし……。1番気にしてるのは虹さん自身だよなぁ。何とかしてあげたい。し、俺の体調の為にも頑張らないと。
まずは、知ることから始めよう。まだ虹さんの能力の規模とかどの感情になったらどんな天気になるのか、詳細なの知らないし。よし、ちゃんと虹さんに聞こう!
「あおっちなんか考え事? 難しい顔してる〜」
まずはこいつを何とかしないと……。
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本当に何とかしないといけないかもしれない。飽きるかなとか思ってた俺が甘かった。
「今日はあおっちに着いてっちゃおっかなぁ」
「勘弁してよ……」
なんと放課後まで後ろに着いてきている。天文学室で虹さんが待ってるかもしれないから、さっさと行かないといけないのに……!!
「今日私出番なくて暇なんだもん。邪魔はしないから、ね? 私いた方がお客さん来るでしょ?」
「演劇部の勧誘行けばいいじゃん……。既に割と邪魔だよ」
「そんなにななちゃんと喋りたいのー?」
「喋りたいの」
「こんな可愛い私を置いて? ……くすん、ひどいよぅ」
「嘘泣き止めて。ちょ、まじで人来ちゃうから。お前、自分の知名度自覚してる?」
「ちぇ、私俳優賞獲ってんのに。嘘泣きバレちった」
「逆に騙せると思ったの……?」
大きくため息をついたのに、アマネはニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべている。どうしたら撒けるかな。
「あ、修羅場るかも?」
「え?」
アマネは、俺の背後に視線を向けた。勢いよく振り返ると、
「青晴、さん……?」
強ばった表情をした、虹さんがいた。瞳には、困惑の色が浮かんでいる。
「私、青晴さんを探しに……今、アマネさん、泣いて……?」
まずい、1番見られたくない人に見られてしまった。誤解、誤解を解かないと……!
──ガタガタと、窓が揺れた。鈍い頭痛が走った。
「……うお、ゲリラ豪雨」
アマネが呟いた。大粒の雨が窓を打ち付け始めた。
「嘘泣きだよ〜。ちょっとあおっち借りてたの。ごめんね?」
「嘘泣き……そうですか。仲、良いんですもんね」
「去年からの仲だからね〜。ね? あおっち♡」
アマネの腕が、俺に絡んだ。何が目的なのこの人。
──また、風音が強くなって、頭痛が酷くなった。荒れてる。どうして?
虹さんはキュッと結んでいた唇を解いて言った。
「彼女、なのですか?」
「え?」
「お付き合いなさってるのでしょうか」
──ああ、そういう事か。アマネは一層口角を上げた。小悪魔……じゃない、もはや悪魔だこいつ。
「あー、虹さん。ごめんこいつが悪い。お前、まともな自己紹介すらしてないの? 昨日何してたの?」
「からかっただけだもん」
「だもんじゃないだろ。ほら、自己紹介しろ」
「え? 自己紹介……?」
「ちぇー、もうネタバラシ?」
「そろそろ怒るぞ」
「はーいはい」
つまらなそうに口を尖らせ、みんなのアイドルアマネちゃんは喋る。地声で。
「──2年6組の天音雷牙でーす。アマネは苗字で、下の名前はらいがって言いまーす」
「……ん?」
虹さんは固まってしまった。さながら宇宙猫のように。風音もピタリと止まったように思えた。やっぱりな……。
「こいつ、男なの。ごめんね、勘違いさせちゃって。ほら、お前も謝れ」
「ゴメンナサーイ」
「……んん??」
まだ止まっている。?が頭上に沢山見えた。
「女の子っぽい格好してるけど、正真正銘男子生徒なんだよ。言われないと分かんないレベルだけど」
「可愛いもの大好きな女装男子だよ♡」
「……んんん???」
「最近はいつも以上に女装に気合入ってるし、メイクも本気でやってるし、声も高いし……。今は役作りのためにそんなぶりっ子してるんだっけ?」
「それもある! けど、最近のオレの中での流行りなの。マイブームってやつ。明後日ネイル行くんだ〜」
「おー、完成したら見せてくれ。……あと、そろそろ雷牙呼びに戻してもいい? アマネちゃんってなんかむず痒くて……」
「それはもうちょい頑張ってー。新歓公演終わったら雷牙でもいーよ。カワイくない名前だけど」
「女装、なんですか……?」
ようやく少し現状を飲み込めたらしい虹さんが呟いた。雷牙……じゃなくて、アマネは嬉々として答える。
「そーだよ。あ、別にセクシュアルマイノリティとかその辺に深い感じの事情とかは無くて、普通に趣味っつーか……。女装は男しかできない最高の男らしい行為だし、ねぇ?」
「ねぇって言われても困る。虹さん困ってるだろ」
虹さんは横文字に弱いし、セクシュアルマイノリティとか言われてもよくわかんないだろうな。
「──男がこんな格好してんの、引いた?」
その声音だけが、妙に低かった。さっきまでの甘ったるい語尾が消えている。妙な静けさが落ちた。
アマネは腕を組んだまま、虹さんを見ている。笑っていない。演技でも、からかいでもない顔。
アマネの──雷牙の視線だけが、真っ直ぐだった。虹さんは悩んでいる様子。
「思ったこと言っていいよ」
雷牙は言った。寂しそうに。こいつと出会った頃を思い出すなぁ……。
「思ったこと、は」
なぜか俺が息を呑んでしまった。雷牙が傷つくんじゃないか、そんな不安は、どうやら杞憂だったみたいだ。
「可愛らしくて、素敵って、思いました」
「んぇ?」
雷牙は間の抜けた声を出した。反対に、虹さんは笑って、楽しそうにしている。
「難しいことは、よく分からないんですけど……。アマネさんは、すごく……漫画のキャラみたいに輝いていて、きっと、あいどるってこういう人なんだなって、思った、んですけど……」
これで合っていますか? と、虹さんは不安げに呟いた。雷牙は、まだ鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
──ああ、そっか。虹さんは何も知らない。何も知らないから、偏見とか、色眼鏡とか、そういうのがないのか。真っ白で、何色にも染まれる状態。
なんか、いいな。
「ふ、ふふ……あははは!」
吹き出すように雷牙は笑った。虹さんはホッと息をつく。
「ななちゃん、面白いなぁ」
「面白……? 初めて言われました」
「まじ? ねぇ、なっちゃんって呼んでいい? オレのことも好きに呼んでいいから」
「えっ、えっ?」
また始まった……。雷牙は友達にちょっと変なあだ名を付けることがある。どうやら、虹さんは雷牙に気に入られたらしい。
「……あまねちゃん、とかでもいいですか?」
「いーね! これからよろしく、なっちゃん!」
優しい風が、柔らかく窓を揺らす。虹さんが笑ってる。これが全てだ。
「なっちゃんさ、今度の新歓公演来てみない? 15分だけ!なっちゃんに見てほしいな♡」
「新歓公演……あまねちゃんが出演するのですか?」
「そうそう! 私は可愛い女の子役!」
女子(?)トークが始まった。俺を置いて……。まぁ、2人が楽しそうだしいいけど。
隙間風が、虹さんの彩雲のような長髪を靡かせた。白いのこの子は、虹色にも染めていける。そんな自信がどこからか湧き出た。




