14、雷注意報
「虹さん!!!」
ぜぇぜぇ息を切らして、汗だくになりながら戻ってみれば、天文学室前に人集りができていた。赤のネクタイ。新1年生達だ。
その中心に、小さな人影が見えた。真っ白な髪色の、虹さんだ。
「すみません、打ち合わせするんで!! ちょっとお待ちください!!」
鍵を開け、虹さんの腕を掴んで天文学室に引きずり込んだ。扉を閉めれば、ようやく静寂が訪れる。
「ごめん、待たせちゃって。心細かったね」
「すみません、上手く対応できなくて」
「慣れてないんだもん、そりゃそうだ。こっちのミスだから、気にしなくていいんだよ」
「……はい」
虹さんは、頷いた。頷いたけど、頷いただけ。気にするなと言われたって、そりゃ無理な話だよなぁ。
「虹さん」
「なんでしょう」
「落ち込んでる? 空、曇ってるから」
「へへ……バレちゃった……」
思っていることを隠せないという力は、本人からしたらすごく面倒なんだろうけれど、俺からしたらとても助かるなぁ。
「心配事とかあるなら聞くよ」
「でも、ただでさえご迷惑をお掛けしているのに」
「迷惑なんて思ってないし、俺の役目なんだよ。部員の心配をするのは、部長として当然。というか、俺こそ倒れたりなんだりで迷惑掛けてるし」
「……しかし!」
「持ちつ持たれつって言うでしょ? 人は迷惑を掛けながら掛けられながら生きてるんだって。俺だって、誰かに迷惑かけるの嫌だよ。でもさ、それでも助けてくれた人がいるから、今ここにいるんだ。互い様なの。……うん、これから〝でも〟と〝しかし〟と〝すみません〟は禁止にしようよ、お互い」
「……」
虹さんは小さく口を一瞬開けて、閉じた。〝でも〟と、言いかけたのだろう。それにしても、俺の頭痛のこと知られちゃってるのが厄介だな。いっそのこと一旦忘れてくれたら楽なんだけど。
「虹さん」
「っはい、」
「俺ができる限り、全部助けるから、心配しないで……は、無理だろうから、ちょっとだけ安心していいからね、大丈夫だよ」
「ちょっとだけ、安心……」
「そうそう、あ、ちょっと待って」
棚を漁る。取り出したのは個包装のチョコレート。虹さんの手に、それを置いた。なんとなく、温める感じで丁寧に丁寧に手のひらを包みながら渡してみる。虹さんは、チョコを両手で包むように持っていた。
「これ食べてて。あと、ちょっと準備室にいて欲しいかも。俺は少し外の対応してくるから」
奥の方の、薄めの扉を開けて、そこに虹さんを導いた。また待たせるのは胸が痛むけど、許してくれ。
さぁ、行こう。外に出ると、やっぱりまだ新入生達はいた。
コホンと咳払いをひとつして、話す。
「皆さん、 天文学部へようこそ。これから設備案内をするので、俺に着いてきてください」
偏見はあまり良くないだろうけど、後方にピアスをバチバチに開けた派手人達がニヤニヤしている。虹さん狙いかな……。部員は欲しいけど、虹さん目当てで入部は、なぁ……。さて、どうふるいにかけるかな。でも、部員は欲しいし……。
「あの〜」
「はい?」
まだ天文学室に入ってもいないのに、誰かが挙手した。
「天照先輩が入部したって噂は本当ですか?」
ああ、やはりな。頑張って口角を上げて答える。俺は余裕のある先輩なんだ。
「本当だよ。ただ、虹さんは今別の設備を見学してるから、多分今日は会えないかな」
なんだ、数人がそう言って、踵を返した。こいつら……。演劇部行こうぜとの声も聞こえた。アマネ目当てかな。
「入らないんですか?」
メガネをかけた女子に声をかけられ、ハッとした。そうだ、居なくなったのは数人。まだ残ってる人はいる。
「入るよ、さぁ、どうぞ」
こんなに天文学室に人が入ったのは、何年ぶりなんだろうというレベルで賑わった。あんまり機材には触らないでと注意しながら、この部の特色や功績を語る。
「いちばんの目玉はこの望遠鏡かな。夏休みや冬休みなど、長期休暇にはここに泊まることもあります。校内で宿泊許可が下りるのは天文学部だけなんだ。ざっとこんなもんかな。じゃあ質問タイムにしよう。挙手してね」
「はい」
あのメガネの女子生徒が手を挙げた。
「どうぞ」
「現在の部員数は、どのくらいなんでしょうか?」
突然の痛い質問に、一瞬表情が歪んでしまった気がする。またひとつ咳払いをして、正々堂々答えた。
「去年3年生の先輩が4人卒業なさったので、現在は2年生2人です。ですが、つい昨日2年生が1人増えたので、3人ですね」
「3人? 確か、4人以上いないと部活動として認められないんじゃ……」
「ああ、よくご存知で。おっしゃる通り。めちゃくちゃ危機です。よければ多くの新入生に入部していただきたいところなんですが……」
逡巡。喉がひりついた。でも、やっぱり話そう。
「部員と──虹さんと仲良くなりたい、近づきたいという不純な動機での入部は、1度よく考えてみて欲しいかな」
この一言に、ギクリと肩が揺れた生徒がいた。言ってしまった。この選択が、正しいのかはよく分からない。けど、
「他に、質問はありますか」
俺は、あの人の力になるって決めたんだ。
☁ ☁ ☁ ☁ ☁ ☁ ☁
「ちょ、お前やばいって笑、え、いく? スミマセーン、彼女いますかー?」
「いない。次。……無いようなら、これで終わりにします。あとは自由に見学していいよ。ただ、もうすぐ新入生は下校時間だから速やかに帰るように」
ふざけた質問を乗り越え、ようやく質問大会が終わった。今年の新入生はどうなってるんだ、変なやつらが多すぎるだろ。
ぞろぞろとみんないなくなり、片手で数えられる人数の生徒が残り、見学していた。
真面目そうな人ばかり。これなら……
「虹さん、ちょっとおいで」
「っ、はい!」
準備室で何やらノートを見ていた虹さんを呼ぶ。うん、チラチラは見ているけどやっぱり騒ぐ人はない。
「虹さんにもあまり説明できてなかったから。設備を紹介するよ」
「えーと、それなら、ご心配なく! 扉越しに聞こえてましたので、記していました」
ずいと差し出されたメモ帳には、綺麗に整った字で俺がつらつら語った文言がびっしりと書かれていた。
「これ、すごいね……。ちゃんとまとめられてるし、コピーしてみんなに配りたいくらいだ。虹さん、字綺麗だし」
「ほんとですか!? よかったぁ……」
「あの……私たち、そろそろ失礼します」
おずおずとメガネ少女が言い、それを皮切りに、残っていた数人は去っていった。2人きりになった。そう思っていたら
「噂通り、下の名前呼びなんだねぇ〜」
ついさっき聞いたあの声の主が、何故か準備室からピンクのツインテールが現れた。嘘だ、そんなはず……!
「やっほーぃ、あおっち。おつかれさーん」
「アマネ!? なんで、準備室に!? いつから!? どうやって!?」
「ふつーに、準備室の入口からこっそりね。で、ななちゃんとお喋りしてたの。ね〜!」
「は、はい! 記録しながら、アマネさんと少し女子とーく? を……」
そんな、いつの間に……。てか、ななっち? ななっちって呼んだ?
「わぁ、複雑なかお。いやぁ、中々かっこよかったヨ。『俺ができる限り、全部助けるから、心配しないで……は、無理だろうから、ちょっとだけ安心していいからね、大丈夫だよ』。うーん、かっこよかった」
俺の声真似をして、腕を組んで、誇張して演じてみせた。こんなところで演劇コンクール俳優賞の実力を見せられるとは。
「ねぇお前さぁ……」
「かっこよかったよねー? ななちゃんどう?」
「はい! かっこよかった、です!」
「ほらね。……あーあ、ニヤケちゃってぇ。いいもん見れたよ。今度の役の参考にさせてもらうわ。じゃあ私そろそろ行くわ。部長に怒られちゃう」
「叱られてこいよ。お前目的で演劇部に行ったやつもいるんだぞ」
「そういう子達は、明日あたりに相手してあ・げ・る♡楽しみー! ななちゃん、ばいばーい」
アマネはでかいぬいぐるみやシールでデコられた鞄を肩にかけ、去っていった。ようやく落ち着いて、2人で話せる……。
「あー……、あいつは、去年同じクラスで」
「なるほど……。仲が良いんですね」
「あいつはちょっと特別なんだ」
「とく、べつ……」
……ん? なんか、ズキりと頭が痛んだ。チラリと窓の外を見ると、さっきより曇ってる。
──なんで?




