13、降水確率、上昇中?
ゴロゴロ空は鳴り、ズキズキ頭が痛む。ギリギリ雨が降るか降らないか、そんな暗雲が立ち込めていた。山だから天気がコロコロ変わった? いや、違うんだろうなぁ……。
「お試し小テスト始め〜」
霧島先生が手を叩いた途端、一斉にみんなシャーペンを動かし始めた。隣の席の人を除いて。
問題文を見てみる。二次関数・最大最小についてか。頂点の座標を求めよ、と、この関数の最小値が −1 となるような定数……これ、春期課題に出た問題そのまんまじゃないか? 簡単簡単。スラスラ解ける。
「……えぇ……?」
きっと俺以外には聞こえないくらいの、か細い声が聞こえた。カンニングにならない程度に視線を泳がせて見れば、微動だにしない鉛筆を持つ虹さんがいた。分からない、そう大きく顔に書いてあった。きっとこの頭痛の正体は、虹さんの感情由来だ。今日はよく影響を与えてしまう日かも、と言っていたっけ。
「──あっ……」
しまった、虹さんと目が合ってしまった。テスト中だ、集中しないと……!
次の問題は……確率?
ある地域では、1日の天気は晴れ(S)・くもり(C)・雨(R)の3種類とする。
過去のデータから、ある日の天気が晴れである確率は 2分の1。くもりである確率は 3分の1。雨である確率は 6分の1であることが分かっている。また、「降水確率」はその日に1回でも雨が降る確率と定義する。
(1)は、え……っと……
☁ ☁ ☁
「──はい、終了! 筆記用具置いたら後ろから回収ね〜。春休み課題とそっくりそのまんま出したやつだったんだけど、ちょっと難しかったって人はもっかい見直しとくと損しないよ〜。そのまんまホームルーム移るね。天気悪くなってきたからみんなさっさと帰るように。連絡ないね? じゃあ今日はおしまい。みんなお疲れ様〜」
回収したプリントの端を揃えながら、霧島先生は流れるように言い切った。流石は霧島先生。なんというホームルームの短さ。
「……いっ、」
ズキリ、頭痛が走った。虹さんは……浮かない顔をしている。まぁ、だろうな。さて、今から俺がやるべきことは、まずは虹さんのご機嫌取りかな……。
「虹さん、みんなが廊下に出る前に、天文学室に行こうか。実は隠してたお菓子があるんだ。内緒であげるから、ね?」
「おかし……!」
あ、頭痛が少し和らいだ。単純だなこの人。ちょろい。
「昴、じゃあまた」
「おう、もしかしたら今日そっち顔出すかも」
「了解。よし、虹さん急げ!」
小走りで天文学室へ向かう。虹さんもちゃんと後ろからてちてち着いてきている。
「あの、青晴さんっ」
「ん、なぁに?」
「ごめんなさい」
突然の謝罪に、思わず足が止まった。虹さんは暗い顔して俯いている。
「どうしたの?」
「天気、悪くしちゃって……体調は、いかがですか?」
ああ、なるほど。それを気にしていたのか。よく見てみれば、虹さんの瞳には涙が浮かんでいる。はてさて、ここは廊下のど真ん中、どうしたものかな。とりあえず天文学室に着くまではなんとか持ちこたえて欲しいところ。
「全然平気だよ。虹さん、お願い、笑ってよ」
「あっ、」
全然平気、ではないけれど、できる限り優しい笑顔を作った。虹さんは思い出したように顔を上げる。
「虹さんの笑顔、見たいな」
……よし、頭痛が和らいだ。虹さんの表情は固まっているけれど、多分少し機嫌良くなってる、うん。ちゃんと本心ではあるけど、やっぱり虹さんちょろ……無防備過ぎて心配になる。
「ほらほら、お菓子が待ってるよ。チョコ食べようチョコ。甘いもの好き?」
「甘味はすごく好きです……! ちょこはまだ食べたことなくて」
「初体験だ。じゃあ辛いものはいける口?」
「辛いもの……うーん……。ワサビは好きですが……」
──コツ。
ふと、背後から足音が聞こえた。ついでに、なんだか視線も感じるような……?
「青晴さん?」
「ん? なんでもないよ。ワサビ食べられるならなんでも食べられるね! カラ○ーチョ食べてみようカ○ムーチョ」
「○ラムーチョ? 美味しいのですか?」
「美味しいよ。俺のおすすめのお菓子」
新入生向けに購入してた物だけど、虹さんも新入部員だし、ちょっとくらい食べさせてもいいよね。あとは何があったかな、虹さんはきのこ派かな、たけのこ派かな……。
チラリと振り向いて、虹さんの顔色を伺う。まだ少し暗めの表情だ。義務教育を受けていないと言っていた彼女は、やっぱり学力的に遅れているところがあるんだろう。俺に何か協力できることはあるかな、これから数学の時間の度に頭痛とかやっていけないぞ。そう考えるとまずいな。できることあるかな、じゃなくて、力にならないと……。
天文学室の扉が見えてきたところで、ポケットに違和感を覚えた。
「あ」
「どうしました?」
「鍵……ロッカーに置きっぱなしだ」
いつもは常にポケットに入れてるのに、今日に限って……!
「ごめん、すぐ取ってくる。ここで待っててくれる?」
「はい。じゃあ、待っています」
虹さんは素直に頷いた。
「ごめん、すぐ戻ってくるから!」
「大丈夫です」
にこり、と笑う。その笑顔はさっきより少しだけ無理をしている気がした。
俺は踵を返して走り出す。廊下の角を曲がる直前、なんとなく振り返った。天文学室の前に、小さな影がひとつ。窓の外の空はまだ重たい灰色で、風が強くなっている。
……早く戻ろう。
走れば3分くらいで行けるはず。全力疾走、頑張れ俺の足!
走って、走って、白い廊下を全力で駆ける。ホームルームが終了して、人が増えてきたせいで走りにくい……!
ロッカー、ロッカー……あった!
取っ手を掴み、勢いよく振り返った瞬間。
「あー、廊下は走っちゃいけないんだよぉ?」
甘ったるくて、猫を撫でるような声が背後から聞こえた。その人物の名前を、口にしようとしたら
「──ら、」
「違うでしょ。アマネちゃんだよ。アマネでいーよ」
唇に人差し指を当て、そっと封じられた。アマネちゃん、と名乗ったその人物は、今日はピンク色の髪を高い位置でツインテールに結んでいた。
タレ目の茶色い大きな瞳が、上目遣いで俺を映している。爪先立ちで一歩近づかれると、フローラルな甘い香りが鼻をかすめた。
「久しぶりだねぇ、あおっち。元気そうでなによりだよぉ」
「そっちこそ。お前、6組になったの?」
「そお。いやぁ、クラス離れちゃったねぇ、残念」
「隣だし、いつでも会えるだろ? じゃあ、俺急いでるから」
「ふーん、噂の〝ななさん〟のところに行くの?」
冷ややかな空気を孕んだ声が、虹さんの名を呼んだ。アマネは頬を膨らませている。
「妬けちゃうなぁ。私にも構ってよぉ」
「はいはいまた今度ね。俺忙しーの。お前も演劇部の勧誘あるだろ?」
「けちんぼ。あーあ、私も暇んなったらそっち行っちゃおーかなぁ。〝ななさん〟、気になるし?」
「……ちょっかい出すなよ、まじで」
「学園のアイドルの座を奪われかけてんのよ、こっちは。まぁ、私が出す前に、あらゆる人からイタズラされてるかもだけど? げんざいしんこーけいで、ね」
アマネは、まつ毛を羽ばたかせるかのようにウィンクした。気づけば、俺は鍵を握り締めて全速力で走っていた。
「あーあ、廊下走っちゃだーめなんだぁ」




