11、カレーパン争奪戦
怒涛のホームルームを終え、少しだけ虹さん周りから人がいなくなったその時
「さっさと言えよ!!!!!」
昴が俺と虹さんの机を同時に叩きながら叫んだ。
「LI〇Nとか連絡手段あるじゃん!? こんな大事なことはさっさと言えよ!!」
「直接言った方が面白いかなって……」
「このアホ!!」
「えーと、雨沢さんは……」
俺の額に強めのデコピンをした昴はくるりと表情を変え、虹さんに爽やかスマイルを見せる。
「俺、一応天文学部員! 幽霊部員だけど!」
「ああ、そういうことでしたか! これからよろしくお願いします!」
2週間に1度くらいしか顔を出さない幽霊部員相手に、虹さんは頭を下げる。この野郎……。
「一応副部長なんで、なんでも聞いてよ」
「本当に一応だからな。虹さん、わかんないことあったら引き続き俺にね」
「はい!」
「いい所持っていきやがって……あっ、そうだ!」
昴は突然悪巧みを思いついた時と同じ、ニヤリとした笑みを見せた。
「俺を混乱させたお詫びに、今日の昼休み手伝え!」
「昼休みって……あー」
「何かあるのですか?」
首を傾げる虹さん。昴は急に立ち上がり、意気揚々と発言する。
「幻の黄金カレーパンだ!」
「かれぇ、ぱん」
虹さんは、カレーパンがそもそも何か分からないらしい。こっそりと耳打ちで教える。
「カレーパンは、惣菜パンの1種だよ。揚げたパンの中にカレーが入ってて……」
「かれぇ?」
そこからか、とツッコミたくなる気持ちを抑え、後でちゃんと説明するねととりあえずカレーパンについての解説を中断した。カレーパンを知らないことを、昴に知られてしまったら面倒になるに違いない。
「とにかく、今日は購買で、珍しい物が売られる日なんだ」
「不定期販売限定30個! 牛肉ゴロゴロなのに200円の破格カレーパン!」
そう叫んだ昴の瞳には炎が立っている。それもそのはず、昴は去年は1度しか食べられなかったとずぅっと言い続けてきた。
「今日こそ手に入れてみせる。手伝え!」
「手伝えって……購買激混みだし、ラグビー部とかが徒党を組んで迫り来るから嫌だ」
難色を示すと、昴はチッチッチと指を振った。
「これを見ろ!」
目の前に突き付けられたのは、先程配られた、注意勧告と大きく書かれた紙。
「大体の運動部は対象であり、今日の昼に大講義室へ集められる。つまり! ライバルはいつもよりも少ないってことだ!!」
そういえば、そんなことも言われていた。もちろん天文学部は集められていないし、部員も15人いない……。
あれ?
「雨沢さんは?」
大人しく話を聞いていた虹さんが言った。その途端に、昴は濡れた犬のようにしょぼくれた態度をとる。
「対象なんです……。酷くね? 超とばっちりなんだけど」
「そうでもないだろ。昨日サッカー部見かけたけど、普通にあれ脅迫だろ?」
「それは一部の先輩! 俺は慎ましかったもん!」
「さっかー……ああ! あの薄緑色の服を着ていた方々ですか?」
「そうそう。ちゃんと静かに誘ってたよ?」
「さっかー部の皆様から、沢山入部届を頂きました! まねーじゃー? になりませんかと」
そう言ってニコニコ笑う虹さんが取り出したのは、くしゃくしゃになった無数の紙。全部サッカー部と書かれた入部届だった。俯く昴の肩を叩く。
「罪を認めろよ」
「申し訳ありませんでした……」
「えっ、えっ? どうなさいましたか?」
「大丈夫。虹さんは気にしなくていいやつだよ。それで、今日の昼にカレーパンを買ってきて欲しいって?」
「そう! 俺の代わりによろしく! 金は渡すから!」
昴は必死に手を合わせ、頼み込む。昼休みはまぁ暇だし、人が少ないならいっか。
「わかった。その代わり、しっかり怒られてこいよ」
「反省させます……」
「購買部って、あの?」
「そうそう。あの自販機のあるところ」
虹さんにとっては、俺が突然気を失ったところという認識になってしまってるのかもしれない。ちょっと悲しそうな表情をしている。
──人が少ないのなら、虹さんを連れて行ける?
よし!
「虹さんも、良かったら昼休み、購買部行かない? この間の案内の続きをさせてよ」
「いいんですか!?」
「青晴ずっるー。さいってー」
「昴うるさい。買ってきてやるから、文句言うな」
その時、授業開始のチャイムが鳴った。昼休みは……4時間目の後。まずは、目の前のことに集中しよう。そんなに混んでないだろうし、余裕だろ!
☁ ☁ ☁ ☁ ☁ ☁ ☁
と、余裕ぶっていた自分に言って聞かせたい。甘いと。
念には念を入れて、授業が終わったと同時に購買部へ走ったつもりだった。それなのに、まだカレーパンは棚に並んでいないというのに、人がもう集まっている。
「わぁ、人がたくさん……」
虹さんが呟いた。運動部は皆大講義室へ呼び出されているはず。つまりこの人達は……穏やかな勧誘を行っていた部の生徒か、俺のような誰かの代理で買いに来た人だろう。大勢を前に、俺たちは立ち尽くすしかなかった。
「まだ購入されている方はいませんね?」
「レジに並んだら、基本10秒以内に注文を済ませないといけない決まりなんだ。だから並んで待つこととかはできないんだ」
「なるほどぉ。かれーぱんって、どれぐらい美味しいのでしょうか」
「どれぐらい……言葉にすると難しいな。──食べてみたい?」
「はい!」
目を輝かせて、虹さんは強く頷いた。もし手に入れられたら、食べさせてあげたら、どんな表情をするだろう。……見てみたいな。
その時、ふわりと甘辛いスパイスの匂いが香った。
「揚げたて黄金カレーパンでーす!」
購買部のおばちゃんが、黄金色のパンを載せたトレーを持ってやってきたその瞬間、ざわり、というより、どっと空気が沈んだ。
靴底が床を擦る音、誰かの「すみません!」が重なり、ビニール袋のカサカサした音が一斉に鳴る。
──行かないと。
「虹さんはちょっと端っこの方で待ってて! これからもっと混むから、囲まれちゃうかも」
「了解です!」
短く返事をした虹さんの背中を見届け、いざゆかんと商品棚へ駆け出した。それは皆も同じで、一斉に人が集まる。
視界の端で、誰かの肘が上がった。前にいた人の肩が一歩分ずれた。右から流れてきた人波に、身体が押し戻される。
カレーパンを取ってレジに並ぶだけなのに、ギュウギュウに揉まれているせいで標的に近づけすらしない!
しかし俺はやらねばならない。人を掻き分け掻き分け、前に進む。
──見えた!
トレーの隅。黄金色が、数個だけ残っている。手を伸ばした瞬間、同時に別の誰かの指が触れた。一瞬、迷ったけれど、次の瞬間、俺は謝りながら、引き寄せていた。
掴み取ったカレーパンを持ち、会計の列へと並ぶ。揚げたてだと言うのが袋越しでわかるくらい、温かい。するすると列は進み、俺は百円玉を2枚、おばちゃんの手に載せた。
「黄金カレーパンね、はい、どーぞ」
取引が完了した。無事、ミッションを終えることができた……!
「青晴さん、どうでしたか!?」
隅で一部始終を見ていたであろう虹さんが駆け寄って来る。
「ほら、この通り。ゲットできたよ」
レジ袋を見せると、虹さんは小さく拍手をしてくれた。
「わぁ! これが噂の!」
キラキラ輝く瞳を見て、より一層食べさせてあげたいという気持ちが強くなる。でも、これは昴のだし……。
「それとなんですけど……私、先程購買部の方にこちらをお譲り頂きまして」
おずおずと虹さんが差し出したのは、ずっしりと何かが入ったレジ袋。
「噂の子でしょ? これ食べて良いよ、って……」
虹さんと一緒に袋の中を覗く。そこには見覚えのあるアンパンや、メロンパン。そして……
「黄金カレーパン……?」
幻のメニューが入っている!? 虹さんはよく分かっていないようで、相変わらずきょとんとしている。
「えっ、あの?」
「そうだよ! 良かったじゃん!」
良かったのは俺の方だ。虹さんに食べさせてあげられるし、昴にも渡せる。ありがとう、購買部のおばちゃん。 助かった。
「あの、青晴さん」
「ん? どうした?」
ふと顔を上げてみたら、虹さんが何やらもじもじとしていた。言いたいことがありますと顔に書いてある。
「いいよ、言ってご覧?」
すると、虹さんは耳打ちのような形で、ひっそりと俺に言った。
「あの、天文学室で、一緒にこれを食べたい、です」
「え」
上目遣いでこちらを見ている。そんな彼女を前に首を横に振る選択肢など無く。
「……じゃあ、とりあえず、行こう、か?」
気づけば承諾していて、つま先は部室へと向かっていた。




