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8、星を見る台

 あっという間に放課後。さぁ、戦闘、開始。と言ったところか。新入生を奪い合う戦いが、今始まる。


「えー、天文学部、いかがでしょうか」


 廊下を練り歩きながら、一応お手製の看板を持って声には出してみる。だがしかし


「ラグビー! ラグビーしようぜ! あ、君ガタイいいね! じゃあ行こうか!」


「山岳部楽しいぞー! なんと実績多数! 推薦狙えるよー」


「袴着たくない!? 弓道やろうか!」


 なーんて、野太い大声が廊下や中庭や校庭からも聞こえる。そんな奴らに、俺1人の声が届く訳もなく。なんなら吹奏楽部の演奏も聴こえる。呆気なく俺の勧誘は掻き消された。


「どうやら順調そうだね」


 後ろから声をかけて来たのは、苦笑いを浮かべる霧島先生だった。


「お陰様で」


「やだ、この過疎が私のせいみたいじゃん」

 

「そういう訳ではないですけど……。手伝ってもらえません? 天文学室に今人いないんですよ。見学に来た人が困っちゃう」


「ごめんね〜。この時期の先生たちは何かと忙しいんだよ。まぁ、時間ができたらいくから、さ……」


 霧島先生は俺の背後に目を向けた。その視線を追うと、虹色に光る長髪を揺らす虹さんがいた。やっぱり人に囲まれている。


「あ、天照さんはどうなの? なんか仲良いらしいじゃん」


「あの人混みを掻き分けて彼女を呼ぶ勇気がないんです……」


「意気地無し。……ねぇ、天照さん今困ってるよね?」


「え? まぁ、多分……」


 窓を見上げてみる。先程より雲量が増えているような気がする。


「そうですね。大勢に囲まれるの慣れてないっぽいし」


「じゃ、助けてあげよっか!」


「えっ」


 霧島先生は朗らかにそう宣言し、俺が止める間もなく声を張った。

 

「天照さーん!!!」


「っ、はーい! すみません、呼ばれてしまったので、また後ほど!」


 手を合わせ、ペコペコと頭を下げながら天照さんは駆けてきた。


「青晴さんもいらしたんですね! それで、どうかいたしましたか?」


「いや、人に囲まれて困ってるんじゃないかと思ってね。余計なお世話だった?」


「いえいえ! 助かりました! 有難いことにあらゆる部活? に誘われているのですが、どれもこれもよく分からなくて……」


「うんうん、しょーがないよ。それなら、ねぇ?」


 無邪気な笑みを浮かべる先生は首を傾げ、こちらを向いた。


「天文学部に来てみない? 人少ないから、落ち着けるよ」


「「えっ?」」


 虹さんと俺の声が揃った。ついでに、虹さんはぱちくりと俺の目を見ている。


「そんな、いや、そんな……、え、虹さんは、どう?」


 内心、パニック状態。絶好の機会を与えてくれた霧島先生への感謝と、期待と、不安。断られないか、なんて一瞬の暗い霧を晴らすように、虹さんは笑った。


「是非! じゃあ、皆さんが集まって来る前に行った方がいいですよね?」


「そだね。んじゃ空本さんよろしく」


「えっ、えっ、え?」


 狼狽える俺を置いて、霧島先生はさっさと職員室方面へ向かっていく。その時、だかだかと遠くの方で音がした。天照さんどこ行ったのかな、なんて声も。


「虹さん、こっち!」


「はい!」


 人通りが比較的少ない階段へと走り出す。目指すは4階天文学室。時々現れる生徒を交わしながら隠れながらどうにかこうにか進んでいく。


「……なんだかスパイみたい」


 くふふ、と虹さんは静かに笑った。スパイとかの単語は知ってるんだな。笑い方が穏やかで可愛いらしい。


「空本さん?」


「っ、なんでもない!」


 見惚れている場合ではない。早く行こう。



 ☁ ☁ ☁ ☁ ☁



 どうにかこうにか【天文学室】の看板の下に辿り着いた。いつ来ても薄暗くてなんだか不気味だなと感じる。


「ここですか?」


 後ろをちょこちょこと着いてきていた虹さんは重厚な扉をおずおず指差した。


「そうだよ。入ろうか」


 銀色のドアノブを捻り、思いっきり引く。中は廊下よりも暗くて、カーテンからチラチラと入ってくる日光が神秘的にも思えた。


 すぐ側にあるスイッチを押し、電気を付ける。薄暗さがほどけて、輪郭が一つずつ浮かび上がってくる。その瞬間、虹さんがわぁっと声を上げた。


 現れたのは、星図の貼られた壁、古びた本棚、観測用の机と、ノートの山。


 そして視線の先、部屋の中央近くにそれはあった。


 天井に向かって伸びる、黒と銀の巨大な筒。三脚、というにはあまりにも無骨で、床にがっしりと固定された架台。関節やネジが幾重にも噛み合い、まるで機械そのものが生き物みたいに存在感を放っている。


「……これは、なんですか?」


 無意識に、一歩前に出ていた。


「望遠鏡だよ」


 そう答えながら、内心で少しだけ誇らしくなる。

 

 この反応を見るたび、同じ気持ちになるから不思議だ。


「ぼうえん、きょう?」


 天照さんは言葉を探すみたいに、首を傾げたまま筒の先から架台、床へと視線をなぞっていく。


「……これはなにをする道具なんですか?」


 ああ、そこからか……。いや、分からないなら教えればいい。


「星を見るための道具、かな。この高校の名前、星見台っていうでしょ? この学校、元は天文台だったんだ。その名残って言うか、施設にある一部がまだ残ってるんだよね」


 年季の入った白く冷たい機械を撫でる。

 

「えっと……動くんですか?」


「動くよ。上下にも、左右にも」


 天照さんは一度天井を見上げて、それからまた望遠鏡を見る。


「この部屋で?」


「そうだよ。これ、屋上と繋がってるんだ。天井、開くから」


「……開くんですか?」


「開く。ほら、ドーム状になってるでしょ? せっかくだし、開けてみるか。ちょっと嫌な音鳴るけど」


 そう前置きして、俺は壁際にある金属製のレバーの前に立った。


「音?」


「結構、軋むんだよ」


  俺は両手でレバーを握る。冷たくて、重い。


 ──ぎ、と。


 引いた瞬間、金属が擦れるような低い音が天文学室に響いた。


「……っ」


 何度やっても、重い。思い切りグルグル回す。体重をかけて、もう一段階、力を込める。


 ──ギギ……ギィィ……


 天井の奥で、何かがゆっくりと動き出す気配がした。


「……!」


 天照さんが、はっと息を呑む。俺は歯を食いしばって、レバーを引き続ける。腕がじんわりと痺れてきた。昔ながらの人力は結構辛い。


「すごい……!」


 天照さんの声はどこか楽しそうだった。


 ──ガコン。


 小さな衝撃とともに、ロックが外れる。そこからは、少しだけ軽くなる。


 ──ゴゴ……ゴォ……


 天井のドームが、ゆっくりと裂けるように開いていく。真っ青な空が現れ、光が床に落ちた。


「……開いたぁ。はー……疲れた」


 思わず漏れた声。レバーから手を離して振り返ると、天照さんは天井を見上げたまま、固まっていた。


「……空が」


 ぽつり、呟く。


「天井、だったはずなのに……」


 そのまま、言葉を探すみたいに、少し間が空く。


「これで、星を?」


「そうだよ。ここから覗くんだ。月も、惑星も、条件が良ければ星雲も見えるよ」


「せ、星雲……?」


 俺は接眼部を指さした。天照さんは恐る恐る覗き込む、ことはせず、ギリギリの距離で止まった。


「……いまは、なにも見えませんよね」


「昼だからねぇ」


「……そっか」


 少し考えてから、天照さんは言った。


「夜になると、ここから、ほんとの空じゃなくて……」


 一拍置いて。


「“星そのもの”が見えるんですね」


 その言い方が、妙に正確で。俺は少しだけ驚いた。


「……そうだよ」


「ここ、学校のはずなのに」


 そう言って、天文学室をぐるっと見渡して、手を後ろにやって、ニコッと笑って


「特別な場所なんですね、ここ。私好きだなぁ」


 と、言った。その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなる。


「だから、天文学部は潰されたくないんだ」


 思わず本音が漏れる。虹さんは首を傾げた。


「潰される?」


「実は、部員が足りなくて……」


 ずるいかな、とも思った。虹さんの選択肢を狭めてしまうかもしれない。


「いや、もちろん入ってくれたら嬉しいんだけど、虹さんは色んな部活を見て、ちゃんと自分で選んでね!」


 慌てて訂正すると、虹さんは呟いた。


「青晴さんは、何故天文学部に?」


 少しだけ考える。どこから話せばいいのやら。


「うーん……俺、とにかく星が好きでさ」


「星が?」


「星も、というか、空が好きで。将来は天文学者か、気象予報士になりたいなってくらい」


「てんもんがくしゃ、きしょうよほうし……」


 恐らく分かっていないのであろう虹さんは復唱する。一旦無視して話を進める。


「空の移り変わるのを見るのが好きなんだ。それで、この望遠鏡がある星見台(ここ)に入学したんだけど……まさかこんなに過疎化してるとは思ってなくてさ。去年まで、先輩達がいたんだけどね……」


「──青晴さんは天気が好きですか?」


 小さく、でもハッキリとした声だった。


「好きだよ」


 迷うことなくハッキリ答えた。


「そうですかぁ……そうですか!」


 頬を赤らめて、虹さんは笑った。日光に照らされた髪が七色に光る。CDの裏側のように、キラキラと色が変わって見えた。


「星は夜しか見られないということは、星を見るために夜の学校に入れるんですか?」

 

「観測の時はね。顧問の先生もついてるけど」


 想像したのか、天照さんは少しだけ目を伏せた。


「……夜の学校で、星を……」


 声に、ほんの少しだけ、憧れみたいな響きが混じっていた。


「もしよかったら」


 俺は言葉を選びながら続ける。たどたどしいであろう言葉を。


「今度、実際に覗いてみる? 今日は無理だけど」


 虹さんは一瞬驚いた顔をして、それからゆっくり、柔らかく笑った。


「……はい。是非!」


 やっぱり、虹さんには笑顔が似合う。


「私ここに入りたいです!」


「ん??」



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