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第55話 栄光を背負った『代打の切り札』登場

 大きなフライの落下点でアンは突然打球から目を背けた。恐らく日差しが目に入って打球を見失ったのだろう。ボールはアンのグラブの上を通り過ぎてライトのグラウンドに点々と転がった。


『ここでエラーかよ!アン!頼むよ!』


 打ったバッターはもうすでに一塁を蹴っていた。心の中でそんなことを考えながら誠は打球になんとか追いついたアンを見つめていた。


 バッターは意外に足が速く迷わず二塁を蹴って三塁を目指す。アンは慌ててサードのアメリアめがけて自慢の肩で返球した。


 しかし、それが大きく逸れそうになるのを見てカウラがジャンプしてそれをカットした。バッターは悠々と三塁まで到達した。


 最終回、ワンアウト三塁。しかも、点差は初回の島田の好走塁による一点だけ。誠はここで自分が意外に汗をかいていることに気付いた。


「タイム!」


 間をおこうとかえでがそう言ってマウンドに向かって歩いてきた。そして誠がちらりと敵ベンチを見ると本来監督である工場長の武田が素振りをしていた。


「まあ、このくらいの方が面白い。そう思おうよ、誠君。愛し合う美しい二人の愛には障害がつきものなんだ。それにたぶん相手は代打を出して来るね。あの武田工場長……高校時代からスラッガーとして鳴らし、大学、社会人とプロのスカウトを釘づけにしてきた人物だ。確かにあの人は怪我で左足を痛めてほとんど走れないから引退したわけだが、この場面なら犠牲フライで十分。走る必要はない。だからあの人が出て来る……僕のデータではあの人は現役時代は高めの球には弱かったはずだが、今でもそうとは限らない……低めを責めてゴロを打たせよう。うちの内野陣なら信頼できる」


 かえではそれだけ言うとそのまま守備位置に戻っていった。


 そして予想通り『菱川重工豊川』の監督である武田もタイムを取り、代打を告げ自分がそのまま打席に入った。


 その歩く間も左足は明らかに何か引っかかりでもあるように引きずっている。


『あの左足で代打とは言え試合に出るのか?あれじゃあ打球を捉える時の踏み込みとかはろくにできないぞ……まあ、それだけ野球が好きなんだろうな』


 誠は眼鏡をかけた老打者の笑顔を見つめながらそんなことを考えていた。


 武田は打席に入るとかえでと軽い言葉のやり取りをした後、満足そうにうなずいて誠の方を見てまた満面の笑みを浮かべた。


『あれだけ笑われると……意地でも抑えたくなってくるな……』


 いかにも野球に関われることが楽しくて仕方が無いという雰囲気を醸し出している武田の姿に少しムキになりながら誠はかえでがどんな球を最強チームの代打の切り札に出して来るのか待つことにした。

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