第46話 社会人野球の変則ピッチャー
誠はかなめから遠く離れたダグアウト隅で打席に向かう島田の背中を見つめていた。
さもそれが当然のように隣にはかえでが、そして背後の席にはリンが座った。
「それにしても相手の先発ピッチャー……あれってどう見てもボークなんじゃないですか?右ひざを上げる時一瞬投球動作が止まってますよ」
誠は相手の横手投げの投手の見たことも無い変わった投げ方に向けてそう言った。
「そう見えるだろ?でもよく見てごらん、完全には止まっていない。相手のバッターにはまるでボークのように見えるが、アンパイアから見ると投球動作が止まっている訳ではないからボークでは無いんだ。そうして打つ気を失ったバッターに手元で微妙に変化する球を一球ごとに違う腕の振りで投げる……典型的な社会人野球の変則ピッチャーだ」
そう言うかえではかえでの屋敷の元メイドで今はかえでがオーナーを務める誠達の住む寮の寮母たちに命じて相手チームの試合を徹底的に分析していることを誠は思い出した。
「社会人野球には確かにプロで即戦力になるような凄いピッチャーが沢山いる。しかし、どのチームにもそんなピッチャーがいるわけではない。それにそんなピッチャーも全員が若くしてドラフトにかかるわけではないんだ。そうなるとどうしても年齢とともに衰えが出てくる。これまでのような力技が通用しなくなると社会人の選手は経験で打ちにくい投球フォームを編み出す。丁度目の前で投げている選手のようにボークすれすれの投球動作をしたり、オーバースローで投げたかと思えばアンダースローで投げてみたり。そうした創意工夫で敵を打ち取る技術を磨いて一日でも長くプレーをしたいと思う。それが選手というものだよ」
かえではそう優しく言うと急に立ち上がった。
「かえでさん、どうしたんです?」
かえでの話をもう少し聞きたいと思っていた誠はそのままロッカールームに向うかえでに声をかけた。
「いや、やはりあの下着でプレーをするのは胸が揺れるから気持ちが悪くてね。締め上げるタイプのブラジャーに変えるつもりだ。それと他にも理由が有るんだけど……まあ、それは後々のお楽しみということで」
そう言って妖艶な笑みを浮かべるとかえではロッカールームに姿を消した。それに付き添うようにリンもまたかえでの後を追っていく。
「この人達……本当に野球が好きなんだな……会社にも野球で入って社会人野球を引退してもこうして草野球を続けている。継続は力なりか……母さんも言ってたな……僕も頑張らないと」
誠から見るとどう見ても効率の悪そうな奇妙な投げ方をする相手ピッチャーが投球練習を終えると島田は楽しそうにバットを小刻みに揺らしながら左バッターボックスに入った。




