第39話 『駄目人間』と『元社会人野球のスター選手』の役員
そんなドタバタがロッカールームで繰り広げられているころ、バックネット裏の席に春子とお蔦を案内し、人が嫌な顔をするような淫らな接吻を二人とかわした嵯峨はそのまま『菱川重工豊川』チームがノックをしているグラウンドに降りていた。
口にはタバコを我慢するために娘の茜から買い与えられた酢昆布がくわえられている。
見事な連携を見せる内野陣や鋭い返球を返す敵チームの守備陣に感心したようなうなり声をあげている嵯峨に近づく影があった。
「嵯峨隊長、お久しぶりですね」
その男は長身でいかにもがっちりとしたスポーツマン体形をしていてそのロマンスグレーの髪の色と明らかにそれとわかるかけている老眼鏡以外からは年齢を感じさせないものがあった。
「いえいえ、こちらこそ武田さん。ご無沙汰ばかりしてるのはこちらの方ですよ。先日だって司法局から面倒なねーちゃんを押し付けちゃったりしていつもお世話になってばかりで頭が上がらないのはこちらの方なんですから」
嵯峨は中腰から立ち上がると武田と呼んだ男に向けて右手を差し出した。
「それにしても今年の司法局実働部隊は台風の目になりそうじゃないですか。あれほど決まらなかった正捕手が固まったと西園寺監督がこの前の千要草野球リーグの監督会議で自慢していましたよ。今日も面白いゲームが出来そうですね。なんと言っても貴方が居る……あなたを打ち取るのはうちのバッテリーでも苦労するでしょうしね」
武田はそう言うと同じくらいの長身の嵯峨の顔を見つめ返した。
「ああ、かえでですか?アイツは素行には問題ありますがやる時はやる女ですよ。まあ、今日は楽しみましょう。と言ってそのかえでと今度セカンドのレギュラーになる渡辺、ライトを守るアンの機体……05式改乙型の納入の剣なんですが……本当に来週で良いんですか?予算の執行は来年度ですから契約書上は4月1日納入って話になりますが……その点問題になりませんかね?工場長と常務執行取締役の裁量と言われてしまえばそれまでなんですけどね」
嵯峨は武田……『菱川重工豊川』チームの監督であり、その工場長と菱川重工業株式会社の常務執行役員を務めている男にそうつぶやいた。
「そちらとしても一日も早く現物を見たいんでしょ?それに今回の小改良はメーカー責任者である私から見ても画期的ともいえる出来ですよ。05式のメインエンジンの位相転移エンジンの技術は年々上がっている。神前曹長の愛機である05式乙型と同じよう咳でありながら出力は40%も上がっているんですから。これで05式は鈍重だという馬鹿もいなくなるでしょう。元々、07式のような飛行戦車で代用可能な機動性の必要とされる戦場を前提に運用するのならコストの安い飛行戦車を作ればいい。シュツルム・パンツァーを必要とする戦場には最低限の機動性さえあればいいというのが私の考えでしてね。確かに05式にはその最低限の機動性さえなかったのは事実ですが」
そう言って武田は豪快な大笑いをした。嵯峨はこの元社会人野球のスター選手から社業に専念して上場企業の役員にまで上り詰めたやり手の男の顔をまるで同志を見るような顔で見つめていた。




