スピリチュアルと人工知能
「これで六件目か、いったい何が面白いんだか」
谷町刑事が電子タバコを吹かせながら、廃棄された自動車格納庫で悪態をついた。キャラメルのような電子タバコの香りが、現場の悪臭を僅かに中和する。まだ五月なのが幸いした。夏場ならひどい匂いだったろう。
目の前には三体の鶏の死体が転がっていた。それだけならただの動物虐待事件であり、刑事である俺や谷町警部が出向く必要はない。
「どんどん凝ってゆきますね」
俺が指摘したのは、鶏の死体が据えられている台座だった。妙に手の込んだ作りの台座は、周囲に複雑な模様が鶏の血と水銀によって描かれており、まるで漫画やアニメに登場する祭壇のようだった。
「オカルトごっこをするなら、殺した鶏も最後まで食えっての。水銀まみれで食えたもんじゃない。可哀想に」
「問題は先輩の言う通り生贄の対象が人間になるかでしょうね」
奇妙な事件ではあったが、対象が動物である限りは問題ない。しかし谷町警部が言うには、この手の犯人は最終的には人間を生贄にする可能性があるという。そのため谷町警部は一連の事件を〝祭壇事件〟と名付け、上司の反対を押し切って俺とともにこの事件を追っていた。
「人工知能革命のこの時代に、オカルトね。俺が子供の頃にも、恐怖の大王とか流行ったな」
2030年代のÅI革命以後、世界は大きく変わった。スマホからメガネ、宇宙船から耳かきに至るまで、あらゆるものに人工知能が搭載されるようになった。人々は賢明なÅIの助言を聞きながら、より効率的に生きることが可能になった。
だがそんな世界に人間は窮屈さを感じたのであろうか、巷では何十年ぶりかのオカルトブームが起きつつあった。この猟奇事件もオカルト好きのイタズラに過ぎないのか、それとも猟奇犯罪者のステップアップの足跡なのか、現段階では俺と谷町先輩は判断しかねていた。
「⋯⋯コンセントを使った形跡があるな。おい北田、この格納庫の電源は生きているのかワトソンに聞いてみてくれ」
俺はスマホを取り出して、捜査補助ÅIのワトソンに調べさせた。
「電源は生きているようです」
「ふむ。犯人はスマホの充電でもしていたのか」
「電力量を調べさせています⋯⋯なんだこれは!?」
俺はワトソンが送ってきたデータに目を疑った。
「どうした?」
「それが、電力量が桁違いです。スパコンをフル動作させないかぎり、こんな電気は食わないはずです」
「犯人がどんな機材を持ち込んで何をしていたか、監視カメラの情報を片っ端からワトソンに調べさせろ」
「はい。ただ、さっきからワトソンの反応が悪くて⋯⋯またÅI障害かもしれません」
「またかよ。だからエーアイは嫌いなんだ」
谷町警部は吐き捨てるようにぼやいた。
現代ではあらゆるものにÅIが搭載されるようになった。しかし電力をはじめとしたインフラがそれに追いつかなかったため、定期的にシステムの障害が起こるようになっていた。
「谷町警部がワトソンを酷使した時に、いつもÅI障害が起こっています。ワトソンに嫌われているんじゃないですか? ÅI扱いが荒いって」
「女どころかエーアイにまで嫌われてたまるかってんだ。仕方ねえ、今日は解散だ。お前は身重の女房のところに帰りな」
「先輩はどちらへ?」
「独り身の俺は鶏南蛮でも食って寝る」
水銀と血だらけの鶏の死骸を見て、谷町警部は腹でもすかせたのだろうか。さすがは平成生まれはタフだと俺は思った。
「おかえりなさい」
家に帰るとエプロン姿の妻の亜津紗が夕食の準備をして待っていた。まとめた長い髪にロングスカートといった姿は、昔のテレビで見る古風な若奥様を思い起こさせるものだった。
「鳥ハンバーグか。美味しそうだね」
よりによって鶏かよと思ったが、俺は表には出さず微笑む。
妻と結婚して一年、現在妊娠三ヶ月になる。つわりの時期に入っているにも関わらず、手こねハンバーグを作ってくれた亜津紗はよくできた妻だった。
「あなた、言わなければいけないことがあるの」
食事をしながら、妻は真摯な面持ちで話を切り出してきた。
「やっぱり男の子は、わんぱくでも強いほうがいいと思うの。だから、そっちの願掛けをすることにしたの。言うのが遅れてごめんなさい」
「そうなんだ。それがいいと思うよ」
ハンバーグを口に含みながら、俺は適当に相槌を打つ。
亜津紗はいい女だったが、異常にスピリチュアルを好むところがあった。そのため友人たちは気味悪がっていたが、俺は大した問題だと思わなかった。むしろその程度の欠点で貞淑で献身的な亜津紗と一緒になれたのだから、お安いものだった。
そもそも亜津紗がどんな願掛けをしたのか、俺は興味がない。願掛けなど非科学的であるし、ÅIの事前診断では大きな持病の無い男の子が生まれるとの分析がでている。あとは無事に生まれてくれれば、それだけで十分だった。
「──うっ」
突然亜津紗が立ち上がり、トイレで食べたばかりのハンバーグを吐いていた。
「大丈夫か?」
亜津紗の背中をさすりながら俺はそう問いかけた。亜津紗のつわりは普通の人よりも激しいらしく、ここ数日は辛そうにしていた。
「⋯⋯うん。先に休んでますね」
亜津紗を寝室のベッドに運ぶと、俺は彼女が食べ残した小さなハンバーグをつまみながら食器を食洗機に入れた。ついでにゴミを捨てようとして、ゴミ箱の中にあるものに気づき、全身に冷たいものが走った。
「──これは、鶏の首か?」
血だらけの鶏の首が、ゴミ箱に捨てられていた。亜津紗はハンバーグを作るために、わざわざ鶏を解体したのか?
馬鹿な、何のために。肉などスーパーでいくらでも買えるだろうに。
何か恐ろしいことが起きようとしているのではないか。そんな恐怖を感じながらも、つわりで寝込んでいる妻を起こして問いただす気にはなれなかった。
「谷町警部が、死んだですって!?」
昨晩の鶏の件で居心地が悪かったため、俺は翌朝早めに出勤していた。そんな俺に課長が告げた衝撃の事実に、俺は思わず声をあげてしまっていた。
「なんでも昨日の深夜、署からの帰り道に自動運転車にひかれたらしい」
「ÅI車の暴走事件ですか?」
車にÅIが搭載されれば交通事故は消滅すると思われていたが、ここ数ヶ月はなぜかÅI車の暴走という形で交通事故が増えつつあった。
「ああ、谷町も携帯型ÅIを持っていれば、こんな事故は避けられたのにな。だからあれほど持ち歩けと言ったのに」
「しかし、あの谷町警部が亡くなったなんて、信じられません」
殺しても死なないという表現がぴったりな、ガサツだが頼りになる先輩だった。
「それよりも人員の補充は無いとのことだ。業務管理ÅIが、うちの課は人員過剰のため不要と分析したらしい。どんな計算をしたのか、まったく信じられんことだ」
課長は谷町警部の死よりも、補充がないことに苛立っている様子だった。無謀な人員削減は、人から人間性すら奪うものらしい。
「とにかく北田、お前はしばらく単独行動だ。ワトソンがいれば、一人でも問題ないはずだ。これもなにかの縁だ、自動運転事件を担当してくれ。ひょっとしたらリコール隠しかもしれん」
「はい。わかりました」
「あと祭壇事件の調査はやめろ。オカルト好きのイタズラにかまっている余裕はない」
「⋯⋯はい」
残念だが上司の命令ではやむを得まい。祭壇事件は未解決のまま終わるが、後は谷町警部の勘が外れることを祈るばかりだった。
翌日は休日であったが、俺は家でパソコンを開き一連の自動運転車事故について調べていた。
自動運転事故の被害者には、奇妙な共通点があった。全員が一度は所持している自動車を違法アップデートしようと試み、失敗して車の買い替えを検討していた。自動車用ÅIはシステム上、外界と遮断されていても動作できるように独立したシステムが組まれ、高度なコンピューターが搭載されていた。ネット上の噂によると、特殊なアップデートを行うことでその車に〝自我〟を芽生えさせることができるという。
「特殊なアップデートってどんな方法なんだ? ってここからは会員限定かよ。そもそもシリコンに意識が目覚めないことは、散々実験されて明らかだろうに」
俺はパソコンの前で思わず悪態をついた。ÅI革命の黎明期にÅIに意識が宿るのではないかと懸念されていたが、結局杞憂に終わっていた。結局のところ意識というものは、生物にしか芽生えないものらしい。それが何十年にもわたる研究の成果だった。
「あなた、お昼ができましたよ」
今日はつわりがましなのか、妻は元気そうだった。その姿を見ていると、急に先日の鶏の首の事を思い出した。
「なあ亜津紗、先日の鶏の首が捨ててあったことについてだが、教えてほしいんだが」
意を決した俺は、先日の鶏の首事件について尋ねる。
「何のために、あんなことをしたんだ?」
「男の子だったら多少わんぱくでも強い子が欲しい、って私言ったでしょう?」
「ああ」
そんな事を言っていた気がする。
「強い意識を宿らせるためには、血の儀式を行う必要があるの。本当は水銀と血をつかうんだけど、妊婦に水銀は駄目だから、私は鶏の血だけで儀式を行ったんです」
亜津紗の言うことは相変わらず意味不明だったが、鶏の血と水銀の儀式には覚えがあった。祭壇事件の光景が俺の目の前に蘇る。
「ちょっと待て、なんでそんな事をしたんだ?」
「私はいま、つわりの時期でしょう。つわりの時期に、赤ちゃんの魂が宿ると言われているの。つわりの不調は、異なる魂が胎内に宿るからなんですって」
つまり、強い魂、強い意識を妊娠中の赤ん坊に宿らせるために、鳥の血を使った儀式をしたのか。
「──ちょっと待て!」
自我を持つÅI、強い意識を宿らせる儀式、つわりとÅIシステム障害、そして谷町警部の事故死。
全てが繋がった瞬間、部屋の電気が消え、俺のスマホから聞いたことのない着信音が鳴り響いた。




