第二話
恋を探すといっても、どうしたらいいのか。
学校内や通学途中なんかでは、玲司みたいな外見でもない限り、運命的でも偶発的でも出会いの可能性なんて無いに等しいだろう。かと言って、インターネットを介して……というのは、どうにも気が進まない。でも、ただ待ってるだけじゃ、可能性はゼロな事くらいは理解している。
結局のところ、誰かに紹介してもらうしか無い。
それが最初からわかっていたけど、最終的に辿り着いた僕の結論だった。
「久しぶりに連絡してきたかと思えば、いきなり『女の子を紹介してくれ』とか、ありえないと思うんだけど」
――その日の夜、僕の交友範囲の中で玲司を除くと唯一、お願いできて尚且つ良い答えが期待できそうな相手に連絡を取ってはみたものの、電話越しに思いっきり呆れられた。
まあ、そりゃそうか。
――他の誰かを好きになってみたら?
そう僕に言ってくれた彼女、安条だったら相談に乗ってくれるかもしれないと期待したんだけど。流石に虫が良すぎたか。
「やっぱり、ダメか……」
思いつきから生まれた行動力だから、あっという間に気力の残値が失われていく。
「ゴメン、変な事を頼んで悪かった」
もういい。安条に謝って電話を切ろう。
――だけど、彼女の話には続きがあったらしい。
「ちょっと待って染谷」
「……何?」
「あんた、もう電話切ろうとしてたでしょ」
「まあ、うん」
「八月以来の会話だっていうのに、それってひどくない?」
「あ、まあ……その、ごめん」
そういや、前回も同じような事を言われたっけな。
「――ええと、じゃあ安条。おまえの方は最近どうなんだ?」
「そんな風に付け加える様に言われると却ってムカつくわね」
ハァとわざとらしい大きなため息が聞こえてきた。
「じゃあ、どうしろと」
「別に。ただ染谷って相変わらずだなって」
「どういうことだ?」
「もう、いいってこと」
「いや、勝手に自己完結するなよ」
気になるじゃないか。
「いいから、いいから。気にしないで。――それより、さっきの話だけど」
「さっき?」
「染谷が次の恋を探したいって話」
「ああ……うん」
改めて他人の口から聞くと、恥ずかしいことを口走ったな僕。
今更ながらに後悔。
「安条、その事ならもう……」
「良いよ。キッカケを作ったげる」
無かった事にしてくれと言いかけたところで、思わぬ答えが返ってきた。
「……本当に?」
「うん。だって、中学の時からずっと後ろ向き全開の恋愛模様だった染谷が、ようやく前を向く気になったみたいだからね」
「それは……うん、ありがとう」
酷い言われようだったが、当たらずとも遠からず。素直に礼を言う。
だけど。
「それじゃ、あんたの望み通りに合コンをセッティングしてあげる」
……ん? 今、安条は何て言った。
「何、合コン?」
「そ。人数は四対四くらいで。場所はカラオケとかでいいよね?」
いや、いやいやいや。
「ちょっと待った、安条」
「何よ」
「僕は一言も合コンとは言ってないけど」
「ただ女の子を紹介するだけなら、わたしにメリットないし。やっぱ、ここは合コンしかないでしょ」
……成る程。安条の思考回路だとそういう考えになるのか。
「相変わらず正直だな」
「えへん」
と安条。まあ、こういう彼女だから頼む気になったのだから仕方が無い。無いんだけど、それにしても合コンか……。初めてだな。というか不安だ。途端に臆病風に吹かれだした自分がわかった。やっぱり回れ右をして話を無かったことにしたい気分にかられる。
だけど、そんな事を言ったら、それこそ何を言われるかたまったものじゃない。
「――それじゃあ、お願いするよ」
びびってるのを気取られないように声の抑揚を抑えて頼む。
「おっけー……あ、でもちょっと待った。あたしから、ひとつ条件出していい?」
「頼んでるのはこっちだし。何?」
「染谷の友達だけだと何か微妙な気がする」
失敬な。
「……まさか玲司を呼べとか言わないよな」
「言わない言わない。つーか、この流れで笠原を連れてきたりなんかしたら、あたし染谷をフツーにソンケーするわ」
要らないよ、そんな尊さも敬いもなさそうな褒め言葉。
ちなみに笠原は玲司の苗字だ。
「……つまり、安条が興味湧きそうな奴を一人、連れてこいって事か?」
「正解。ほら他人以上友達未満くらいの関係だと染谷って意外と顔広いでしょ?」
「……まあ、確かに」
主に玲司経由での知り合いだが。
「だから笠原以外でも一人や二人くらいなら見繕えるかなって」
「見繕うって……」
その言い方、なんとかならないものだろうか。まあ、そんなことを気にしてたら、彼女との縁なんてとっくの昔に切れているだろうから、今さらだけど。
「――わかった。心当たりが一人浮かんだから明日にでも聞いてみるわ」
クラスに一人、玲司繋がりで、そこそこ仲の良い奴がいる。
「ん、了解。じゃあ続きは明日って事で」
「ありがとう安条」
「別に良いよ。大体、あんたに新しい恋を探せって言ったの、あたしだし」
「覚えてたんだ」
「あったりまえでしょ。第一、だから染谷も連絡してきたんじゃ無いの?」
その通りだった。こいつのその一言があっから、僕は今、こうして彼女と話をしている。
八月にあったメチャクチャ早い第一回目の中学の同窓会の後でのこと。
ちょうど僕が失恋したばかりの頃だった。
――他の誰かを好きになってみたら。
ふと、気になったので聞いてみる。
「なあ安条。おまえ、付き合ってる奴っている?」
「ん? 今は三人だけど」
……有無を聞いたのに、人数が返ってきた。
相変わらず、僕の知らない世界を突き進んでるな。
「それがどうかした?」
「いや、何でもない。それじゃ、また明日」
「? 変なの。ま、良いか。うん、そんじゃねー」
以上、安条の声を最後にして通話終了。
途端に静まり返った自室に何だか落ち着かず、そのまま適当に音楽を鳴らした。
「……」
夕子が聞いたら顔をしかめそうな会話ばかりだったなと思い返し、次の瞬間にはその思考の方向性そのものが駄目なのだと嘆息、ついでその状態も良くないと忙しなく頭を巡らせる。
スピーカーから流れる曲の小気味良いテンポにワザと乗っかってみると、段々と気分もつられて浮上してくる様な気になった。
――何はともあれ。
まあ、これで、ようやく。
ついに僕は賽を投げることができたのだ。
そう、思いたかった。
よくフィクションであるとおり、やっぱり現実でも合コンといえばカラオケになるんだろうか。だけど誰かが歌ってると喋りづらいし、相手の声も聞こえ辛い。果たして『出会いの場』として成立するのだろうか。
心配していると、安条から「別にずっと歌ってばかりとかしないし。まあイマイチな失敗案件の場合は時間稼ぎに使う事もけどね」と言われた。
一般論はさておき、彼女的にはそういうものらしい。
――と前置きが長くなってしまったけど、本日は僕の人生初の合コン当日。十一月のとある日曜日。曇り空の冷えた昼下がり。待ち合わせは安条が予約してくれたカラオケ店の前だった。こっちのメンツは僕の他に同じクラスでそこそこ親しい市川と彼が連れてきた二人の計四名。なんでこういうメンツになったというと僕の想定していた友人二人に「合コンとかそういうのはちょっと……」と揃って断られてしまい、安条のリクエストに応じるべく誘いをかけた市川のツテを頼る羽目になってしまった結果だった。お陰で女性陣と合流する前から、すっかりアウェー状態……とか思いきや。
「君が染谷君だね、よっろしくー」
等と、初っ端からめちゃくちゃ友好的だったので、肩身の狭い思いをすることはなさそうだった。ほっと一安心。
―?そこへ。
「染谷、おひさー」
適当な挨拶で現れたのは安条。この前より髪が更に明るくなっていた。服装も『いかにも』なギャル装備。それは彼女の連れてきた三人も同様だったけど、驚いたのはそのレベルの高さ。全員めちゃ可愛い。言うなればギャル系美少女? そんな言葉が実際にあるのかどうかは知らないけど。
「久しぶり安条。また髪の色明るくなったな」
「へへーん、今度はちょっと赤も入ってるんだよ」
「へー。……ところでどうかな」
感想を求められたら困るので聞き流し、代わりに僕の連れてきた面子について、こっそり耳打ちして尋ねてみる。
「うんうん、適度にカッコよくて、それなりに軽そう。オッケー、合格」
……そうかそうか、それは良かった。
「おい、染谷」
次いで、今度は市川に肩を掴まれ引き寄せられる。
「やるじゃん、全員アタリとか滅多にないぞ」
そうかそうか、こっちも嬉しそうで何よりだ。
どうでもいいけど、どちらも既に僕よりテンション高いな。ガッカリ感半端ない感じで始められるよりはいいけど、ちょっと冷めた感じになってしまった僕はこの先どうなるのだろうか。
「――じゃあ、寒いしとりあえず入ろっか」
安条を先頭に店内へ。その横には既に市川。何かもう、いっそのこと幹事役も交代してくれないかな、等とそんな願いは声に出して言う必要もなく、以降の流れもこの二人を中心にして進んで行く。改めての自己紹介とかなく、なし崩し的に始まった会話。それなりに盛り上がっていく一室。この様子だと安条が懸念していた気まずい雰囲気が流れる展開とか無さそうだ。良かった……と安堵して胸をなで下ろそうとところでハッと気づいた。
――というか、あれ?
現状、僕が一番ハミってしまってないか? どうやら色々気にしてて、すっかり会話の波に乗り遅れてしまったらしい。元々はそこを一番憂慮していた筈なのに、何をしていたんだ僕は。
元よりかなりの難関。そこへ更に致命的な出遅れ。ここから盛り返していくなんて芸当、初心者とってはハードルが高過ぎる……というか到底、無理な話で。
気がつけば一時間程が経過してしまっていた。
やっぱり、無理があったのかな……。
――すっかり疲弊してしまった僕は、部屋を出てフリードリンクのコーナーに来ていた。
誰も居ないみたいだし、ここで少し休憩してから戻ろう……とか考えていると。
「ねえ」
呼ぶ声がした。振り向くとそこに居たのは、長い髪の女の子。安条がつれてきた内の一人だ。
「あ、えと……」
「そこ、いい?」
片手に持っていた空のコップを揺らす。
「あ、ごめん」
自分がジュースサーバーの前に立ちっぱなしだったことを思い出し、慌てて退いた。
「ども」
呟くように礼を言い、入れ替わりに前に立つ彼女。新しいコップを手に取り、ボタンを押してジュースを注ぐ。オレンジジュース、夕子の好きなメーカーの奴だ……て、こんな所まできて何を考えてるんだ僕は。
「君が香澄の友達なんだよね」
こっちを見ないまま、彼女が訊ねてきた。香澄は安条の下の名前だ。
「そうだけど……」
「染谷君で良かったよね?」
「……うん」
答えながら、彼女の名前を思い出そうと記憶を辿る。えーと確か「ミオ」って呼ばれてた気がするけど、駄目だ。名字が思い出せない。
「えーと、ごめん。君は?」
諦めて謝ることにした。
「ミオ」
と別に気にした風でもなく、ボソッと一言。
「……悪い。実はそっちは覚えていて。わからないのは名字の方なんだ」
「呼び方なら『ミオ』で良いよ。多分、誰も上の名前で呼んでないから」
いや、そうは言われても。いきなり下の名前を呼ぶのはちょっと……と、ためらうのは今の状況下では間違っているか。考え直して、思い切る。
「わかった……ミ、ミオ」
あ、どもってしまった。めちゃくちゃ恥ずかしい。
だけど彼女は、その事に関して特に何か反応するわけでもなく「ん」と小さく一言だけ発すると、反対側の壁にもたれかかった。どうやら部屋に戻る気は無いらしい。
「えっと、僕に何か?」
「いや、なんか疲れてるように見えたから、大丈夫かなと思って」
なんと気にかけてくれていたらしい。顔の正面は変わらずこっちを向いていないけれど、知らないうちに反感を買っていたとかではなさそうだ。
「僕なら平気だよ、疲れてるなんてとんでもない」
ちょっと迷ったけど見栄を張ることにした。だけど。
「無理しない方がいいよ、初めてなの知ってるから」
うわ、めっちゃハズい。
「もしかして、安条から聞いてた?」
「まあね」
あいつ……。一体、何処まで喋ったんだろう。
「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「……何」
しまった。安条に対しての憤りが、目の前の彼女に対する声音に乗っちゃった。いわば突然喧嘩を売った様なもんだ。気分害しちゃったかな。
ミオの顔色を伺う。だけど、今回もまた特に気にした様子は無く、話を続けてきた。
「今日のコレ、染谷君が香澄に頼んだって聞いたんだけど」
「まあ……結果的にはそうなる、かな」
別に合コンがしたかったわけじゃないんだけど。
「カノジョ、欲しいんだ?」
「まあ……ね」
ここでいきなり失恋話を打ち明けたりなんかしたら、引かれるだろう。安条からどこまで聞いてるのか知らないけれど、少なくとも自分から言い出すべきじゃない。それに目的もまあ間違ってはいない。
「ふうん」
何だ、その相槌は。どういう意味なのか。彼女の考えてるところを推し量りながら、続きを待つ。
「染谷君さ」
「うん」
「その相手って香澄じゃ駄目だったの?」
「安条? いや、あいつは無理だろ」
「どうしてか聞いても良い?」
ミオがこっちを向いた。少し目がつり上がっている様に見えた。声も少しだけ怖く感じる。友達の事だからか。だけど、言わないといけないものはいけない。
「カレシが他にもいるのわかってて付き合えるわけないだろ」
「……じゃあ、もしフリーだったら?」
「付き合って、後から他にカレシが増えるとかも無理」
安条は並行して恋愛ができる。そして相手にも自分以外のカノジョがいても気にならない。本人曰くは自由恋愛主義者らしい。僕には共感できないけど。
「違う、そうじゃなくて」
とミオ。
「香澄が染谷君一人にするって言い出したらって話」
「それは……その時になってみないとわからないよ」
「ノーじゃないんだ?」
「正直、あいつの恋愛経験の豊富さには引くところはある」
「まあ、普通は……ね」
「それでも良い奴なのはよく知ってるし、こっちの事もよく知ってくれてる。だけど恋愛対象として見てなかったのも事実だから、今訊ねられても、その時になってみないとわからないよ」
「……そっか」
じっと見てくる。
どういう意図があってかはわからないけど、なんだか恥ずかしくなってきた。
誤魔化す様に聞き返す。
「安条から何か聞いてたの?」
「ん、まあ……ずっと失恋を引き摺ってたんだけど、漸く吹っ切れたみたいでカノジョ欲しがってるって」
何だか微妙にニュアンスが違ってるんだけど……安条め。
「後はそのずっと好きだった子と相手のカレシの喧嘩の仲裁やってるとか……色々?」
「色々ってあいつ……」
全く本当。ある程度は仕方ないにしろ。
「まあ、そう怒んないでやってよ。あの子はあの子なりに、ずっと君の事を心配してたんだからさ」
「……心配って?」
「えーと『あんな自虐的な事を続けてたら、その内に心がこわれちゃうよ』みたいな」
「……」
マジで心配されてた。想像を遥かに越えて深刻に気遣われてた。何も言えなくなる。言う気自体失せた。
「良い奴だよな、安条」
代わりにポツリと零す。
「君も、良い人っぽいけどね」
「それはどうも……て、おい、何してるんだ?」
こっちが居心地の悪い思いをしている隙に、いつの間にかミオは手に持っていた携帯を弄りだしていた。
「何って、さっきの話を香澄に伝えてみた」
「本当に何してくれてんだっ?」
思わず声を荒げる。だって、そうだろ? 普通に考えてそれは無いだろ?
「別にいいじゃん。この際だからハッキリさせとこうよ。染谷君だって少しは気になるでしょ」
「まあ、気にならないわけない……けど」
「けど、何? ……あ、返事きた」
「早っ」
思わず覗き込んでしまう。ミオは特に気にした様子もなく、安条から送られてきたという文を読み上げた。
「えーと……『あはは。ムリムリ。染谷だけとか、わたしがストレス溜まりまくる』……だって」
――だよなあ、そうだよなあ。安条の性格知ってる筈なのに無駄に緊張してしまったじゃないか。
「ごめん、もしかしたらと思ったんだけど残念だったね」
「何で僕が振られたみたいになってるんだ……」
確かにちょっと傷ついたけど。割とへこんじゃったけど。
くそ、何か損した気分だ。
「だからゴメンって」
「いや、だから別に僕は……」
「でも落ち込んでるでしょ」
「……」
反論できない。黙っていると、その間にミオは新しく入れたオレンジジュースを飲み干した。
そして、何の前触れもなくサラッと一言。
「ねえ――それならさ、あたしにしとくってのはどう?」
「……は?」
一瞬、理解が遅れた。
「だから」と、長い髪に指を通しながら繰り返す。
「君はカノジョ欲しいんでしょ? その対象として、あたしはどうかって聞いてるんだけど」
……いや、待て。待て待て待て待て。焦る。急展開過ぎて理解が追いつかない。
「いきなり、どうしてそうなる?」
「さっきも言ったけど、染谷君って良い人そうだし、何か面白いし」
「意味わかんないんだけど」
「あと、あたし今ヒマしてて退屈だから」
「それ理由になるんだ……」
なんか、適当過ぎやしないか?
「何、あたしじゃ不満?」
「そんな事はないけど……」
「なら良いじゃん」
本当に良いのか、これで。
「さてと、じゃあ今からどうするかだけど……」
ぐたぐだ考えている内に勝手に話が進められていく。その強引さに抗おうとしてやめた。だって彼女の誘いは、そもそもの僕の目的に沿うものだったと我に返ったから。たとえそれがどんなに想定外の展開だったとしても。
だから黙ってミオの話の先を待つ事にする。それを観念したと誤解したのか、彼女は満足したかの様にちょっと笑った。喋りだしてから初めてはっきりと表情を変えた。その悪戯っぽい笑みは、どちらかといえばクールな印象を受ける均整のとれた容貌に思いのほか映えて見えて、僕は不覚にもちょっと見惚れてしまう。
彼女はそれら全てを見透かした上で、まるで悪い遊びにでも巻き込むように僕に誘いをかけた。
「とりあえず、この合コンを二人で抜けよっか?」
自分が合コンの途中で女の子と抜ける、なんて事態が、まさか自分の身に起こるとは思わなかった。そして、部屋に居た全員から暗黙の了解的にその行動にオーケーが出る事も。
もしかして、何かいろいろと仕組まれてたとか?
「よかったじゃん、染谷」
部屋から僕とミオの荷物を持ってきてくれた安条は、ニヤニヤ顔でご満悦そうだった。
「悪い、僕が頼んだ合コンなのに途中で」
「気にしない気にしない、てゆーかむしろ狙い通り……じゃなくて目的を果たせて満足だよ。それにコッチはコッチで楽しめそうだし」
「そっか」
ならば、もうそれ以上は敢えて聞くまい、考えまい。
「ミオも言ったでしょ、余計な気を回さなくて良いって」
「……おっけ。わかったから、もうその話は無しで」
「ん」
彼女達の会話はよくわからなかったが、恐らくはさっきのやりとり関連の何かだろう。首を突っ込むのは藪蛇っぽいので聞き流した。
「んじゃねー」
軽い足取りで安条が戻っていく。彼女を見送ってから、僕とミオは店外へ。陽が落ちるのが早くなったとはいえ、まだまだ空の色が変わり始めるまでも余裕のある時間帯。
「さて、これからどうしよっか。ゲーセンでも行く? それともカフェでお茶する? 結局歌わなかったし、別のカラオケ行っても良いけど」
「えーと」
困ったな、こういう時ってドコが正解なんだろうか。――迷っていると、ミオが僕の顔を覗き込むようして顔を近づけてきた。
「ひょっとして君、何かエロい展開でも期待してた?」
「ばっ……んな訳ないだろっ」
焦る、じゃなくて慌てる。
何を言い出すんだ、いきなり。
「あ、図星。もしかしてムッツリだったり?」
「だから違うって」
まあ百パーセント否定できるかって聞かれると断言できないけど。だけど。
「ていうかミオ、僕の事からかって楽しんでるだろ」
「あ、バレた?」
ペロッと少しだけ舌を出して白状する。途中から目が笑ってたから、そりゃ気づくわ。
「君、なんか力んでたみたいだから、ちょっとほぐしてあげようかなって」
「気持ちは有り難いけど、もう少し心臓に優しい方法にしてくれると助かる」
「あはは、ゴメンゴメン」
謝りながら、ミオはくるりと回って背中を向け、顔をこっち向けた。
「それじゃ、適当にこの辺りをぶらつくとしますか」
何だ、そんなので良かったのか。確かにちょっと難しく考え過ぎていたのかもしれない。
それにしても、彼女。さっきまでと雰囲気変わりすぎじゃ無いか。いや、こっちの方が良いんだけど。
「行くよ、奏多君」
……いきなり呼び方まで変わった。
まあ、それも別に構わないんだけどさ。
だけど、ちょっと距離の詰めるテンポ速すぎじゃ無いか?
ミオと二人で繁華街一帯を歩く。女の子と二人でこの辺りを歩くとか初めてじゃないだろうか。うわ、気がつくと何だか気恥ずかしくなってきた。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
正直に話したら、またからかわれそうだ。ここはいつもの様に平静を装わないと。気を引き締めながら、だけどやっぱり少し浮ついた気分になっているのは否めなかった。
その後は、大通りを歩いたり、カフェに入ったり、色々なショップのあるテナントビルを回ったり。そんな風に移動したり休憩したりしながら、僕達は会話していった。
「ねえ、奏多君って普段は何してるの? 趣味とかある?」
「うーん、その時によって色々だけど、本を読んでる事が多いかなあ」
「おー、すごい」
「いや別に本って普通に小説とかだよ? 難しい分厚いヤツとか読んでるわけじゃないよ?」
「ああ、そうじゃなくて。趣味を聞かれて即答できるのがすごいなあと思ったの」
「えと、よくわかんないんだけど」
「あたしとか聞かれて咄嗟に出てくるものなんてないし。色々してたりするけど、大抵は暇つぶしだったり半強制的なモノが多かったりするし」
「そう……なの?」
「うん、だから凄いなって……あ、ちょっと待って」
「どうしたの?」
「良かったら、ここのカフェ入らない?」
「別にいいけど」
「ありがとっ。あたし、ここの期間限定ケーキが好きなんだけど今日までなんだ。もう一回食べときたいなって思ってたんだよねー」
「うん、やっぱ美味しい。最高」
「それは良かったね……」
「ん、何か呆れてる?」
「いや、そんなことないけど……ひょっとオレンジジュース好きなの?」
「あー、というか柑橘類が好きな感じかな? それがどうかしたの?」
「いや、さっきもオレンジジュース飲んでたんだから」
「ほー、よく見てたね」
「あ、いや、まあ……」
「ん、何で焦るの?」
「いや別に焦ってないから本当だから」
「……奏多君ってわかりやすい人だね。まあ、いいけど」
「よし、これで奏多君の個人情報げっと~」
「個人情報って……ちょっと大げさすぎない・」
「そっかなあ。電話番号にSNS系のアドレス教えて貰ったら充分だと思うけど」
「そう言われると確かに……ていうか『澪』ってこの漢字なんだ」
「そ、杉岡澪。あんまり使わないと思うけど、一応フルネームも覚えておいてね」
「美味しかった~。奏多君、カフェつきあってくれてアリガトね」
「いや、そんなお礼言われることでも……」
「あ、照れてる」
「……そういう事、いちいち指摘しないで」
「あはは、ゴメン。さてと、次はどこ行こ?」
「ええと……とりあえず、色々なお店入ってるから、あそこのモール行ってみない?」
「お、いいねいいね」
「何が?」
「あたしに任せっきりにするんじゃなくて、そうやって一緒に考えようとしてくれてるトコ好感度さらにアップって感じ」
「……っ」
「あ、また照れてる」
「ちがっ」
「可愛いー」
「っ……」
「ていうかさ。澪って何かカラオケに居た時とキャラ違わないか?」
「あー……うん、まあね。さっきはあたしも緊張してたって言うか、ちょっと照れくさかったってて言うか……もう、そんなことどうでも良いでしょっ」
「いや、まあ……うん」
「よし。じゃあ次行こっ?」
「うん・・・・・て、ちょっと手っ!?」
「何、ちょっと握っただけじゃん。それとも、いきなり『恋人つなぎ』の方が良かったり?」
「……いや、もうこの状態で充分いっぱいいっぱいだから。大概参ってるから。だから勘弁して」
「じゃあ、ちょっとだけ待っててね」
そう言い残して、澪はレジのある方へと向かっていった。現在地はショッピングモールの専門店街にあるステーショナリーのお店。どうやら、お気に入りのキャラクターの新商品が出たらしい。まるっとした、ゆるゆるな感じのキャラクターだ。こういうのが好きなのか。ちょっと意外だ。
――あ、かわいいっ。
歩いていて、見つけた時の反応を思い出し、またレジの待ち行列に並んでいる彼女を目にして、自然と頬が緩んでいる自分に気がついた。
澪となら、このまま。
何だか救われた様な、身体が軽くなったような気分になる。うん、そうなれたら良いな。期待を抱きながら澪の姿を目で追う。タイミング悪く、会計が終わって戻ってくるまでには、もう少し時間がかかりそうな様子だった。
待っている間にふと、思い出した。
合コン、あれからどうなったんだろう。
安条は任せとけって言ってたけど、果たして本当に大丈夫だったんだろうか。
どちらにせよ、一度こっちから市川へ連絡しておくべきだよな
それならば今の隙に、と携帯電話を取り出す。
すると。
「え?」
画面に表示された文字を見て、思わず声を上げてしまう。
夕子から、メッセージが来ていた。
――今、ちょっと良い? 聞いてほしいことがあるの。
気づかなかったけど、数十分程前に届いていたらしい。どうしたんだろう? 確か今日は玲司とデートの筈。また何かあったのか?
途端に胸がざわつき出す。身体に重石が乗った様に感じる。反転しかけた世界が、しきれずに元に戻るような感覚。
「……っ」
たったの数文字で掻き乱されてしまう感情に抗う様に、僕は急いで「悪い。気づかなかった。外出てるからゴメン」とだけ返信し、そのまま画面を閉じて携帯をしまいこんだ。
一体どうしたの、と澪が訊ねてきたのはショッピングモールを出て、駅へと続く大通り沿いの歩道を歩いていた時だった。いつの間にか陽は相当に傾いていて、建物や街灯、車道を走る車にも明かりが灯っていた。
「別に、何もないけど?」
白々しいなと思いつつも、僕はそう答えた。
「嘘」
と案の定、澪は断定口調で言い切った。
「さっきから殆ど黙ったままじゃない。こっちが話振ってもイマイチって感じだし。ねえ、急にどうしたの奏多君。あたし、何か悪いことした?」
「そんなことないよ」
そう。これは単に僕が悪いだけの話。夕子からのたった一文だけで、冷や水を浴びせられたようになって心が沈んでしまった僕の勝手。だから。
「ごめん、本当に澪とは何の関係もない事なんだよ」
「ちょっと、その言い方も冷たい」
「……ごめん」
頭を下げると、溜息の音が聞こえた。
「謝らなくて良いし、もう話さなくてもいい。その代わり、自分の気持ちに変化があった事だけ認めてくれる?」
「……うん」
そこまで譲歩されたら答えないわけにはいかない。本当に「あー、もういいわ。それじゃね」と去られてしまっても仕方ない状況なのに、まだ一緒に歩いてくれているのだから。
「確かに澪の言うとおり、さっき、ちょっとした出来事があって。それで今のこの状況を楽しめる気分じゃなくなったんだ」
「それ、本当にあたしは関係ない出来事なの?」
黙って頷く。そんな僕を見て澪はハアッともう一度大きく息を吐いた。今度こそ見放されたかな。身勝手な事に後悔の念が浮かぶ。
「そう」
と短く澪。本当、どうして上手く切り替えられなかったんだろうな。
「奏多君」
「……何」
サヨナラ、と言われるかと諦めながら返事する。だけど彼女の次の言葉は予期していたものとは違った。
「ちょっと寄り道、もう一カ所付き合って貰って良い?」
「いいけど、どこへ?」
「すぐそこだから、黙って付いてきて」
言われるがままに、方向転換して進み始めた澪の後を追う。
辿り着いたのは暗くなって人気の少なくなった公園だった。石畳の広場に噴水のある広場。カップル率だけが異常に高い。
「澪、なんでこんな場所に?」
数分ぶりに口を開く。すると澪はくるりと反転して僕の方に向き直った。
「あたし、これだけは『流れ的にそんな感じ』とか曖昧なの嫌だから、ちゃんと話しておきたいなと思って」
「何を?」
「……だから、君はあたしと付き合う気があるのか無いのか。どっちなのってこと」
若干、不機嫌さの混じった声が返ってきた。ああ、そういえば。
――だったら、あたしにしとく?
カラオケ店で聞かれた時の返事、しないままだったな。そのまま流されるようにこの時間まで来てしまった。というか、まだそんな余地をくれるのか。
「澪って、良い子だよな」
つい口から漏れ出てしまった感想で、彼女の顔が真っ赤になった。
「なっ……だから、そういうのはいいからっ」
「……ごめん」
「謝らなくても良いから」
だから、さっさと答えろと。多分、そういうことだろう。
「……」
だけど、いやだからこそ改めて考える。今日一日、いや半日か。出会ってそれだけしか経ってないけど、凄く楽しかった。杉岡澪というこの女の子は本当に良い子で、しかもとても綺麗で。その上に途中で雰囲気をぶち壊してしまった僕に対して、まだこんなに寛大に接してくれている。
だけど、だからこそ。
果たして、この彼女の申し出を僕は了承してしまって良いのだろうか。
確かに僕は望んでいた。
期待して安条に連絡をとった。
だけど、あんな些細なこと一つで激しく動揺してしまうなんて、思ってもみなかった。
そんな状態のまま、僕はこの杉岡澪という女の子と付き合ってしまっても良いのか。
こんな良い子相手に、そんな不誠実なことでいいのか。
思案の出来る時間はあまりにも少く、咄嗟に僕がとった行動は、今の気持ち全てを正直に白状することだった。とにかく誤解させたままでの状態で、話を進めたらダメだ。
「返事する前に一つ、話さないといけない事があるんだ」
「……何?」
何か言いたげに、だけどそれを押し殺したように返答が来る。
「澪はさ、安条から僕の事を『失恋から立ち直ったみたいだ』って聞いてたんだよね?」
「そうだけど……それがどうしたの?」
「違うんだよ」
「……どういうこと?」
僕には彼女が自分で言ってた『暇だ』とか『退屈だから』とか『何か面白いから』とか、そんなノリで付き合うタイプには思えない。
それじゃあ何で僕だったのか。そこまではわからないけど、とにかく澪の言葉通り――つまりは安条の友達ならと僕が勝手に期待していたタイプの子――なら市川とか彼の連れてきた友人達を相手にする方が余程、都合が良かった筈。
だけど、それでも。
もし仮に僕の話を聞いても「考えすぎ。本当に単なる気まぐれだから」と彼女が言ってくれたならば、逆に僕はこの子と一緒に居たいと思いつづけても良いのかもしれない。少し位、不誠実な気持ちを持ったまま交際しても許されるのかもしれない。
「僕は彼女のことが――」
つまりこれは、僕に生まれた澪という女の子とこれきりになる事への未練と、罪悪感の板挟みから生まれた身勝手な欲求の為の告白だ。
「――まだ、好きなままなんだ。吹っ切ることが、出来ずにいるんだ」
面と向かって、そう白状した。
だけど彼女は。
「それで?」
別に気にした様子もなく、風に揺られて乱れた長い髪を手で解かしながら、尋ねてきた。
「だから……」
口に仕掛けて詰まる。何を続けて喋れば良いのか。そもそも何を言おうとしていたのか僕は。思いあまって口から出た言葉の続きは形にならなかった。
「いいじゃない、別に好きなままで」
困っていると、彼女に先を越された。
「え?」
反射的に聞き返す。
「少なくとも忘れるつもりはあるんでしょ、その子のこと」
「それは……うん、そのとおりだけど」
「なら、問題はないじゃない」
「……けど」
「とりあえず付き合ってみて、それで互いに相手のことが好きになったら、そのまま続ける――それで良いと思うけど」
「……そう、かな」
「じゃないと時間かかると思うよ、相手のこと忘れるの」
「……そうかもしれない、けど」
「だいたい、君だってそのつもりだったから、ここにこうして居るんでしょ」
そこを突かれると、黙るしかない。
確かに僕は、彼女からのそういう答えを期待して、誤解をとこうとした。だけど、いざそれが想像の通りになってしまうと。
――カナ君。
ここには居ない馴染みの有る髪の短い彼女の姿が頭に浮かぶ。それは多分、夕子への気持ちを完全に消してしまわないといけない状況ができてしまうことへの、余りにも身勝手過ぎるためらい。想いを断ち切れない自分に嫌気がさしての行動だった筈なのに。
「それとも何。やっぱり、あたしじゃ不満ってこと?」
焦れたらしく、目の前にいる馴染みの浅すぎる髪の長い彼女が僕に詰め寄ってきた。
「いや違う。そうじゃなくて」
慌てて否定する。内面の良さだけじゃなく、外見だって主観的にも客観的にも綺麗な子だと思う。彼女が一番だと言えない事が申し訳ないくらいに。
「ああ、もうっ」
どうやら本当に痺れを切らしたらしい。これは今度こそ終わったかな。
――そう思った矢先、彼女が抱きついてきた。
「え、な、なに……?」
「ここまでやって断られたら、あたしがメチャクチャ傷つくんだけど」
「そ、それは……」
「とにかく君はあたしと付き合う。おーけー?」
服越しとかそんなの関係なく伝わる柔らかな感触、脳に届く様な甘い匂い。女の子に抱きしめられているという視覚的効果。
「お、おーけー……」
気がつくと、そう口にしていた。
「……よし」
ようやく納得した感じの吐息がかった声が、耳からほぼゼロ距離の位置で小さく聞こえた。
「全くもう……優柔不断すぎて、流石に無理かもと思った」
「ご、ごめん……」
「謝らなくて良いから、態度で応えて?」
「そう言われても……」
「そこはわかれ」
背中に手が回る。ぎゅっと力が籠もり、密着度というか前から押し寄せる圧力も更に上がった。そうなると、当然ながら一番分かりやすいところの感触も更に伝わるわけで、わけがわからず狼狽える。頭の中なんか多分、茹で上がってる。
「ちょっと……澪?」
「はい、これがお手本」
「え?」
「お、て、ほ、んっ」
――ああ、そうか。
どうやら本当に殆ど思考が止まりかけているらしい。
繰り返されて強調されてやっと気づいた。
突っ立ってるだけじゃなくて、こっちからも抱きしめろと。
恐る恐る腕をそっと澪の後ろ側にまわして、そっと、そっと触れる
力の加減なんてわからないから、単に囲っているだけみたいな感じ。
「こう?」
「ん」
澪が短く肯定する。
何だか、とてもふんわりとしていて、やわらかい。
――どうしてだろう。
今は自分の方が彼女を抱きしめ返したはずなのに。
逆に心地の良い、暖かな何かに包まれたみたいな。
そんな気が、僕はしていた。
不思議なことに、景色から受ける印象が変わった。
公園から大通りに戻り、澪と二人で歩く駅までの道のり。
さっきまでと変わらない筈なのに、何だか華やいで見える。
確か、ちょっと前に逆の事があったな。
あれは――。
「ちょっと奏多君」
と、そこで隣にいた澪から呼ばれて思考が途切れた。
「また、いきなり黙っちゃって。今度は何を考えてたの?」
「いや、特にたいしたことじゃないよ」
「嘘。奏多君、わかりやすいから隠そうとしても無駄」
参ったな。仕方なく思っていたことをそのまま喋る。
「――っ」
顔を赤くした澪がうつむく。ほら、だから言わんこっちゃない。僕も何だか余計に照れてきた。困ったな。
「えーと……」
とにかく何か話題、話題と頭を巡らせている内に、駅前に設置された大きな時計が見えてきて、結構時間が遅くなってしまったことに気がつく。
「そういえば、澪って家どこ?」
家まで、とはいかなくても、その近くまでは送っていった方がいいのかもしれない。もちろん、澪が了承してくれればだけど。
だけど澪は「え?」と驚いた様な声を上げた。まるで「何を言ってるのだろう、この人は」とでも言いたげな表情。何、もしかして住んでるところを聞くのって、まだ駄目だったりする?
「えっとゴメン、何か変なことを聞いたのかな?」
何しろ初めてのことなので距離感に自信がない。
「違う違う、そうじゃくて――そういや、言ってなかったなって」
「? 何を?」
見当がつかずに首を傾げると、澪はバツが悪そうに、でも少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべて返答をくれた。
「あたしが住んでるのって、奏多君と同じ町だよ」
「え」
「ちなみに通学に使っている駅も同じ。まあ時間帯は違うけどね」
聞いたところ、彼女は隣の中学出身で、今も時間は違えど、僕と同じ電車で通学しているらしい。安条と仲良くなったのも、通学路が同じだったのがキッカケだそうだ。
「――だから、まだもう少しだけ一緒に居られるよ? 嬉しい?」
「……っ」
違う、そうじゃないんだと咄嗟に否定しようとして、その言葉が何の益ももたらさないことに気がついて止めた。それに嬉しいかどうかというと、そんなのは決まってる。
「そうだね、嬉しいかな」
正直にそう告げると、澪は「えへ」とはにかみ、嬉しそうに笑った。
見慣れた風景が、また少し煌めいて見えた。
「ひょっとして、僕のこと以前から知ってた?」
他愛のない、だけど楽しい雑談を交わしながら帰路を辿り、地元の駅のホームへと降り立った後、澪に訊ねた。
「それは……そうでしょ。香澄から聞かされてなきゃ、今日来てなかったわけだし」
「いや、そうじゃくて。ほら、使ってる電車が同じなんだったら、学校からの行き帰りとかに、偶然見かけたとか」
「……学校の帰りに香澄に会った事ってある?」
「いや、無いけど」
「それが答え。――それに、ほら朝だって三十分くらいは乗る電車の時刻違うんじゃない?」
「あ、そうか……」
「何でいきなり?」
「いや、別に理由はなくて。ただ何となく思っただけだから」
「そう…………ふぅ」
「? どうかした?」
「ん、何が?」
「いま何か『やれやれ』みたいなニュアンスを感じたんだけど」
「っ……いちいち細かい事を気にしないの」
「でも」
「いいからっ」
「……わかったよ」
どこか怪しげな素振りを見せる澪。ひょっとしたら、僕には黙っておきたい何かがあるのかもしれない。とにかく、これ以上の追及はやめといた方が良さそうだ。ただ何度考えても、どうして彼女が選んだのが僕だったのかが今日の出来事だけじゃ理解に苦しむ。思い返せば、最初から好感度も高かった気がするし。
だけどそれも単に、安条が事前に持ち上げていてくれてただけ、なのかもしれないな。
とりあえず、深く考えるのは止めた方が良さそうだ。
――等と思考を巡らしている間に改札口を抜けた。正面は突き当たりで左右は回廊が続いていて、その先に各々出口が有る。
「じゃあ、今日はここでお別れだね」
と澪。
「そうなの?」
「だって奏多君は西口でしょ。あたしは東口だから」
そっか。確かに彼女の通っていた中学の校区から考えると、そうなるな。
「結構、遅くなっちゃったし、家の近くまで送っていくよ」
「そこまでして貰わなくていいよ。それこそ奏多君が家に着く時間がだいぶ遅くなるし」
「いや、今日は駐輪場に自転車置いてるから」
「あたしの家、駅から徒歩二分くらいだけど?」
「……わかった。じゃあ、今日はここで」
その距離だと自転車取りに行っている間に帰れるし、既にもう家の近くだな、ということで了解した。
「あとで連絡するね」
「わかった」
「近いうちにまた会わない?」
「そうだね」
「それじゃ奏多君、またね」
「うん、さよなら」
手を振った後、澪が背を向けて去って行く。その姿をちょっとの間だけ見送ることにした。
何だか、とてつもなく幸運な一日だった気がする。
杉岡澪。
彼女とこれから仲を深めていけたら。
そしたら、ずっと今日みたいに楽しい日々を過ごせるのかな。
――そんな期待を抱きつつ、自分も家に帰ろうと西口方面へと身体の向きを変え、一歩、二歩と踏み出したその時。
「カナ君」
できれば今日は聞きたくなかった幼馴染みの、僕を呼ぶ声がした。




