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乙女ゲームのバッドエンド世界線で、断罪された悪役令嬢が俺の遺書を拾ったら【病みルート】に突入した  作者: メソポ・たみあ


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第9話 断罪返し


 ――それは疾風(はやて)の如き速度だった。

 シャルロッテは火かき棒を片手に、三人の暗殺者を瞬く間に一掃。


 ほんの一瞬の間に、手練れであるはずの暗殺者たちを一方的にボコボコに叩きのめしてしまった。


 シャルロッテの身のこなしはまるで鍛え抜かれた剣士のようで、可憐で軽やかで……。

 ……それでいて容赦なく相手を殴打して返り血を浴びていく様は、酷く猟奇的だった。


「う……ご……ッ」

「さて」


 シャルロッテは頬を返り血で紅く染め、これ以上ないほど冷たい表情をして、暗殺者の一人の眼前に火かき棒を突き付ける。


 他の二名の暗殺者は完全に気絶しており、見るも無残な姿で床に伸びている。

 火かき棒の灰を掻き出す突起の部分で相手を殴らなかったのは、彼女の最後の理性があったからか――いや、生かして話を聞くためなんだろうな……。


「もう一度聞くね。アドニスを連れ去るよう命令したのは、誰?」

「い、言えない……! 言えば我らが殺される……!」


 暗殺者が被っていた仮面は火かき棒に殴打されたことで粉々に砕けており、男の素顔が露出している。


「そ、それに忘れたか!? 我らは【呪毒】の呪文を知っているのだぞ!? 大人しくせねば、貴殿の大事なアドニスをむごごッ!?」

「……呪文ってさ、()がないと発音できないよね」


 シャルロッテは、火かき棒の先端を暗殺者の口に突っ込む。

 あまりにも生気のない、ドス黒い瞳をしながら。


「――〔フレイム〕」


 彼女は続けて魔法を発動。

 左手の手の平の上に、〝ボゥッ!〟と火が宿る。


〔フレイム〕は文字通り炎を出すだけのシンプルな魔法で、分類的には強化魔法。

 基本的には火を使う日常用途や、武器への属性付加(エンチャント)などに使われる。


 しかし何故か、シャルロッテはそれを手の平の上で起こした。


「私は、私からアドニスを奪おうとする全てを許さない。アドニスを守るためなら、なんでもする」


 そう言って――彼女は炎が宿る左手で、火かき棒の金属部分を握り込んだ。


「ねえ、どんな気分なのかな? 生きたまま舌を焼かれるのって」

「――――ッ!?」

「早く言わないと……炎の熱が先端まで伝わっていっちゃうよ?」

「わっ、わはっは(わかった)! ひう(言う)ひうはら(言うから)ッ!」


 シャルロッテのあまりにも鬼気迫る脅しに暗殺者は震え上がって涙目になり、すぐに観念。


 ……いや、うん、わかるよ。

 見ている俺だって怖いから……。


「ひゃひょいぬひは、ぷはっ、雇い主はダニア・パスティス公爵令嬢だ! 一週間前に貴殿らを襲った暗殺者の雇い主も彼女だよ!」


 僅かに火かき棒を口から退かされた暗殺者は、その名前を白状。


 ――ダニア・パスティス。

 そうか、やはり彼女なのか……。


『黒のアネモネ』のバッドエンドである〝断罪ルート〟では、誰がシャルロッテに暗殺者を差し向けたのか最後まで語られない。

 そもそもシャルロッテ自身が暗殺者に殺されるという結末で、主人公の視点だと知りようがないからだ。


 とはいえ、プレイヤーの側から見るとなんとなく察しは付くようになっている。

 ストーリー全体を通してダニアはシャルロッテの敵として登場するから、おそらく彼女の仕業だろうと推測できる演出になっているのだ。


「そっか、あの人が……」


 ようやく犯人の名前を聞けたシャルロッテだったが、まだ火かき棒を暗殺者の口から退かそうとはしない。


「それじゃあもう一つ。アドニスの身体を蝕んでいる毒を取り去る方法を教えて」

「……ない」

「――なんですって?」

「【呪毒】を取り去る方法は存在しない。諦めろ」

「…………嘘」

「むごがッ!?」

「嘘嘘嘘。そんなの嘘よ」


 シャルロッテは再び暗殺者の口に火かき棒を突っ込む。

 同時に左手の炎も、彼女の怒りを表しているかのようにより強く燃え上がった。


「そんなはずない。早く教えて。教えてよ」

ひゃ()ひゃいっひゃらひゃい(ないったらない)! ほんほうにひゃいんだ(本当にないんだ)! ひんひてふれ(信じてくれ)ッ!」

「……シャルロッテ、もうやめるんだ」


 拷問(・・)を続けようとする彼女の肩に、俺はそっと手を置く。


「彼の言ってることは、たぶん本当だろう。ハンナさんの解毒魔法も解毒剤も効かなかったのが、その証拠だ」

「…………」


 シャルロッテは悔しそうにギュッと火かき棒を握り締めた後、ゆっくりと暗殺者の口から棒の先端を離した。


「……こんなの認められない。私、諦めたくない」

「俺だって同じさ。でもいいんだ。俺にとって大事なのは、シャルロッテと一緒にいられることだけだから」

「私と……?」

「キミの傍にいられるなら、俺は毒に蝕まれていようが気にしない。それにさっきの話を聞く限り、〝発露〟さえしなければ毒は無害なんだろう? なら問題ないよ」

「! そ、そっか、そうよね……」


 シャルロッテの瞳に、生気が戻る。

 彼女は少し照れくさそうにしながら、血で染まった頬を赤らめる。


「うん、アドニスがそう言うなら、私も気にしないことにしようかな……」

「ああ、それがいい」


 俺も微笑を浮かべ、彼女の頭を左手で撫でてあげる。


 ……。

 …………。

 ――ハアアアアァァァァ~……。

 よかった……どうにか〝病みモード〟の彼女から、いつもの彼女に戻ってくれたか……。


 一度〝病みモード〟に入ったシャルロッテは、もうなにをするかわからないからな……。

 放っておくと、どんな残酷な振る舞いでもやってしまいかねない。


 それを止めるのも、きっと〝断罪ルート(バッドエンド)〟を阻止できなかった俺の役目なんだろう。

 微妙に胃がキリキリするけど……これも俺が果たすべき責任だ。


 俺はシャルロッテの目を見つめ、


「……ありがとう、シャルロッテ。今度は俺がキミに助けられちゃったな」


 改めて礼を言う。

 彼女の盾となるつもりが、逆に彼女に助けられてしまった。

 ヒーローとして少し恥ずかしいが、それはそれとして感謝は伝えねばなるまい。


「えへへ……私はアドニスが大事だから、当たり前のことをしただけだよ!」

「ところで、さっきのは明らかに剣術の動きだったよな? いつの間に会得したんだ?」

「それは……アドニスを守るために、この一週間で覚えたの!」

「……なんだって?」

「ハンナが手伝ってくれたのよ! 彼女の教え方が凄く上手だったから、早く覚えられちゃった!」

「そ、そうか……」


 ……あれだけの、手練れの暗殺者三人を圧倒するほどの剣術を、たった一週間で覚えた?

 嘘だよな、流石に?


 でも俺の知る限り、『黒のアネモネ』の作中でシャルロッテが剣術を学んだことがあるなんて描写はなかったはず……。


 確かにハンナさんは元軍人だし、剣術の覚えはあるだろうが、幾ら教え方が上手いと言ったって……。


 …………いや、これ以上考えるのはよそう。

 なんだかちょっと怖くなってきた……。


 俺が薄ら寒さを感じていると――


「それよりアドニス」

「?」

「私――用事(・・)ができちゃった」




 ▲ ▲ ▲




「――チッ、おっそいわね……。報告はまだなの……!?」


 自らの屋敷の窓際で、ダニアは親指の爪をガジガジと噛んでいた。


 アドニスとシャルロッテが潜伏する隠れ家を見つけ、そこへ暗殺者たちを送り込んだが、一向に暗殺者完了の報告がもたらされない。


 ダニアは苛立っていた。

 どうして報告がないのか、わからなかった。


 聞いた情報によれば、隠れ家ではアドニス、シャルロッテ、それと使用人の女一人の計三名しか確認されていない。

 しかもアドニスに至っては満身創痍で、ベッドから出られない状態――。


 まさに絶好の機会。

 ここで再び暗殺者を送り込めば、今度こそ失敗はありえない。

 ダニアはそう思っていた。

 なのに――


「本当に使えない奴らね……! 戻ってきたら使用人もろともクビにしてやるわ……! それとアドニス・マクラガンも一晩中抱き潰してやる……!」


 ダニアの苛立ちが頂点に達していた――まさにそんな時。

 彼女の部屋のドアが〝コンコン〟とノックされる。


「! 遅いわよ、さっさと入りなさい!」


 ようやく報告が来たと思ったダニアは、怒鳴り声で入室を許可。

 そしてゆっくりとドアが開く。


「いったいどれだけ待たせるのよ! それでシャルロッテ・グラナートの首は――!」


 そう言いかけたダニアであったが――ドアの向こうに立っていた人物を見て、即座に言葉を詰まらせた。

 そして、瞳孔が開くほどに両目を大きく見開く。


 何故なら――ドアの向こうに立っていたのいは片眼鏡の執事ではなく、〝シャルロッテ・グラナート〟その人だったからだ。


 それも……返り血で服から顔まで紅く染め、手には剣が握っているシャルロッテが。


「――こんにちは(・・・・・)、ダニア・パスティス」


 笑顔で挨拶をするシャルロッテ。

 そんな彼女を見て、ダニアはこれ以上ないほどに表情が引き攣る。


「シャ……シャルロッテ・グラナート……! アンタ、どうしてッ……!?」

「あなたが暗殺者を送り込んでくれたから、そのお返し(・・・)をしに来たの」


 ゆっくり、一歩ずつ部屋の中へと踏み込んでいくシャルロッテ。

 逆に後退りするダニア。


「ちょ、ちょっと誰か! 誰か来て! ここに侵入者がいるわよッ!」

「無駄だよ。屋敷の人は、もう皆片付けたから」

「なっ……!」

「――〔ファイヤーボール〕」


 シャルロッテは魔法を発動。

 手の平の上で精製された火球を、部屋の四方に向けて放つ。


 ――カーテン・カーペット・本などに火球は当たり、瞬く間に引火。

 一気に燃え広がり、瞬く間に二人は炎に取り囲まれる。


「な、なんてことを……!」

「……アドニスを連れて帰るよう、暗殺者に命令したんだってね」

「だ、だったらなによ!」

「アドニスは私だけのモノ(・・・・・・)だよ」


 シャルロッテの握る剣から、血が滴り落ちる。


「誰にも、誰にも渡さない。絶対に、なにがあっても、なにがあろうとも、たとえ死んだって、殺されたって、地獄に落ちたって――アドニスは誰にも渡すもんか」

「ひっ……ひいぃッ!」

「許さない――許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない、許せない(・・・・)


 シャルロッテはゆらりと身体を揺らしながら、ダニアへと近付いていく。


読んだ(・・・)わ。あなたが私を殺そうとするのは、〝断罪ルート〟っていうんだって」

「な、なにを言って……?」

「この世界は、バッドエンドの世界線なんだって。私は幸せになれなかった世界線なんだって」


 生気のない、酷く淀んで濁った瞳。

 だがそんな瞳をしても、シャルロッテは笑っている。


「でも……そんなバッドエンドの世界でも、アドニスが愛してくれるなら、私は幸せ(・・)。この幸せを壊さないために――|断罪し返させてもらうね《・・・・・・・・・・・》」


 シャルロッテはゆらりと身体を揺らしながら、ダニアへと近付いていく。


「私の大事なアドニスを横取りしようとして……それどころかアドニスの目と腕まで奪うなんて、絶対に絶対に許せない。あなたも彼と同じ目に遭えばいい」

「や……やめっ……!」

「これが――〝断罪〟だよ」






 ――アドニスたちの隠れ家を暗殺者が襲った日から、数日後。

「パスティス家の屋敷が全焼し、ダニア・パスティスを含む屋敷に滞在していたほとんどの者が死亡した」という情報(ニュース)が、ゼノーヴァ王国内を飛び交う。


 そして燃え尽きた屋敷の跡からは、〝片目と片腕を切り裂かれた白骨遺体〟が見つかったという。


第1章はここまでとなります!


読者の皆様に、謹んでお願いを申し上げます。

第1章が少しでも「面白かった」や「第2章以降の展開も気になる」と思って頂けたら、何卒ブックマークや★★★★★評価をお願い致します……!

読者様の評価が、モチベーションUPに繋がります……!<(_ _)>

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