第7話 シャルロッテの決意
《シャルロッテ・グラナート視点《Side》》
「ハンナ――私に魔法を教えて」
アドニスのリハビリが上手くいかなかった日の夜。
私はハンナに、そう切り出した。
「魔法を……でございますか?」
「ハンナは色々魔法の知識があるんでしょう? 治癒魔法、攻撃魔法、強化魔法……教えられるだけ、全部私に教えて頂戴」
「! お、お待ちを、シャルロッテお嬢様!」
驚いた顔をするハンナ。
無理もない。私が魔法を教えてほしいとせがむことなど、これまで一度もなかったのだから。
ハンナだって、ほとんど時代遅れになりつつある魔法を私に覚えてほしいと思ったことなんてなかったと思う。
「確かにお嬢様は魔力をお持ちですし、覚えさえすれば魔法は扱えるでしょうが……治癒魔法はともかく、攻撃魔法や強化魔法など覚えて、一体どうなさるおつもりですか……!」
「フフっ、そんなの決まっているじゃない。私、アドニスの力になりたいの」
クスッと私は笑う。
こうして話している間も、もう頭の中はアドニスでいっぱい。
アドニスのことしか考えられない。
アドニスのことだけ考えていたい。
ああ、アドニス。
アドニス。
アドニス。
アドニス。
アドにす。
あどにす。
あ・ど・に・す。
あ
ど
に
す
フフ。
アハハハっ。
「アドニスは命懸けで私を守ってくれた。なら今度は、なにかあった時に私がアドニスを守る番……違う?」
「シャ、シャルロッテお嬢様……」
「そうだわ! 魔法だけじゃない、できれば剣術も教えてほしいの。私はアドニスの代わりにならなくちゃ」
うんうん、そうよね!
私のせいで、アドニスは満足に剣を振るうことができなくなってしまったのだもの。
なら代わりに私が剣を振るえるようなるべきだわ。
「――シャルロッテお嬢様、お待ちを」
「うん? なあに?」
「確かに、私は多少なら剣術の心得はありますが……魔法はともかく、お嬢様が剣術を学ばれるというのは賛成できません」
「どうして?」
「率直に申し上げさせて頂きますが、今のお嬢様は自ら危険に飛び込もうとしているようにも見えます。あなた様に仕える使用人として、そのようなことを見過ごすのは……」
「――なにが残ってるの?」
「……え?」
「今の私に、なにが残ってるの? 貴族のご令嬢って立場? グラナート家の跡継ぎって立場? でももう、グラナート家はないも同然だよね?」
クスッと、私は笑う。
「私はね――〝断罪〟されちゃったみたいなんだ」
「だん……ざい……?」
「そう、私は人生の選択肢を誤っちゃった。私はもう、誰もが幸せな幸福な結末なんて作れない」
……少し前まで、私ってなにを考えていたんだっけ? なにを望んでいたんだっけ?
ああ、そうだ。
私はこの歪な貴族社会を変えたいって望んでいたんだ。
一部の貴族や特権階級だけが裕福な思いをして、それ以外の人々は貧困や弾圧に苦しめられる。
そんな社会を内側から変えて、これまで虐げられていた人々だって幸せになっていい社会を築きたいって、そう思ってた。
でも――もうどうでもいいよね。
「今の私は、〝最悪な結末〟を迎えちゃったみたい。――そんな私に唯一残されたモノって、なんだと思う?」
「あ、あの……お嬢様、仰っていることが私にはよくわか」
「アドニスだよ。私にはもうアドニスしか残ってない」
私は失敗しちゃった。上手くいかなかった。
私だダメだった。結局なにもできなかった。
でも――だから――アドニスだけは、守りたい。
彼を私のための犠牲になんて――させるもんか。
「私はアドニスを守ってみせる。そのためならなんでもやる。なんでも」
「っ……」
「だから、私に魔法と剣術を教えて」
「………………かしこまりました。そこまでのお覚悟がおありならば、もう止めは致しません」
ハンナは一度目を瞑り、意を決したように言う。
「シャルロッテお嬢様には魔法も剣術も、このハンナが持つ全ての技術を――いいえ、アドニス様をお守りできるあらゆる術をお教え致します」
「やった! ありがとうハンナ!」
「ですが、簡単な道のりではございませんよ。様々な魔法を会得するだけでも軽く一年はかかると思って――」
「じゃあ一週間だね」
「…………はい?」
「一週間で覚えられる魔法を全部覚えて、同じように一週間で剣術も会得する。本当はこれでも長すぎるけど、頑張るわ!」
「なっ……! ご、ご自身がなにを言っているかわかっておいでですか!? どう考えても不可能です! そんな一朝一夕に会得できるモノでは――!」
「やる。やるったらやる。やらないと……全部手遅れになっちゃう」
「――!」
「ハンナだって知ってるんでしょ? アドニスの身体が、毒に侵されてるって」
「ど……どこでそれを……」
「本当なら一週間だって長すぎる。私は、間に合わせないといけない」
……アドニスの身体は毒に侵されている。
一年? あまりにも長すぎる。
彼の身体があとどれくらい持つのかわからないのに、悠長なこと言ってられない。
死神はそんなに待ってなんてくれない。
もし悪魔に残りの寿命を売り払って、残り一年の命になる代わりに今すぐアドニスを守る力を得られるというなら、私は迷わずそれを選ぶだろう。
死神か悪魔かなら、悪魔の方がずぅっとマシだもの。
腕が折れたっていい。足が裂けたっていい。
肺が潰れたって喉が潰れたって、たとえ心臓を口から吐き出したって――もう人間であることを捨てたっていい。
すぐに、一刻も早くアドニスを守る力を手に入れてやる。
力を手に入れて、アドニスを脅威から守って――そしてアドニスを解毒する方法を見つける。
絶対に……私はアドニスと一緒に、幸せになってやるんだ。
ハンナは小さく息を吐き、
「………………やれやれ、わかりました。このハンナ・ホプキンス、最善を尽くさせて頂きます」
「ありがとう、ハンナ!」
私はそう叫んで、ギュッとハンナに抱き着く。
「私、ハンナのことが大好き! アドニスの次くらいに、ハンナのことが好きだし大事だわ!」
「まったくもう……お嬢様ったら」
ハンナは少しだけ、飽きれた様子を見せた。
――この時、ハンナ・ホプキンスはまだ理解していなかった。
シャルロッテの決意と覚悟を。
そしてアドニスへの愛情と執念の凄まじさを。
まさかシャルロッテが――本当に約一週間で〝アドニスを守る力〟を手に入れることになろうとは、ハンナはまだ夢にも思っていなかったのである。
投稿する話数が一話ズレておりました、大変申し訳ありません……。
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