第6話 満足に動かせない身体
青空の下で直接陽の光を浴びるのは、なんだか久しぶりな気がする。
――俺は右脇に松葉杖を抱え、ハンナさんとシャルロッテに連れられながら隠れ家の外へ出た。
今日は快晴でしっかり太陽が顔を出しており、時折頬を撫でるそよ風がなんとも心地いい。
隠れ家は文字通り隠れるように生い茂った森の中に建てられており、周囲に他の建物などは見当たらない。
周囲から聞こえてくるのは、草木が揺れる音と小鳥のさえずりだけ。
俺たち以外人の気配もない。
「大丈夫、アドニス? ちゃんと歩ける?」
「だ、大丈夫だから……そんなに心配しなくても……」
俺の傍から片時も離れようとせず、不安そうな表情で話しかけてくれるシャルロッテ。
うん、まあ、心配してくれるのはありがたい。
ありがたいんだけど……数秒置きに「大丈夫?」「痛くない?」「いつでも私に寄りかかってね?」みたいに過剰に話しかけてくるのは、流石にちょっと心配しすぎでは……?
ハンナさんも身体を支えてくれてるんだしさ……。
「アドニス様、やはりご無理なさるのは……」
「無理なんかしてない。大丈夫だから」
身体を支えてくれるハンナさんやシャルロッテから離れ、俺は少し歩き出す。
……本当はまだまだ身体の節々が痛いし、特に風穴が空いたせいで腹筋背筋に上手く力が入れられず、松葉杖に体重を預けないと姿勢を保つことも難しい。
そもそもの話、毒が身体を蝕んでいるんだ。
ハンナさんのお陰で毒の回りが遅くなっているとはいえ、本来なら絶対安静にしていなければならないはず。
身体を動かせば、それだけ毒の回りも早くなるかもしれない――。
寿命を縮めるような無茶をしていることくらい、重々承知している。
だが……いつまでもベッドで寝転んでいるワケにはいかないんだ。
暗殺者がいつ再びシャルロッテを狙ってくるかわからないんだから。
「……すまないハンナさん、俺の剣を持ってきてくれないか?」
「剣――でございますか……?」
「ああいや、俺の剣は暗殺者に投げ付けちゃったんだっけ。とにかく剣であればなんでもいいから」
「し、しかし……」
「頼むよ」
「…………承知致しました」
ハンナさんは不安そうな表情を隠そうともせず、一礼すると隠れ家へと戻っていく。
数分ほど経つと彼女は鞘に納められた一振りの剣を携え、俺の下へと戻ってきてくれる。
「……どうぞ」
「ありがとう」
「ね、ねぇアドニス、やっぱり今日はやめておいたら……? 剣を握るのは傷口が完全に塞がってからでも――」
「いいや」
心配して止めようとしてくれるシャルロッテの言葉を、俺は遮る。
……俺の命はいつまで持つかわからない。
シャルロッテの命も、またいつ狙われるかわからない。
俺には――休んでいる暇なんてないんだ。
俺は松葉杖を右脇から左脇へと移し、剣の柄を左手で持つ。
そして鞘を歯でガブッと掴み、鞘に納められていた白銀の刃を抜き放った。
「――」
違和感。
俺は元々右利きで、鞘から剣を抜く時はほぼ必ずと言っていいほど右手で抜く。
だがその利き腕は、もうない。
握りたくても、握る手の平がないのだ。
「……変な感じだな」
左手だけで握り締める柄の感覚は、どうにもぎこちない。
俺は左手だけで柄を握ったまま、剣を軽く振ってみようとするが――
「――ッ」
身体を動かして重心が変化した瞬間、腹部に強烈な痛みが走る。
あまりの激痛に俺は剣を落としてしまい、その場に膝を突く。
「ア……アドニスッッッ!!!」
すかさずシャルロッテが俺の下へ駆け寄り、地面に膝を突いて俺の身体を支えてくれる。
「アドニス、しっかりしてッ!」
「アハハ……とんだ体たらくだな……」
……これでもアドニス・マクラガンって男は、剣術の名手なんて呼ばれてたのに。
『黒のアネモネ』作中じゃ、一対一の決闘なら誰にも負けなかったんだぞ?
それが今じゃ、マトモに剣も振るえないとは。
「だ、大丈夫だよシャルロッテ。ちょっとバランスを崩しただけだから……」
彼女を安心させるべくちょっとだけ嘘を吐き、笑って身体を起こそうとする俺。
――しかし、
「ああ……ああああああああああっあああああああぁぁぁぁぁッぁぁぁぁっ……!」
シャルロッテの様子が、おかしい。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ……。私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ、私のせいでアドニスがこんな身体になっちゃったんだ私のせいだ」
「シャ、シャルロッテ……? 別にキミのせいじゃ――」
「私の私の私の私のわたわたわたっそうだわ私がアドニスの代わりになればいいんだわっ私の身体をあげればいいのよっ」
「……は? なにを言っ」
「お腹はあげられないかな?でも腕と目ならあげられるよねっでも私のだと少し短いし小さいかなでもないよりずっとマシだよね待っててねアドニスすぐに斬り落として抉り出してあなたにくっ付けて」
「――シャルロッテ、やめろ」
あまりにも鬼気迫る様子で、落とした剣を拾い上げるシャルロッテ。
そんな彼女の手を、俺は自分の左手でガシッと止める。
「シャルロッテが自分の腕を斬っても目を抉っても、俺の身体は元には戻らないよ」
「えっ…………あ…………」
「それより俺はシャルロッテに五体満足で、元気でいてほしいんだ。その方が嬉しい」
「う、嬉しい……? 私が元気だと、アドニスは嬉しいの……?」
「ああ」
「――あっ、そ、そっか、そうだよね! そうだった、私ってばなにやってるんだろっ。アハハ、ごめんなさい……!」
どうにか正気を取り戻してくれたらしく、シャルロッテの瞳に生気が戻る。
そんな彼女を見て――
――ハアアアアアアァァァ~~~もおおおおぉぉ~~~……っ。
……と、俺は全力で胸を撫で下ろした。
怖い、怖いよマジで……。
俺が止めなかったら、本当に自分の腕を斬り落とすんじゃないかと思ったよ……。
それくらい鬼気迫る感じだったよ……。
明らかに、もう明らかに、シャルロッテの様子がおかしい。
なんというか、正気と錯乱の間を常に行ったり来たりしている。
ほらもうハンナさんも普通にドン引きしてるじゃん。
これはもう、アレだ。
迂闊なことを言えないどころか、迂闊な行動すら取れなくなったな……。
ヤバい、なんか胃が痛くなってきた……。
いやまあ、俺の心配をしてくれるのは嬉しいんだけどね……?
「……今日のリハビリはやめておこうか。俺はもう少し安静にしていた方がいいかもしれない」
「そうだね、それがいいよ! お腹の傷だって、もう少ししたら癒えるはずだから! そうだよねハンナ!」
「えっ、そ、そうでございますね……」
やや引き気味に答えるハンナさん。
こうして、この日のリハビリは終わった。
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