第5話 手帳どこ行った?
「おかしいな……俺の手帳、どこに行ったんだろう……?」
〝遺書〟を書いた翌朝、俺はどうにかベッドの上で身体を起こして、落とした手帳を探してみる。
しかしどれだけ見回してみても、どこにもそれらしき物が見当たらない。
ベッドの下にでも入り込んだのだろうか?
本当に、身体を自由に動かせないっていうのは不便極まりないな……。
「変だな……確かに台座のすぐ下に落としたと思ったのに……」
『――アドニス、おはよう! 起きてる?』
そんな時、部屋のドアが〝コンコン〟とノックされる。
同時に聞こえてくる、元気そうなシャルロッテの声。
「ああ、どうぞ。起きてるよ」
入室を促すと、ニコニコ笑顔のシャルロッテが入ってくる。
どうやら朝一で俺の様子を見に来てくれたようだ。
俺のすぐ傍までルンルンと歩み寄ってきた彼女は、可愛らしい笑顔でこちらの顔を覗き込む。
「よく眠れた? 気分はどう? 痛いところとかなぁい?」
「大丈夫、よく眠れたよ。気分も悪くないし、痛みは……まだだいぶキツいかな、アハハ」
「――えっ」
「ん? え?」
「痛い? 痛むの? まだつらいの???」
「え、いや」
「大変。大変大変大変大変大変大変。ああぁどうしましょうっ……!」
「待て、落ち着けシャルロッ」
「いや……いやいやいやっ、このままじゃアドニスが死んじゃうッ! そんなのダメ! 認めない許さない受け入れない! 大丈夫だからねアドニス、私がすぐになんとかしてあげるからね……! そうだわっ、私が痛みを共有すれば少しはアドニスが楽になるかもしれないきっとそう私も痛むべきなんだ傷付くべきなんだ待っててねアドニス今すぐ刃物でお腹を」
「シャルロッテッ!!!」
俺は左手で、シャルロッテの肩をガシッと掴む。
「……俺の目を見るんだ。俺がわかるか?」
「――ふぇ? あっ、うん……」
「俺なら大丈夫だから。俺ならここにいるから。だから落ち着いてくれ」
――光を失っていたシャルロッテの瞳が、徐々に生気を取り戻していく。
強張っていた彼女の肩も、ゆっくりと力が抜けていく。
「ご、ごめんなさい……私、取り乱しちゃって……」
「いいんだ。それだけ俺のことを心配してくれてるってことだから」
「アハハハっ、私はいつだってアドニスのことを心配してるよ!」
さも爽やかに笑って言うシャルロッテ。
そんな彼女に対し「アハハ……」と乾いた笑いで返す俺。
……ハアアアァァァ……っ。
どうにか冷静さを取り戻してくれた……。
おかしい。
昨日から思ってたが、やっぱり明らかにおかしいよ、シャルロッテの様子が。
いや……なんなら昨日よりも様子がおかしい気がする。
目が、目が怖い。
なんだろう、なんかこう、俺を見る目がどこかイッちゃってるような……。
悪い意味でなにか決意を固めたような、そういう力強さを瞳から感じる。
あまりにも真っ直ぐこちらを見つめてくる彼女と目を合わせるのが、ほんのちょっと怖い。
それに俺の発言に対しても過剰に反応するし……。
なんだか、迂闊なことを言えなくなってしまったような気がするな……。
まあ悲観に暮れて生気を失ってしまうよりは、ずっといいとは思うけど……。
――あ、そうだ。
「すまないシャルロッテ、その辺に手帳が落ちていないか?」
俺はシャルロッテに聞いてみる。
もしベッドの下にでも入り込んだのなら、彼女に取ってもらおう――そう思って。
「昨日の夜、台座の上から落としてしまって……ベッドの下にでも――」
「落ちてない」
「……え?」
「落ちてないよ。手帳なんて落ちてない」
「え、いやあの、せめて少しくらい確認してみてから――」
「落ちてない。なにもない。私には見えない。私、なにも知らない」
「…………え、あ、そ、そうか……」
ニコニコ笑顔で、一方的に会話を終わらせる――というより手帳を探すのを拒絶してくるシャルロッテ。
な、なんだ……?
彼女らしくない態度というか、やはり様子が――
『アドニス様、失礼致します』
俺とシャルロッテがそんなやり取りをしていると、ドアをノックする音と共にハンナさんの声が聞こえてくる。
俺が「どうぞ」と声を返すと、相変わらずしゃんと身支度したハンナさんが部屋へと入ってきた。
「おはようございます、シャルロッテお嬢様もご一緒でしたか」
「おはようハンナ! ねえ、まだアドニスの身体が痛むらしいの!」
「落ち着いてくださいませ。わかっております、大怪我というのは簡単に痛みが引くものではございませんから」
ハンナさんはシャルロッテとは逆に、昨日と同じように落ち着いた様子。
流石は年長者というべきか、熟年メイドというべきか。
彼女は俺が毒に蝕まれていることを知っているが、それでも表情に出さない辺り流石だな。
「ご朝食の前に、まずは治癒魔法の処置を致しましょうか。アドニス様、少し楽になさってくださいませ」
「ああ、頼む」
俺はベッドの上で脱力。
ハンナさんは俺の身体の上に両手をかざし、
「――〔ヒール〕」
魔法を発動。
彼女の両手に仄かな光が宿り、それと同時に俺は少しだけ身体の痛みが引いていく感覚を覚える。
「やっぱり便利だな、魔法っていうのは」
「そうでもありません。少なくとも私が扱えるのは、傷の回復を少し早める程度の魔法……。場合によっては、薬を使った方が回復が早い場合もあります」
やや申し訳なさそうに言うハンナさん。
この世界――『黒のアネモネ』の世界には〝魔法〟が存在する。
それはよくあるファンタジーモノと同様に、人体に宿る魔力を駆使して様々な異能を発動するというヤツだ。
しかし『黒のアネモネ』の世界が少しだけ他と異なるのは……この世界において、魔法は廃れ初めてきているということ。
つまり古い技術と思われているのだ。
何故、魔法が廃れ初めてきているのか?
その主な理由は二つ。
一つは、魔力を必要としない技術の発展と普及。
もう一つは、効率の悪さと扱える人間が限られること。
当たり前だが、魔法は魔力がなくては使えない。
しかしこの世界では万人が魔力を持っているワケではない。
魔力を持って生まれてくる人間は限られており、少なくとも俺の知る限り、魔力のない人間が後天的に魔力を得る術は存在しない。
しかも魔法は効率が悪く、安定した結果が出ないのだ。
発動する人間の魔力や技量によって結果に大きく差異が出てしまい、しかも魔力は体力と同じく無尽蔵ではないので、消費している内にバテてしまう。
加えて原因は特定されていないが、大きな魔力を持って生まれてくる人材というのは時代が進むに連れて減少していっているらしく、「現代の魔法は百年前と比べて大きく見劣りし、五百年前とはもう比べ物にもならない」なんて言われたりもしているのだとか。
実際、例えばハンナさんは魔力こそ有しているが、当人曰く魔力量はお世辞にも多くはない方らしい。
だから治癒魔法も、傷の回復を早める程度のモノや簡易的な解毒魔法などしか扱えないのだとか。
そういった理由から、この世界の中では魔法に頼らない技術というのが発展してきている。
特に顕著なのが軍事技術と医療技術。
誰が扱っても安定して同じような結果が出せるというのは、人命を扱う現場において非常に重要。
一応現場においては魔法と魔法に頼らない技術というのはまだ併用されているようだが、いずれ魔法は完全に廃れてしまうだろう。
……命を扱うという意味が真逆な二つの業界で技術が進化していくというのは、本当に皮肉な話だ。
ともかく要するに、『黒のアネモネ』の世界において魔法は万能の奇跡ではない。
まああくまで乙女ゲームの世界だからな。
なんでもかんでも魔法でできたら世界観がぶっ壊れてしまうというか、「コレそういうゲームじゃねぇから」になってしまうというか。
……そういえば、『黒のアネモネ』のなにかのルートで語られてた気がするな。
シャルロッテは魔力持ちだって。
魔法自体が廃れつつあるから、物語開始時点では彼女も積極的に魔法を扱えるようになろうとはしていなかったと思ったけど――。
「…………」
ハンナさんが俺へ治癒魔法を使う様子を、シャルロッテがじぃっと見つめる。
一切の瞬きもせず。
凝視するように。
「さて、これで朝の分はよろしいでしょう」
ハンナさんの治療が終わり、彼女の両手が俺の身体の上から離れる。
「お腹の怪我は完治しておりませんから、まだ鎮痛剤は必要でしょうが……だいぶ楽になられるはずですよ」
「本当に助かるよハンナさん。――ところでさ」
「? はい?」
「少し……リハビリをしようと思うんだけど」
もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思って頂けましたら、何卒ブックマークと★★★★★評価をよろしくお願い致します!<(_ _)>
評価を頂けると、本当に嬉しいです……!




