表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イヴのうた  作者: 花邑ゆう
5/27

吟遊詩人と外の世界に憧れる少女 PASSGE:5


 どうやら、わたしはあのままお姉さんの歌を聞いて、また眠ってしまっていたらしい。


目を覚ますと、おねえさんがベッドの縁に腰かけて、わたしの頭を膝にのせてくれていた。そのことに気づいた瞬間、じわじわと恥ずかしさが込み上げてくる。


「どうかな? 少しは落ち着いた?」

「……はい。優しい歌ですね」


 わたしがそう言うと、おねえさんは嬉しそうに顔をほころばせた。


「この歌はね、小さい頃、泣き虫だった私にお母さんがよく歌ってくれたの」


 そう言って、ふんわりと微笑んだ。

 泣き虫だった? おねえさんのイメージとは少し違って感じられた。


「そうなんですか、なんだか意外ですね……」


 わたしの反応におねえさんは、くすりと笑って、自分の前髪を一房つまんでみせた。


「子どもの頃はね、この銀色の髪のせいで、不気味がられたり、いじめられたりしたの。そのたびにお母さんに泣きついて……ふふ、ちょうど今のイリアちゃんと同じ、十歳の頃だったよ。とっても子どもでしょ。


そういうときに、この歌をお母さんがよく歌ってくれたの。

この歌を聴くとね、泣いていた気持ちが、すうっと落ち着いて、少し楽になったの。

だから……イリアちゃんの気持ちも、ほんの少しでも楽になればいいなって、そう思って」


 穏やかに自分の過去を語るおねえさん。

 さっきまであんなにぐしゃぐしゃだった気持ちは、今は嘘みたいに落ち着いている。


「はい。なんだか、とても楽になりました」

「そっか。なら、よかった」


「えっと……おねえさん、どうしてここに?」

「イリアちゃんがパブにいなかったから心配になって、マスターさんに聞いたの」


わたしが、お父さんにひどいことを言ったのも、そして、こうして泣きじゃくっていたことも、きっと知られてしまってるんだろうか。

そう思うと、恥ずかしさと後ろめたさで胸がきゅっとなる。


「きっと、私のせい……だよね」

「え?」


「私が急に旅立つって言ったから、きっとびっくりしちゃったんだよね」


「いえ……そんなこと、ないです。……あの……おねえさん…………

 わたしの話、ちょっとだけ……聞いてくれますか?」


 わたしは、おねえさんに話したいと思った。

 わたしに話を気持ちを、聞いてほしいと思った。

 今まで言葉にできずに胸の奥につかえていた想いを――今なら、少しだけ話せる気がした。


 頭の中も、胸の奥も、ぐるぐると渦を巻く気持ちでいっぱいだった。その感情を、なんとか言葉にして、おねえさんに伝える。


 たどたどしく紡いだわたしの話に、おねえさんは何も言わず、じっと耳を傾けてくれた。


 お父さんとの喧嘩。

 お母さんとの約束。

 外の世界への憧れ。


 話しているうちに、自分のしたことがどんどん嫌になってくる。お父さんにひどいことを言って、お母さんとの約束を破ろうとして……。


 本当は優しいはずのその約束を、重たい足枷のようにに思ってしまっていた。

親不孝で、わがままで、どうしようもないわたしの話。


 この村に、“あかり”をともしたい。

 それが――お母さんの願いだった。


 真っ暗な村に、あたたかな“あかり”を灯したい。そう、お母さんは、わたしに語ってくれた。


 そして、まだ幼かったわたし。

 お母さんがいなくなったあとも、その願いだけは、絶対に忘れちゃいけないと思ってた。

 

 この村のパブの“あかり”だけは、消しちゃいけない。

わたしは、ずっとそう思ってた。


 お父さんも、きっと同じ気持ちなんだと思う。だから、毎晩欠かさずにパブを開けている。


 ここに来れば、必ず誰かがいる。

 そう思える場所であるように。そんな“あかり”を、無くさないように。


 わたしは話し終えて、おねえさんのほうをそっとうかがう。

お父さんにさえ言えなかったこの気持ちを、どうして出会ってまだ数日のおねえさんに話せたんだろう。自分でも、不思議だった。


 でも、少し怖くもあった。

 この話を聞いて、おねえさんに嫌われちゃうんじゃないかって、そんなふうに思った。


 おねえさんは、穏やかな表情のまま、ゆっくりと話し始めた。


「村の“あかり”、か……素敵なお話だね。ふふ、実はね、私がこの村に来たとき、ちょっと不安だったんだ。


 馬車を降りたら、あたりは真っ暗なんだもん。どこに向かえばいいのかもわからなくて、心細くなったときにね、イリアちゃんの家のパブの”あかり”が見えたの」


 おねえさんは、一度言葉を切って、やさしく微笑んだ。


「あの“あかり”を見たとき、ほっとしたの。この村には、ちゃんとあたたかい場所があるんだって思えて。


 だからね、イリアちゃんの家のパブは、村の“あかり”になってるよ。

 イリアちゃん――あなたのお母さんの想いは、ちゃんと受け継がれてきてる。

 イリアちゃんは、お母さんとの約束を、ずっと立派に果たしてきたんだよ」


 わたしは、ハッと瞳を見開いた。微笑みかけるおねえさんの顔を、思わずじっと見つめてしまう。


 また、瞳から涙が流れる。さっきとは違う。この涙は今までの悲しみや罪悪感の雫じゃない。


また、瞳から涙がこぼれた。

さっきまでの涙とはちがう。


この涙は、悲しみや罪悪感じゃなくて――もっとあたたかくて、胸の奥から自然にあふれてきたものだった。


 こんなふうに言われたの、初めてだった。誰かに、自分のことをちゃんと見てもらえた気がした。


 今までがんばってきたことを、ちゃんとわかってもらえた。

 それが、すごくうれしかった。

 わたし、ちゃんと約束、守れてたんだ……。



 でも、わたしは、“あかり”なんて消してもいいって、お父さんに言っちゃった。

外の世界が見たいっていう、ただのわたしのわがままで……その“あかり”を、自分で消そうとしてたんだ。



 さっきまで流れていた、あたたかな涙。

けれど、自分のしてしまったことを思い出した途端、それがまた、冷たい涙に変わっていく。


 わたしは、またぐずぐずと泣き出してしまった。そんなわたしを、おねえさんがそっと、きゅっと抱き寄せてくれた。


「誰かのためにがんばるのって、とっても素敵なことだよね」

 おねえさんが、わたしの耳元でそっと、優しく言い聞かすように囁いた。


 おねえさんは一度、静かに息を吸って、ゆっくりと「でもね」と言葉をつないだ。


「それよりも――まずは自分自身が幸せになることを優先しても、いいんじゃないかなって、そう思うの」


 澄んだ声で紡がれる、おねえさんの言葉。それは、ひび割れた岩に染み入る水のように、わたしの胸の奥へ、静かに染み渡っていく。


「それにね、わがままを言うのは、子どもの特権なんだよ。我慢なんてしないで、自分の気持ちを、もっと素直に伝えてみよう。……ね?」


 わたしは、おねえさんの言葉に目を見開いた。おねえさんは、雪解けのように、ふわりと微笑んだ。


 今まで、わがままは悪いことだと思ってた。無理を言うなんて、してはいけないことだと思ってた。


 ――でも、ほんとうに?

自分の気持ちを優先しても、いいの……?


「今回は、ちょっと焦っちゃって、その手段を少し間違えちゃっただけなんだよ。

 ……まあ、私のせいか……」


 わたしは、首を横に振った。決して、おねえさんのせいなんかじゃない。


 でも、おねえさんの言っていた、“伝え方”って、なんだろう? 

 手の甲で涙をぬぐいながら、わたしは小さな声で尋ねた。


「おねえさんの……せいじゃないです。でも、わたし……ほんとに、わからないんです。……気持ちを伝えるって、どうすればいいんですか……?」


 わたしの言葉に、待ってましたと言わんばかりに紫色の瞳を輝かせて、

『吟遊詩人』のおねえさんは、満面の笑みを浮かべた。


「ふふ、イリアちゃんにぴったりな、とっておきの方法があるよ。

それはね──」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ