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イヴのうた  作者: 花邑ゆう
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吟遊詩人と外の世界に憧れる少女 PASSGE:4


(あかり……?)

(そうよ、イリア。この村って、なーんもなくて夜になると真っ暗になっちゃうでしょ)


(うん……おばけでそう)

(でしょ? だからこれからは、うちがこの村の”あかり”になるの。どう? すごいと思わない、イリア?)


(うん、すごーい! でもどーやって? あ、家に火でもつけるの?)

(そ、そんなことしないわよ……! 我が娘ながら、恐ろしい発想力ね……!)


(……ふせいかい?)

(うん。不正解。そんなことしたらうちが燃えてなくなっちゃうわ)


(じゃあ、どうするの?)

(ふふん。それはね──うちでパブを開くの!)

(……ぱぶ?)


(そう。たくさんの人が集まってね、おいしいものを食べたり、お酒を飲んだり、歌を歌ったり、楽器を演奏したりして、おしゃべりするところなの。


 夜になって、太陽が隠れて真っ暗になっちゃっても、ここには”あかり”が灯ってるるの。どんな夜だって明るくて、ここに来れば必ず誰かがいるの。


 そんな場所に、これからうちがなるの。どう? すっごく素敵だと思わない?)


(うん! すっごく楽しそう!)

(そうでしょう! ……でもね、その代わりにお母さんもお父さんもきっと忙しくなっちゃうの。だからイリアには淋しい思いをさせちゃうかもしれないわ……)


(えー……)

(ごめんね)


(うー……。あっ、そうだ! じゃあ、わたしも、ぱぶ手伝う! そうしたら一緒にいられるよねっ!)


(あら、いいの? ふふ、それなら一緒にいられるわね。じゃあ、お手伝いお願いしちゃおうかしら)


(うん! まかせて!)

(ふふ、じゃあそんな、えらい子にはご褒美をあげなくちゃね。──はい、いい子いい子)


(えへへ〜、あたま撫でられるの好きー)


 懐かしいお母さんとの記憶。

 そうお母さんは、この真っ暗な村に“あかり”を灯すんだって、そう言っていた。


(……どう? お父さん、ちゃんとお店やってる?)

(やってるよ)


(うん……それでよし)

(どうして? お母さんこんなに苦しんでるのに……)


 病気で床に伏せていた頃のお母さんとの記憶。

 青白い肌、細く痩せ細った体。その姿は、できることなら思い出したくはない。


(いいのよ。わたしの代わりにちゃんと”あかり”を灯し続けてもらわないとね)

(……)


(ねぇイリア。お母さんとひとつ約束してくれない?)

(なに?)


(お父さん、きっとこの先すごく大変になると思うの。だから、今までみたいに手伝ってあげて。お父さんのこと助けてあげてね)


(うん)


(ふふ、やっぱりイリアはいい子ね。さぁ、こっちにおいで。頭、撫でてあげる)

(うん……約束するよ。これからもちゃんと、お父さんを手伝うよ)


 そう、わたしは約束した。

 この村の”あかり”をずっと消さないって。


 ずっと、そう思い続けていられると思ってた。

だってそれは、とても大好きな人と交わした、大切な約束だったから。


 けれど、いつしかその約束が、わたしをずっとここに縛りつける足枷のように思えてしまうときがあった。

そんなふうに感じてしまった自分が恥ずかしくて、どうしようもない罪悪感が胸に広がる。


 優しい記憶の、優しい足枷。


 ごめんなさい、おかあさん。わたし約束破っちゃった。お父さんにひどいこと言っちゃった。自分のわがままでお父さんを傷つけちゃった。


 パブなんて、”あかり”なんか、消えたっていいじゃん──。

 そんなふうに、一瞬でも思ってしまった。


 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……

 ただその言葉だけが口からこぼれ続ける。

 頭の中は、ぐちゃぐちゃで、もうなにがなんだかわからない。


 怒り、罪悪感、不安――

 すべてがまざり合う、感情はどろどろで真っ黒。


 もう、そのままこの闇に溶けてしまい。

 そう、本気で思った。


 だけど、そのとき──


 澄んだ穏やかな歌声が聴こえた。

 真っ暗だった心の中に、そっと光が差し込む。


 まるで闇の底から、やさしく引き上げてくれるような、あたたかくて、優しい歌声。


 その歌声に、導かれるように、わたしは重いまぶたを開けた。。


「……優しい歌」


 ぼんやりとした視界に浮かび上がったのは、月明かりに照らされたおねえさんの顔だった。

 

わたしを、優しく見下ろしている。


 いつの間にか陽は沈み、木枠の窓から差し込む月の銀色の光が、静かに部屋を満たしていた。


「大丈夫?」

 目を開いたわたしに気づいたおねえさんが、優しく声をかけてくれる。


「……おねえさん。その歌、もっと聴いていたいです」

「うん」 


 そう短く答えると、おねえさんはわたしの額をそっと撫でながら、また歌を口ずさみ始めた。


 わたしはもう一度、そっと瞳を閉じた。

 あたたかくて優しい歌声に、身をゆだねる。

 少しだけ、心がほどけていく気がした。



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