表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イヴのうた  作者: 花邑ゆう
19/27

吟遊詩人と妖精のいたずら PASSGE:2

 

「はっはっは、そりゃ妖精のしわざだね」


 到着した村のパブで、マスターに先ほどの出来事を話すと、荷馬車のおじさんとまったく同じ反応が返ってきた。


「実際、妖精を見たことってあるんですか?」


「いや、ないね。でも、じいさんは見たことがあるって言ってたかな」


 実際に妖精の姿を見たことがなくても、ここにいる人たちは当たり前のように妖精の存在を信じている。

 それだけ、この土地には妖精譚が深く根づいているのだろう。


 そして、その存在を疑うこともなく、みんな自然に受け入れている。


 王都のように栄えた場所でこんな話をすれば、きっと笑われるだけだ。


「は? 妖精? そんなもの、いるわけないだろ」


 そう返されるのがオチだろう。

 だからこそ、こうして伝承が今も生きている土地を旅するのは、新鮮で楽しい。


 ビールをひと口飲み、乾いた喉を潤す。


「よし、じゃあ一曲歌っちゃおうかな」


 弦を弾いた瞬間、パブの空気が少しだけ変わった。

 誰かが話すのをやめ、グラスの音が遠のく。


 歌い終えたあと、しばらくの静寂。

 やがて、ぽつぽつと拍手が起こった。


 その小さな音は、次第に広がっていく。

 私は満足して、元のカウンター席へと戻った。


 すると、マスターが無言でビールを差し出してきた。


「よかったよ。これ、サービスだ」


「いいんですか? ありがとうございます!」


「……しかし、心配だな」


「何がです?」


「妖精はな、楽しいことが好きだ。音楽が好きだ。それから――綺麗な人間が好きだ」


 そう言って、マスターは私をじっと見た。


「あんた、もろに妖精に好かれそうだ。気をつけな」


 ちょっと私を怖がらせるように、おどけて言う。



 その後、もう数杯ビールを飲んで、私は宿へ戻った。

 頭の奥が少しだけふわふわしている。嫌な酔い方ではない。むしろ、心地いい。


 部屋に入ると、簡単に着替え、私はベッドに腰を下ろした。

 長い一日だった。そろそろ寝よう。


 ランプの火を落とし、毛布を引き寄せる。

 まぶたが重くなりかけた、そのときだった。


 ——こん。


 小さな音。


 気のせいかと思い、そのまま瞼を閉じていていたが、


 ——こん、こん。


「……え?」


 はっきりとした、ノックの音だった。


 一瞬で、さきほどの会話がよみがえる。


――妖精はな、楽しいことが好きだ。

――音楽が好きだ。

――綺麗な人間が好きだ。

――あんた、もろに妖精に好かれそうだ。


「…………」


 こんな夜更けに、訪ねてくる人なんているはずがない。

 宿の人なら、扉を叩くはずだ。


 もう一度、音がする。


 ——こん、こん。


 胸が、どきりと鳴った。


「……だ、誰?」



 私はごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと窓のほうへ歩いた。

 たぶん、パブのマスターはおどかすつもりで言っただけ。

 そう分かっているのに、想像は勝手に膨らんでいく。


 カーテンに手をかけ、そっと引いた。


 ——その瞬間。


「こんばんはぁ」


「――ひゃあっ!?」


 思わず変な声が出てしまった。

 窓の外から、ひょいと飛び出してきたのは——小さな人影。


 小さい。

 とにかく、小さかった。


 背丈は、私の手のひらに乗るくらい。

 ひげ面で、くたびれた帽子をかぶり、

 腕を組んで、妙に偉そうな態度をしている。


「……え、……これが……妖精……?」


 さっきまで胸にあった恐怖心は、すっかりどこかへ消えてしまっていて、

 私は思わず、まじまじとその姿を見つめてしまった。


「……ほんとに、ただのおっさ――」


「おい」


「今、おっさんって言いかけただろ!?」


「い、言ってません!

 言おうとしただけです! 未遂です!」


「未遂でも聞こえとるわ」


 腕を組んだまま、ふん、と鼻を鳴らす。


「まったく……最近の人間は、妖精を見るとすぐ失礼なことを言う」


「ご、ごめんなさい……」


 そう謝りながらも、私はもう一度、

 おじさん——いや、妖精を見た。


 怖いかと言われると……。

 正直、怖くない。


「……あの。妖精って、もっとこう……

 幻想的な感じだと思ってました」


「失礼だな。

 これでも由緒正しき妖精じゃ」


 ようやく、少し冷静になってきた。

 それどころか、非日常な体験をしているという実感が、

 じわじわと胸の奥に広がっていく。


「……で、妖精さん。

 こんな夜中に、何の用ですか?」


 すると、妖精は急ににやりと笑った。


「さっき、パブで歌ってたの。

 お嬢ちゃんだな?」


「え? あ、はい……」


「いやぁ、実に良かった。

 耳が幸せになるとは、ああいうことを言うんじゃな」


「……ありがとうございます?」


「というわけで」


 妖精は、胸を張る。


「もう一回、歌ってもらおうか」


「今ですか!?」


「今じゃ」


「夜中ですよ!?」


「妖精に時間は関係ない!」


「人間には関係あるんですよ……はぁ、しょうがないなぁ……」


 なんとも噛み合わない会話だが、

 悪意のない存在だということは、はっきりとわかる。


 私は苦笑しながら、声を抑えて、

 かるく一曲だけ歌ってあげた。


「おお……やっぱりええ……」


 妖精は感動のあまり帽子を放り投げ、

 そのまま踊りながら叫ぶ。


「明日も来るぞーーーー!!」


「……え、明日も来るの……?」


 どうやら本当に、妖精に気に入られてしまったらしい。

 さて……明日パブでこの話をしたら、信じてもらえるのかな……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ