吟遊詩人と妖精のいたずら PASSGE:1
「あれ?」
私は思わず首を傾げた。
正面には二股に分かれた道。自分の手元の地図に目を落とす。
そしてまた顔をあげて、正面の二股に分かれた道を見る。
正確には二股の道の真ん中に置かれている看板に目をやる。
正面には二股に分かれた道。その真ん中には看板が立っている。
手元の地図に視線を落とし、もう一度看板を見上げる。
粗末な木の板に、近隣の村々への道順が描かれていた。
けれど──
「う~ん……地図だと、こっちなんだけどなぁ……」
今日向かおうと思っていた村の近くに差しかかった頃、この分かれ道に出た。
ところが、看板に描かれた矢印は、手元の地図とはまったく反対の方向を示している。
この辺りに土地勘のない私は、ちょっと困ってしまった。
地図自体も、今朝まで滞在していた村のパブで仲良くなった人からもらったもので、絶対に信頼できるとは言いきれない。
たとえ正確でも、古くて道が変わってしまっている可能性は十分にある。
旅をしていると、こういうことは珍しくない。
だから、少し迷った末、私は看板の示す方角に進むことにした。
*
それから、どれくらい歩いただろう。目的の村は一向に見えてこない。
澄んだ青空に赤みが差しはじめ、少し焦り始める。
そのとき、正面から荷馬車が近づいてくるのが見えた。
行商人だろうか。
私はほっと息をつき、御者のおじさんに声をかけた。
「あれ? その村ならこっちじゃないよ。ここに来る前、二股の道があったろ? あれの反対側さ」
「え?」
*
がたごと、がたこと。
私はいま、荷馬車の隣に乗せてもらい、心地よい揺れに身を任せている。
目的地が同じとのことで、御者のおじさんが親切に乗せてくれたのだ。
私は看板の話をしてみた。
私の話を聞いたおじさんは、豪快に笑いながら言った。
「そりゃあ、妖精の仕業じゃな」
「妖精?」
問い返すと、おじさんは「待ってました」と言わんばかりににやりと笑う。
「ここらは妖精譚で有名な土地でね」
旅をしていると、その土地ごとに独特の伝承や歴史が残っている。
どうやらこの地域では、妖精の存在や物語が深く根づいているらしい。
物がなくなったり、不思議なことが起きたりすると、全部“妖精のいたずら”ということになるそうだ。
「妖精かぁ……。本当にいるなら、見てみたいなぁ……やっぱり、かわいいのかな。ちいさくて、羽とかついてて……」
目を輝かせながら言うと、おじさんは苦笑いして首を振った。
「あ〜……お嬢ちゃんの想像してるような妖精とは、ちょいと違うかな……なんというかここで言われる妖精ってのは小さいおっさんのような容姿をしてるんだ」
「……小さいおっさん……」
残念そうな顔が露骨に出てしまった。
「そんな嫌そうな顔をしてると、また騙されちまうぞ。妖精がいつどこで聞いとるかわからんからな。
ここじゃ、どんないたずらをされても“グッドピープル”って呼ぶくらいなんだ。悪口いって痛い目みたくないからな」
妖精の話でしばらく笑ったあと、荷馬車は夕暮れの道を進んでいった。




