吟遊詩人と愛を歌う吟遊詩人 PASSGE:3
吟遊詩人を名乗る、神秘的な銀髪の女性。
正直、出会いとしては最悪に近いものだったと思う。
私は代々、宮廷や貴族に仕えてきた吟遊詩人の家系に生まれた。
それが私の誇りであり、プライドだ。
だから、あんな旅芸人なんかと一緒にされたくない。
「吟遊詩人にとって大切なものって、何かな?」
彼女の質問。
これが私の胸の中に引っかかっている。
吟遊詩人とは何か、それがわかっていないのに吟遊詩人を名乗る。
そんなの、信じられない。
だけど、その質問に私自身が答えられなかった。
なら、私も吟遊詩人を名乗る資格なんてないのかもしれない。
そんな考えがぐるぐると頭を巡る。
もやもやして、落ち着かない。
だけど──。
「……あの子の歌、嫌いじゃないのよね」
耳の奥に、あの鈴のように澄んだ歌声がリフレインする。
優しくて、どこかあたたかい。
そして一度その姿を認めると、そのまま目を離すことができなくなってしまう。 そんな不思議な魅力を持った女性だった。
旅人のような服装をしているけれど、顔立ちは整っているほうだった。
おそらく美人の部類だろう。
でも、それ以上に無邪気な笑顔が印象に残っている。
彼女のことを認めたわけじゃない。
むしろ、あの時は不快にすら感じていた。
……なのに、気づけば足があの橋へと向かってしまう。
毎日のように通ってしまうのが、なんだか恥ずかしくて、私はそっぽを向いた。
それでも、いつものように硬貨を渡す。
まるで義務のように。
けれど彼女は、そんな私にいつも明るく話しかけてくる。
何度冷たくあしらっても、彼女は笑顔を崩さない。
そうして、数日が過ぎた──ある夕方のことだった。
「あら、お父様。このお時間に家にいるなんて珍しいですね」
父もまた、名のある吟遊詩人だ。
普段は貴族の会食に招かれて、演奏や歌を添えることが多い。
夕食の時間帯に家にいるのは、ずいぶん久しぶりだった。
「ああ、今日は急にお呼ばれがキャンセルになってね。でも、こうして娘とご飯を食べられて嬉しいよ」
向かい合ってテーブルにつき、久しぶりに父と食卓を囲む。
「ペトラはこのあとも仕事かい?」
「ええ。最近は『窓辺の恋愛歌』のお仕事ばかりです」
「そうか。愛を歌う吟遊詩人──ペトラにはぴったりの仕事だもんな。
……ただ、愛を歌う娘に男の影がまったくないのは、父親としては少し心配なところではあるのだが……」
「なっ……!?」
「まぁ、男の影があれば、それはそれで、悲しくなるけどね」
「どっちなんですか……」
父は楽しそうに笑い、シチューを口に運んだ。
私もため息をつきながら、つい笑みがこぼれた。久しぶりに訪れた穏やかな食卓。
私はあの銀髪の吟遊詩人のことを父に話してみることにした。
吟遊詩人として長く生きてきた父なら、何か答えをくれるかもしれないという期待を抱きながら。
「……なるほどな。ペトラはその子が吟遊詩人を名乗ることが許せない、と」
夕食のあと、父はぶどう酒を注ぎながら、私の話に耳を傾けていた。
「はい。私は吟遊詩人として誇りをもっています。
市井では、ああいう旅をしながら楽器や歌を歌う人を吟遊詩人と呼んでることも知っていました。
でも、いざ目にすると、一緒にされたくない。そんな気持ちになるの」
また胸に燻る気持ちが溢れてくる。
「うん。ペトラの気持ちはわかるよ」
父は穏やかに頷いた。
「ペトラ。私も吟遊詩人としての誇りは持っているよ。
でもね──おもしろいことに、“吟遊詩人”という言葉をそのまま読めば、『旅をしながら詩を作り、歌う人』という意味になるんだ」
「じゃあ、あの子みたいに旅をしている吟遊詩人が“本物”だと?」
「いや、そういうことじゃないよ」
父は葡萄酒をひと口含み、話を続けた。
「歴史的な資料に登場する吟遊詩人は、私やペトラのように宮廷や、国、貴族に仕えている人たちなんだ。ちょっとおもしろくないかい」
私は顎に手を当てて考える。
おもしろい……のだろうか?
おもしろいというよりは納得ができない。
歴史からすると自分たちの方がやはり正しい吟遊詩人なのだ。
それなのに、『吟遊詩人』という言葉のせいで誤解が生まれているのではないだろうか。
「お父様。つまり、“本当の吟遊詩人”は私たち、ということでいいんでしょうか?」
「いいや。私はその銀髪の子も、私たちも吟遊詩人でいいと思っている。
はは、納得していない顔してるね。う〜ん。どう説明したらいいんだろうね。
これは私の考えの一つだ。ペトラが同じ考えを持つ必要はない。職業で考えてみればいいかもしれないね」
「職業、ですか?」
「ああ。たとえばお城にいる兵士のお仕事はなんだい」
「お城を守ること……?」
唐突な質問だ。
「でも兵士の中には、いろんな人がいるよね。剣を使う兵士。槍を使う兵士」
「……うん?」
何が言いたいのだろうか。
いまいち要領がつかめない。
「城を守るという目的のために、人によっては剣を使う。槍を使う。手段は様々ということ。つまり吟遊詩人もそれでいいんじゃないかと私は思っている。
私たちが剣ならペトラが出会ったその子は槍。手段が違うだけで、目的は同じなら、それは同じ吟遊詩人なんじゃないかという話だ」
「…………同じ目的」
顎に手を当てたまま、小さくつぶやく。
父の言いたいことはなんとなくだけど、わかった気はする。
でも、私とあの銀髪の吟遊詩人の目的は同じなのだろうか。
そもそもあの子は吟遊詩人とは何かそれさえわかっていなかったのだから。
いや、それは、私もか──。
私が黙り込むと、父は心配そうに私を覗き込み、やさしく言った。
「ペトラ。これはあくまで私の考えだから、そんなに悩む必要はないんだよ」
「ううん、そうじゃないの」
私は首を横に振る。
「お父様。もうひとつ訊いてもいい?
お父様は、“吟遊詩人にとって大切なもの”って、何だと思いますか?」
「吟遊詩人にとって大切なもの、か。……難しいことを訊くね。
それもその子と関係があるのかい?」
私は頷いて、さらに彼女との会話を話した。
父はうんうんと頷きながら、私の話に耳を傾ける。
「ペトラは自分の答えに納得していないんだね」
「はい。最初は、吟遊詩人についてまだわからないなんて言った、あの子に腹が立ちました。でも──」
“依頼人を満足させること”。
仕事としては間違っていないけれど、それが吟遊詩人としての“答え”だとは思えなかった。
「……依頼人を満足させること、か。
それで、その子はなんて言ったんだい?」
「私も同じだって言ってました。けど、あれは……」
「気を使った答えだった、と?」
頷く。
優しい笑顔でそう彼女は言った。
でもそれが彼女の本心ではないこともわかった。
父はふっと笑い、グラスを揺らす。
「それはペトラの負けだね」
「……じゃあお父様の答えは?」
心の中でペトラは口を尖らしながら改めて父に答えを求める。
う〜ん、と父は考え込む。
「わからないかな」
そう答えて、ぶどう酒を舐める。
その答えに私は驚いた。
長年吟遊詩人をしている尊敬している父なら、その答えが分かると思っていたから。
「私もペトラと同じだよ。依頼人を満足させること。それは間違っていない。
けれど、私もそれが吟遊詩人として大切なものかと問われるとそうじゃない気がするね」
父は立ち上がって、ペトラの頭にぽんと手を置いた。
「その問いについての答えは、私も未だにがわからないし、答えがあるものなのかもわからない。日々、仕事の目標もこだわりもそのとき大事にしているものも変わっていくものだと私は思ってるよ。
でもねペトラは若い。その答えも吟遊詩人としても目的もゆっくり探していけばいいんだよ」
優しく語る父のその言葉に、私は小さく頷いた。
もやもやが消えたわけじゃない。
けれど、少しだけ──何かを掴んだような気がした。
「もう少し晩酌に付き合ってくれないか。久しぶりに娘と話せて嬉しいんだ」
父は新しい葡萄酒の瓶を開け、上機嫌にグラスを満たす。
「もちろん。でも……このあと仕事があるから、少しだけね」




