吟遊詩人と愛を歌う吟遊詩人 PASSGE:1
今、若い貴族たちのあいだで流行っていることがある。
それは──『窓辺の恋愛歌』といわれるものだ。
夜ごと、想い人のもとに吟遊詩人を送り恋愛歌を届けさせるというものである。
貴族の若い男性にとって、名のある吟遊詩人に『窓辺の恋愛歌』の依頼を出せるかどうかが一つのステータスになっている。
そして、そんな彼らに絶大な人気を誇っている吟遊詩人が
──私、吟遊詩人ペトラルカ。
愛称はペトラ。
宮廷詩人としての仕えている家系に生まれ、私もまた吟遊詩人として宮廷や貴族を相手に詩歌を捧げる吟遊詩人として生きている。
私の得意な分野は恋愛歌。
今まで多くの恋の詩をつくり、歌い、捧げてきた。
愛を歌う吟遊詩人ペトラルカ。
そう名を馳せていた私は流行の『窓辺の恋愛歌』を依頼するにふさわしい存在であった。
***
その夜も、私は月の差す庭園を歩いていた。
屋敷の使用人に導かれて、静かな夜気のなかを進む。
目的地である二階のバルコニーが見えてきた。
おそらく、依頼人である貴族の”想い人”がそこにいるのだろう。
先導していた使用人が一礼し、足音を残さぬように退いていく。
夜の庭園には、私ひとり残された。
「はぁ」と一つ息を吐く。
『窓辺の恋愛歌』の流行に火がついてから、私は毎夜引っ張りだこだった。
最初のうちは、私の愛を綴った詩が、人の胸に届くこと、そしてその歌に涙したり、微笑んだりしてくれる姿が好きだった。
けれど、今ではそれもただの儀式でしかない。
吟遊詩人を送らなければ、女性は男性の愛を疑う。
嫌われたくない、流行に取り残されたくない──
そんな理由で、男たちは、競うように金を積み、吟遊詩人を雇う。
正直アホくさい。
私が綴った恋愛詩が、だんだんとても安っぽいもの思えてしまう。
愛を伝える言葉を紡ぎ、詩を作り、歌にして届ける。
たしかにこの『窓辺の恋愛歌』という流行には、私はぴったりなのだろう。
だけど、私の恋愛詩はこんな流行や、自分の言葉で愛を伝えられない軟弱な男たちのためにあるものじゃない。
そんなことを思うと嫌気がさす。
だけど、これも仕事だ。文句は言えない。
私の家は代々、宮廷や貴族に仕える由緒正しき吟遊詩人の家系。
国から桂冠詩人としての称号を授かり、名誉を誇る一族だ。
それが、愛を歌う吟遊詩人ペトラルカ。
その名に泥を塗るわけにはいかない。
受けた仕事は、完璧にこなすしかないのだ。
私は懐から懐中時計を取り出し、指定された時刻であることを確かめる。
「さて、お仕事しますか」
今日は、庭からでよかった。
『窓辺の恋愛歌』を届けるときは、今日のように庭から、歌を届ける場合と、依頼によっては、実際に相手の部屋の窓辺まで行かなくてはならない場合がある。
その”窓辺まで行く”というのが、また滑稽なのだ。
バルコニーに梯子や縄がかけられ、わざわざそれを登って窓辺に近づく。
登っている途中、私はときどき思ってしまう。
「……いったい、私は何をしているんだろう」
そんな自己嫌悪に、ふいに襲われてしまうのだ。
私はリュートを手に取り、静かに弦を爪弾く。
リュートは音の大きな楽器ではない。
日中の喧騒のなかでは、簡単にかき消されてしまう。
けれど、静寂に包まれた澄んだ夜の空気には、とても甘く響く。
リュートの旋律に誘われるように、、バルコニーにひとりの女性が姿を見せる。
淡い金髪に、大きな青い瞳。
みるからに大切に育てられた貴族のお嬢様である。
リュートの調べに、かわいらしく顔を赤らめ、瞳を輝かせている。
みんな、この子くらいかわいらしく素直な反応してくれたらうれしいんだけどなぁと、私は思いながらリュートの音色に自分の歌声を重ねる。
なかには、つまらなそうな表情で聞いている女性もいる。ああいう人たちは、本当にただの”ステータス”としか思っていないんだろうな。
私の家は代々、貴族に仕える宮廷詩人の家系だ。
私自身も国から桂冠詩人としての称号を授かっており、その名に誇りを持っている。
今流行の恋愛詩を歌にのせて届ける仕事のほかにも、会食に音楽を添えたり、式典で演奏したりと、貴族を相手にした依頼がほとんどだ。
けれど、全員とは言わないまでも、
私の音楽に心から耳を傾けてくれる人は本当に少ない。
桂冠詩人を雇える──それだけを誇示したい人の方が、ずっと多いのだろう。
最近は、とくにそんなことを考えてしまう。




