吟遊詩人とあやしい発明家 PASSGE:2
「おお、これは本当においしいね。こんないい葡萄酒、いつぶりだろう。ありがとね」
男の人は一口飲んで、ぱっと顔をほころばせた。
「……それは、どーも」
私はちびちびと葡萄酒を舐めながら、ぶっきらぼうに返す。
せっかくのおいしいお酒なのに……なんだかこの人のせいで、ちょっと台無しだ。
「お嬢さんは旅人か何かかい」
不機嫌そうなイヴに関せず、にこにこと質問してきた。
「吟遊詩人です」
「へぇ、吟遊詩人ねぇ……」
そう言って、ジロジロとこちらを見てくる。
「な、なんですか……?」
「いや、見た目はいいのに、変な服装してるなぁって思ってね」
「なっ!?」
いちいち失礼な人だ。
人の良さそうな顔なのに、さっきからイライラさせられる。
吟遊詩人とはこういうものなのだ。と自分に言い聞かせる。確かに一般人の服装に比べればそりゃちょっと派手かもしれないけれど……。
「ごめんごめん」
冗談だよ、と笑いながら男性は葡萄酒を舐め始める。
ムッしながも私は男性の方にちらりと視線を向ける。
「あなたは、何をしていたんですか? 子供が集まってたようでしたけど」
「ああ、これだよ」
そう言って男性は、足元に置いてあったバッグの中から灰色の鉄のかたまりのようなものを取り出した。さっき見かけた鉄のかたまり。
彼がバッグから取り出したのは、不格好ながら手足のついた鉄の人形。
「これは……人形?」
「からくり人形さ。……いや、“機巧人形”と呼んだほうがいいかな」
得意げに言う男性に、私は思わず首を傾げる。
「き、こう……人形?」
「そう。歯車と仕掛けで動く、新しい時代の人形だよ」
「これ、どうやって動かすんですか?」
「それはね、このリモコンと呼ばれるもので」
「リモコン……?」
そう言ってリモコンと呼んだものを操作すると、機巧人形がぎこちなく動き出した。
「わっ!」
つい驚いて変な声が出てしまった。
私のその反応に、男性は相好を崩す。
「どうだい? すごいだろ?」
たしかにすごい。だけど、動きはとても単調でつまらない。
最初は驚いてしまうけれど、時間が経つにつれて衝撃は薄れてしまう。
機巧人形の動きは、ぎこちなく歩いたり座ったりとその繰り返し。
「すごいですけど……他に動きはないんですか」
何気ない言葉に男性は表情を曇らせる。
「きみねぇ、これだけでもすごいんだよ」
「うーん、それはなんとなくわかるんですけれど……これだけだと、ちょっとつまらないというか……」
言いながら、さすがに言いすぎたかなと思い、言葉を止めて男性に視線を向ける。
「なんだい。言いすぎたな、とか思ってくれたのかい?」
そう言って、にやりと笑顔を向けてくる。
「ま、本当のことだからね。自分でもわかっているよ。でも子どもはこんな状態でも喜んでくれるんだよ」
男性は、にやりとした顔をひっこめて穏やかな口調で言いながら葡萄酒をなめる。
「ま、実際お客さんは子どもしかいなかったからね。ボクも子どもは好きだし、うれしいんだけどね。いかんせん子どもから、おひねりをもらうわけにはいかないからね」
確かに子どもは、ああいうの好きそうだなと思う。
「……私はあんまり、そういうのに詳しくはないですけど、あなたのその“機巧人形”ってやつが、技術的にすごいことはなんとなくわかりますよ」
「なんだい急に」
機械とか化学とかはよくわからないけれど、この人がとんでもなく器用で、頭がいいことくらいはわかる。
だからこそ、ふと気になってしまった。
「えっと……そんな技術を持ってる人が、なんで街の路上で出し物なんてしてるんだろう、って思ったんです」
あれだけ動く機巧人形を作れる人なら、もっとちゃんとした場所で働けそうなのに。
さっき橋の上で見かけたときは気づかなかったけど、よく考えるとやっぱり不思議だ。
もしかして、実はすごい人なのでは……?
そんなことまで頭に浮かぶ。
「ボクからするとね、君だって十分不思議だよ」
「わ、私が?」
「旅芸人の生まれじゃないだろう。話し方や仕草の端々に、育ちのよさが出てる。どこかのお嬢さんって感じだ。それがどうして旅芸人なんてやってるんだい?」
「旅芸人じゃないです。吟遊詩人です」
「うーん、その違いはよくわからないけどね」
男性はそう言って、葡萄酒を飲み干した。
「なくなっちゃった。おかわり、いいかな?」
「ダメに決まってるじゃないですか。それより、話そらしましたよね」
男性は肩をすくめて笑った。
「まぁ、君もそらしたけどね」
「……バレました?」
二人してくすくす笑ってしまう。




