吟遊詩人とあやしい発明家 PASSGE:1
吟遊詩人と聞いて、どんな人を思い浮かべるだろう?
貴族に仕えて宮廷で音楽を奏でる人。各地を旅しながら歌や楽器を演奏する人。あるいは、各地の伝承時や出来事を語り継ぐ人──。
きっと多くの人は、旅をしながら歌や楽器を演奏する、そんな旅芸人のような姿を思い描くんじゃないかな。
これら全部が吟遊詩人と呼ばれている。
だから、吟遊詩人って、ちょっと不思議な存在だ。
吟遊詩人という言葉を考えてみると、ちょっとおもしろい。
『吟』は詩歌をくちずさむこと。
『遊』は、旅すること。
『詩人』は詩をつくる人。
言葉の意味だけで捉えるのであれば吟遊詩人とは『旅をしながら詩をつくって歌う人』ということになる。
だけどその定義に収まらない人たちもいる。
宮廷に仕え音楽を奏でている人は?
物語の語り部、世の出来事を詩にして伝える人たちは?
その人たちは吟遊詩人じゃないの?
そう考えると、やっぱり『吟遊詩人』という言葉には、それだけじゃ説明できない“何か”があるんだと思う。
「吟遊詩人って、なんですか?」って聞かれたら……正直なところ私はまだ、しっかりとした答えを持ち合わせてはいない。
それでも、私は──イヴ・エーブルは“吟遊詩人”を名乗っている。
今はまだ、先生の真似をして名乗っているだけだけど……。
いつかきっと、
「吟遊詩人って何?」って聞かれたときに、ちゃんと自分の言葉で答えられるようになりたいなって、そう思ってる。
さて、そんな私はというと各地を旅しながら音楽を奏でる──
いわゆる旅芸人みたいな吟遊詩人だ。
そして私たちみたいな吟遊詩人には、みんな共通の悩みがある。
……そう、お金である。
旅をするのには、お金がかかってしまう。
馬車の代金に、宿代。水や食べ物だって必要だし。
自由気ままに見えて、実際は財布とにらめっこばかりしているのが現実なのだ。
だから今日も私は、ギターを手に歌をうたう。
……目的は単純、お金のため。
***
とある大きな街。
用水路に架かった立派な橋の上は、祭りのような賑わいだった。
今日が祝日ということもあり、橋の両側には色とりどりの露店や芸人たちが並んでいて、どこを見ても活気にあふれてる。
人形劇に動物芸、紙芝居まである。
みんな思い思いに商売や芸を披露している。
こういう大きな街の橋の上は、芸人にとってはまさに“勝負の舞台”だ。
私もそのひとりとして——ここで、歌を歌っている。
私の頭上には澄みきった青空が広がっている。
心地よい風が髪をそっとなでていく。
……うん、今日は最高の稼ぎ日和だ。
私の銀髪は、この街でも珍しく、人混みのなかでもけっこう目立つようで、ちらちらと好奇の視線を感じる。
——好都合だ。
子どもの頃はコンプレックスだったこの銀髪も、今ではちょうどいいアイデンティティだ。珍しさで向けられた好奇心を、私の歌でしっかり掴んでしまえばいい。
一人、また一人と、私の周りに足を止める人が増えていく。
たくさんの人が歌に耳を傾けてくれる。お金のためとはいえ、誰かに楽しんでもらえるのは純粋にうれしいものがある。
足元に置いたギターケースには、次々と硬貨が投げ込まれていく。
こういう人の多い大きな街では、旅費を一気に稼ぐチャンスでもある。
今日はその中でも、とびきりの当たりって感じがする。
次から次へと、チャリン、チャリンと、硬貨の音が響く。
ギターケースの中に落ちていく硬貨には、あえて目をやらないように歌い続ける。
だって、つい視線を向けてしまったら……顔がにやけてしまいそうだから。
今の私、欲にまみれて緩んだ顔をしていないかな?
ちょっと心配になる。
「ありがとうございました!」
最後に一礼し、締めくくると、拍手と追加のおひねりが投げ込まれた。
お金という欲望に顔を崩さずに最後まで歌い切れた、と私は思う。
私の前に集まってくれていた人たちが、少しずつ散り始める。
私はそっとしゃがみ込み、ギターケースの中にたまった硬貨を皮袋に詰めていく。
うん、これは予想以上の稼ぎだ。
顔がにやけそうになるけど、もう少し我慢、我慢……いや、もういいのかな。
ふにゃっと、欲望のままに顔を緩ませる。
えへへ……今日はちょっとだけ贅沢しちゃおうかな。
久しぶりにおいしい葡萄酒とか飲みたいなぁ……。
そんなことを考えながら、ギターをケースにしまって、荷物をまとめる。
そのとき、ふと視線が止まった。
何かの出し物かな? 一人の男の人が木箱に腰かけていて、その男性の前に何人かの子どもたちが集まっていた。
通りすがりに、ちらっと覗いてみる。
男の人の前には、いくつかの鉄の塊みたいなものが並んでいる。
まわりにいた子どもたちは、その鉄のかたまりに興味津々って感じだった。
なんだろうあれ?
そのとき、ふいに木箱に座っている男性と視線が合った。
男性は、くたびれた白衣を羽織り、ぼさぼさの髪を無造作に後ろに束ねている。
……正直、清潔感はあまり感じない。
それでも目があってしまったので、軽く会釈をする。すると、向こうもにこやかに会釈を返してくれた。
悪い人ではないのかな。
でも、私はとくにその男性に話しかけたりはせず、そのまま歩きだした。
あの鉄のかたまりのようなものがが何なのか、ちょっと気になったけど……
私の頭の中はすでに「おいしいお酒飲みたい」でいっぱいだったのだ。
***
「おじさーん! とびっきりおいしい葡萄酒くださいな!」
勢いそのままに、近くのパブへ飛び込んでカウンターに駆け寄る。
「はいよ。旅人さんかい? 景気いいねぇ」
「えへへ、今日は特別なんです」
「おい、お前らもこの嬢ちゃん見習いな! 安酒ちびちび飲んでないでさ」
店主のおじさんが、笑いながら周りのお客さんに茶々を入れたとき、隣からのんびりした声が聞こえた。
「おじさん。僕にも、彼女と同じものを」
声のしたほうを振り向くと、さっき橋の上で見かけた男性が、当然のようにカウンターの隣の席に腰をおろしていた。
「やぁ、さっきはどうも」
「ど、どうも……」
「あ、あと、おじさん。お酒のお代は彼女で」
突然、とんでもないことを言い出す。
「なんで私が!? 嫌ですよ!」
「まぁまぁ、すごく盛り上がってたじゃないか。がっぽり稼いだんでしょう? こんな日も暮れないうちから、いいお酒飲もうとしてるくらいなんだから」
にこにこと人の良さそうな顔をしているが、中身はずいぶんと腹黒い……。
「……そんなことないです!」
私はぶっきらぼうに答えてやる。
「そうかい? さっき、皮袋にお金詰めてたときの顔、けっこう面白いくらい緩んでたけどね」
「うぐ……」
見られていた。
私のゆるっゆるな顔……。
「だ、だとしても! なんで私が、見ず知らずの人に奢らなきゃいけないんですかっ!」
「ケチだなあ。お金にがめついねぇ」
「なっ……!? が、がめつくなんてないですからっ! もういいです! おじさん、この人にも同じやつ、お願いします!」
そう吐き捨てて、ぷいっと顔をそむける。
私はもう相手にするのを諦めた。
もういいのだ。今日は本当に稼げたし、こんなくだらないことで楽しいお酒の時間を台無しにしたくない。
「……嬢ちゃん、いいようにたかられてるぜ」
パブのおじさんの気の毒そうな声が、耳に届く。
けれど、私のちっぽけなプライドがそれを聞かなかったことにした。




