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戴冠式

何が望みだ?」レオハルトは冷静に尋ねた。

「簡単だ」イオルフは答えた。「お前が王位を放棄し、詐欺師であることを認めること。そして、彼女を私に渡すこと」

「狂気の沙汰だ」レオハルトは言った。「それが叶うと思っているのか」

「叶わなければ」イオルフはナイフをセリーヌの首に強く押し当てた。「彼女の命はない」

「レオハルト、気にしないで!」セリーヌは叫んだ。「彼の言う通りにしてはダメ!」

イオルフは彼女の頬を強く打った。「黙れと言ったはずだ!」


その瞬間、レオハルトの中で何かが切れた。彼の目に怒りの炎が燃え上がった。王子としての尊厳も、冷静な判断力も、全てが吹き飛んだ。ただ、愛する人を守りたいという一心だけが残った。

「イオルフ」彼の声は低く、危険な響きを持っていた。「最後の警告だ。彼女を解放しろ」

「さもなくば?」イオルフは嘲笑した。

「さもなくば、お前は生きて帰れない」

イオルフは笑った。「大きな口を叩くな。お前には選択肢がない」

「選択肢はある」レオハルトはゆっくりと剣を下げた。「私がお前と一対一で決着をつける」

「何?」

「剣での一騎打ちだ」レオハルトは言った。「勝者が全てを得る。負けた者は去る」

イオルフは少し考え込んだ。彼は自分の剣の腕に自信があった。「面白い提案だ」彼は言った。「だが、どうして信じられる?」

「王の名誉にかけて誓う」レオハルトは厳かに言った。「それが十分でなければ、何を信じろというのだ」


イオルフはしばらく考えた後、ナイフをセリーヌから離した。「良かろう」彼は言った。「だが、彼女はここに残る。お前が勝てば解放する。私が勝てば、彼女は私のものだ」

「同意しないで!」セリーヌは必死に叫んだ。

レオハルトは彼女に優しい微笑みを向けた。「大丈夫だ、信じてくれ」

イオルフは自分の剣を抜き、パビリオンの中央に立った。「さあ、始めようか、偽王子」

レオハルトも剣を構えた。二人は互いに向き合い、緊張が高まった。

イオルフが先に攻撃を仕掛けた。彼の剣は素早く、鋭かった。レオハルトは冷静に受け流し、相手の動きを観察した。イオルフの技術は見事だったが、怒りに任せた荒々しさがあった。

「どうした、偽王子」イオルフは嘲笑した。「反撃する勇気もないのか?」

レオハルトは黙ったまま、防御に徹していた。セリーヌは心配そうに見つめていたが、彼の目には確信があるのを感じ取った。


二人の剣がぶつかり合い、金属音が響き渡る。イオルフの攻撃はますます激しくなり、レオハルトを追い詰めようとしていた。しかし、レオハルトの防御は完璧で、一歩も引かなかった。

「なぜ逃げる?」イオルフが挑発した。「戦え!」

「お前は剣をコントロールできていない」レオハルトは静かに言った。「怒りに任せた戦い方では勝てない」

「黙れ!」イオルフは激しく攻め立てた。


その時、レオハルトはついに反撃に転じた。彼の剣さばきは流れるような美しさがあり、無駄な動きがなかった。それはレオン・ラグランとしての厳しい訓練と、王子としての才能が融合した技だった。

イオルフは驚いて後退した。彼は防御に回らざるを得なくなり、次第に押されていった。

「不可能だ…」イオルフは歯を食いしばった。「お前はただの詐欺師のはずだ…」

「私は詐欺師ではない」レオハルトは冷静に言った。「私はレオハルト・アウレリアン・オルシニ、エドガー王の息子だ。そして、セリーヌを愛している」

その言葉にイオルフの表情が歪み、さらに荒々しく攻撃した。しかし、その動きは予測可能になり、レオハルトは簡単に受け流した。

一瞬の隙を見つけたレオハルトは、鮮やかな技で相手の剣を弾き飛ばした。イオルフの剣が宙を舞い、遠くに落ちる。彼は無防備な状態で立ち尽くした。


「終わりだ」レオハルトは剣先をイオルフの喉元に突きつけた。

イオルフの目に恐怖が浮かんだ。「殺せ」彼は言った。「名誉ある死を与えろ」

「いいえ」レオハルトは剣を下げた。「私は民を殺したくない。たとえ敵であってもだ」

その瞬間、イオルフの表情が一変した。彼は懐から小さな短剣を取り出し、レオハルトに飛びかかった。

「気をつけて!」セリーヌの叫び声が響いた。

レオハルトは素早く身をかわしたが、短剣が彼の肩をかすめた。痛みに顔をしかめながらも、彼は咄嗟に反応し、イオルフの腕を掴んだ。二人は組み合いながら床に倒れ、短剣を奪い合った。

「死ね!」イオルフは憎悪に満ちた目で叫んだ。


揉み合いの中、短剣の向きが変わった。そして突然、イオルフの目が大きく開いた。彼は自分の胸に突き刺さった短剣を見つめ、信じられないという表情を浮かべた。

「こんな…ままで…」彼は言葉を絞り出した。

レオハルトは驚愕の表情で彼を見つめた。彼の意図は殺すことではなかった。しかし、運命は別の結末を用意していた。


イオルフの体から力が抜け、彼はゆっくりと床に横たわった。最後の息を引き取るとき、彼の目には憎しみではなく、悲しみが宿っていた。

レオハルトは静かに立ち上がり、セリーヌのもとへ急いだ。彼女の拘束を解きながら、声をかけた。「大丈夫か?怪我はない?」

「大丈夫よ」セリーヌは彼の腕に飛び込んだ。「あなたこそ…」

彼女は彼の肩の傷を見て心配そうな表情になったが、レオハルトは首を振った。「かすり傷だ」

二人が抱き合っていると、パビリオンの外から騒ぎが聞こえた。王宮の警備兵たちが駆けつけてきたのだ。


「王子様!」先頭の兵士が叫んだ。「無事でしたか?」

レオハルトは頷いた。「我々は無事だ。だが、イオルフ・グラディーンは死んだ」

兵士たちはイオルフの亡骸を見て、厳粛な表情になった。

「彼の死で全てが終わるわけではない」レオハルトは静かに言った。「彼の率いる軍はまだ侵略を続けているだろう」

「マーカス様からの急報が届いています」兵士の一人が報告した。「彼はグラーツ公国の精鋭部隊を峠で迎撃し、撃退したとのことです」

レオハルトとセリーヌは安堵の表情を交わした。

「そして、グラディーン伯爵からも伝言があります」兵士は続けた。「彼は息子の行動を知り、深く謝罪しています。また、残りのグラディーン家の兵士たちに撤退を命じたそうです」


「あの伯爵も、最後は正しい判断をしたのね」セリーヌは静かに言った。

レオハルトは無言でイオルフの亡骸を見つめた。敵とはいえ、一人の命が失われたことに深い悲しみを感じた。彼は静かに誓った。このような悲劇を二度と繰り返さないために、公正で平和な統治を行うことを。

「彼の遺体は丁重に扱い、グラディーン家に返すように」レオハルトは兵士たちに命じた。「彼も私の民の一人だった」

セリーヌは彼の腕を握り、二人は静かにパビリオンを後にした。西の空には夕日が沈み始め、新しい時代の幕開けを予感させていた。


* * *


イオルフ・グラディーンの死と、グラーツ公国の軍の撤退から一ヶ月が経った。首都ロザリアは戴冠式の準備で華やかに彩られていた。街のいたるところに花が飾られ、王国の旗が風に翻っていた。人々の顔には期待と喜びが溢れ、十年間の空位期間を経て、ついに新しい王を迎える日が来たのだった。

大聖堂は特に豪華に装飾され、国内外からの賓客でいっぱいになっていた。貴族たちは最も華やかな衣装に身を包み、近隣諸国からの使節も正装で参列していた。大聖堂の中央には、古来より続く戴冠の儀式のための壇が設けられていた。


「緊張してる?」

レオハルトは控室で最後の準備をしていた。彼は王家伝統の深い青と金の刺繍が施された正装に身を包み、王室の家宝である剣を帯びていた。声をかけたのは、同じく正装したマーカスだった。

「少しね」レオハルトは微かに微笑んだ。「でも、これまでの道のりを考えれば、この日のために全てがあったんだと思える」

「王子様…いいえ、もうすぐ陛下と呼ぶべきですね」マーカスは敬意を込めて頭を下げた。「あなたはこの国にふさわしい王です」


「ありがとう、マーカス」レオハルトは彼の肩に手を置いた。「君の助けがなければ、ここにいなかっただろう」

扉が開き、ルドルフ学院長が入ってきた。彼も荘厳な儀式用の衣装に身を包み、威厳ある姿だった。

「時間です、陛下」ルドルフは優しく微笑んだ。「皆があなたを待っています」

レオハルトは深く息を吸い、控室を出た。大聖堂に続く長い廊下を歩きながら、彼は自分の人生を振り返っていた。レオン・ラグランとしての日々、記憶を取り戻したときの衝撃、そして王位を取り戻すまでの苦難。全てが今、この瞬間に集約されていた。


大聖堂の扉が開き、荘厳な音楽が流れ始めた。レオハルトがゆっくりと入場すると、集まった人々が一斉に立ち上がった。彼は威厳ある足取りで中央の壇に向かって歩いた。

両側には国の高官や貴族たちが並び、その中にセリーヌの姿もあった。彼女は淡い青のドレスに銀の刺繍が施された正装で、金色の髪に小さな王冠を載せていた。彼女の青い瞳は誇りと愛情に満ちていた。

壇の上には大司教ウルバンが待っていた。彼は厳かな表情で、レオハルトを迎えた。


「我々は今日」大司教の声が大聖堂内に響き渡った。「新しい王の戴冠を祝うために集まった。十年の空位期間を経て、エドガー王の正統なる継承者、レオハルト・アウレリアン・オルシニが王位に就くのだ」

レオハルトは壇の前で膝をつき、大司教の前に頭を垂れた。

大司教は古く重々しい王冠を手に取り、高く掲げた。「この王冠は、代々オルシニ王家に伝わるもの。国を守り、民を導くという重責の象徴である」


彼はゆっくりと王冠をレオハルトの頭に載せた。「私はここに、レオハルト・アウレリアン・オルシニを、この国の正統なる王として戴冠する」

大聖堂内に歓声が沸き起こった。レオハルトはゆっくりと立ち上がり、集まった人々に向き合った。王冠を戴いた彼の姿は、威厳と気品に満ちていた。

「私は誓います」彼の力強い声が響いた。「この国と民のために全力を尽くすことを。公正で平和な統治を行い、全ての人々の幸福を追求することを」


歓声はさらに大きくなり、「国王陛下、万歳!」という声が大聖堂内に響き渡った。

儀式が終わり、レオハルトは外に出た。大聖堂の前の広場には、大勢の市民が集まっていた。彼らは新しい王の姿を一目見ようと、朝早くから待っていたのだ。

レオハルトが姿を現すと、民衆から大きな歓声が上がった。彼は微笑みながら手を振り、民衆の歓迎に応えた。

「民が彼を愛している」アルベール侯爵がセリーヌに言った。彼は戴冠式のために領地から戻ってきていた。

「ええ」セリーヌは誇らしげに答えた。「彼は良い王になるわ」


王宮に戻ると、戴冠を祝う盛大な宴が催された。国内外の賓客が集い、新しい王の即位を祝った。レオハルトは一人一人の賓客と言葉を交わし、その誠実な態度に多くの人が感銘を受けた。

夜も更けた頃、レオハルトは宮殿のバルコニーに出て、星空を見上げていた。戴冠の重みが少し落ち着き、静かな時間を求めていたのだ。


「ここにいると思ったわ」

セリーヌが彼の隣に立った。月明かりに照らされた彼女の姿は一層美しく見えた。

「ありがとう」レオハルトは静かに言った。

「何のお礼?」セリーヌは不思議そうに尋ねた。

「全てに」彼は彼女を見つめた。「君がいなければ、私はここにいなかった。レオン・ラグランのままだったかもしれない」


「それも悪くなかったかもしれないわね」セリーヌは冗談めかして言った。「私の従者として」

二人は笑い合った。

「でも」セリーヌは真剣な表情になった。「あなたは王になるべき人だった。それはレオンとしてのあなたを知った時から、私には分かっていたことよ」

レオハルトは彼女の手を取った。「セリーヌ」彼は静かに言った。「今こそ正式に尋ねたい。私の妻に、そしてこの国の王妃になってくれないか」

セリーヌの目に涙が浮かんだ。「はい」彼女は微笑んだ。「喜んで」

彼らは優しく抱き合い、キスを交わした。星空の下、新しい王と未来の王妃の誓いが交わされた。

夜風が二人を包み込み、王宮から聞こえる祝宴の音楽が遠く響いていた。新しい時代の幕開けを告げる、希望に満ちた夜だった。

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